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混沌の科学  作者: 藤原時照


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31/42

這い寄る混沌

「後藤氏、コーヒーしない?」

「あ、いいね」

 三好はカップをふたつ持っていて、ひとつを後藤の机に置いた。

「さて、どうなりましたかね」

 三好は裏イデアのなかの後藤を確認する。

「へ?」

 三好のへんな声につられて後藤もモニターを見た。

 そこでは、後藤のコピーが魔物たちと戦っていた。

 魔物たちの顔は消えた政治家たちのものだ。

 後藤の間合いに入ると、つぎの瞬間、魔物の首が飛ぶ。

 モニターの中の後藤は、魔物と化した政治家たちをつぎつぎと斬っていた。

 ものすごくいい笑顔で。

 後藤は、「あーオレもやりたい」と言いかけて思いとどまった。

 相手は討つべき魔物。

 魔物であることから解放して輪廻の輪にもどしてやる、などと正当化することはできそうだ。

 大義名分はある。

 それに、これは仮想空間での話。

 現実とはちがう……はず。

 しかし、それでも倫理的に問題がないとは言いきれない。

 聞いているのが三好一人であろうと、自分もやりたいなどど口にすべきではない。

 すべきではないのだが、そう考える前に、「あーオレも」までは口に出てしまっていた。

「後藤氏の『オレ』久しぶりにいただきました」

 三好がニヤニヤしていた。

 彼とは付き合いが長い。

 石黒経由で政治家から妙な圧力を受けていたことも知られている。

 その上、モニターの中の後藤はものすごい笑顔。

 口に出さずとも、後藤の本心は隠しようがなかった。

「裏イデアは仮想空間ではなくて、現実の世界である可能性ってあるのかな。あそこにいるのは、ホンモノの政治家たちとか」

 それは、この場を誤魔化すための発言であったが、三好もそれに同意するようにうなずいた。

「消えた人たちは、そういう並行世界に振り分けられて生きているんかね」


 この世界は人が多すぎる。

 多すぎるからぶつかる。

 では、タイプごとに別々の世界に分けてしまえば?

 いや、それはだめだ。

 後藤は即座にその考えを打ち消した。

 同じタイプの人ばかりでは社会は停滞してしまう。

 人は自分の生活環境をより良いものにしようと工夫する。

 問題があってこそ、それを解決するために発明が生まれ、新たな進歩があるのだ。

 均質化社会には、刺激が少なく、新たなことをはじめるきっかけをつかみにくい。

 それでは科学水準も文化水準も固定されてしまう。

 そんな状態で何か重要な要素がなくなれば、急激に退化していくことになりかねない。

「理想的なのは間引きかな」

 後藤の独りごとに、三好は首をかしげた。

「悪い部分を全部切除するんじゃなくて、少し残しておくんだ。予防接種みたいな感じで」

「ああ、振り分けの話ね。いまの神楽様は切除する度合いを見極めているっていうことなん?」

「自分にはそんな風に見える」

「そういう予防接種みたいな機能を残すなら、異世界モノのラノベみたいに魔物でも投入したら良くない?あの政治家だった魔物とか。別の世界に送らずに」

「いますぐそれをやったら日本は滅びるんじゃないかな。裏イデアの実験に投入された人たちが結果を見せてくれた。戦えないまま、あんな感じになる未来しか見えない」

「したら、みんなに表の方のイデアをやってもらって、仮想世界で修業をつんでもらうとか……」

「ん?」

 モニターをちらりと見た後藤は驚いた。

 裏イデアの後藤が一般人に囲まれている。

 だが、その囲んでいる一般人たちは様子がおかしい。

 ニタニタと気持ち悪い笑顔を顔に貼り付けたまま後藤に触れようとしている。

「何あれ?」

 後藤に促され、三好はモニターに目を向けた。

「狐憑き的な?」

「そんな雰囲気だよね」


 裏イデアの後藤は、相手が一般人だけに手が出せない。

 そこが作り物の世界だと知っていても攻撃をためらってしまう。

 だが、相手はそんな後藤に斟酌してくれることはない。

「使徒様を守れ!」

 衛兵が後藤の前に壁を作った。

 その壁となる衛兵たちも、やはり一般人を攻撃するのにはためらいが――

 衛兵の一人が一般人に触れられた。

 その衛兵の目はぐるんと裏返り、元に戻った時には顔にニタニタ笑いが貼りついていた。

「どうした、おまえっ」

 声を上げた衛兵は、触れられて同じ道をたどった。

「うつるぞ!迅速に撤退」

 衛兵たちは後藤をうながし、壁となりつつ撤退をはじめた。

 だがそう簡単にはいかなかった。

 おかしくなった衛兵の姿がぼんやりとして行き、消えた。

「だめだ!退路を塞がれた」

 後ろを見ると、さきほど消えた衛兵がいた。

 テレポートだ。

 だが、それはSFのテレポートではなく、都市伝説にあるナメクジのテレポート。

 身体が徐々に透き通っていき、別のところに同じような過程を経て現れるというものだ。

 モニターの中では、一般人たちもナメクジのテレポートを使い始め、後藤と衛兵たちは囲まれた。


「後藤氏、あー!」

 モニターがブラックアウトし、三好が叫び声をあげた。

 あわてて三好がESCキーを押すと、デスクトップ画面が表示された。

 ここにある端末の問題ではなく、裏イデアのサーバーが落ちたようだ。

「あれってなんなん?」

 三好が疑問を口にした。

 後藤と三好には、イデア全般の情報がインストールされている。

 その情報の中に、あの狐憑きらしき現象は存在しない。

 つまり、外部から侵入された可能性があるのだ。

 それは、神楽――すなわち高次存在の守りをすり抜けたことを意味する。

 神の力の及ばぬ存在。

 その関与がうかがわれる。

「触れられると乗っ取られる……?情報を書き換えられる?」

「神楽様がサーバーを落として後藤氏の情報を抜かれるのを阻止したん?」

「うーん……」

 後藤は何も言わないが、実のところ、彼には少し心当たりがあった。

 あのニタニタ笑う狐憑きのような者たちは、後藤の夢に出てきた存在と似ている。

 その夢は、子どもの頃から何度も見ている。

 目覚めると思い出せなくなるが、微かに残るイメージによると、あれは混沌に潜む何かだ。

 夢の中でアレに出会ったら、後藤は現世の身体を目覚めさせて脱出している。

 アレに触れてはいけない。

 触れれば変わってしまう。

 夢の中の後藤はそれを知っていた。

 夢から目覚めると、ぼんやりしか思い出せなくなってしまうが。

 あれは異質な存在。

 ひょっとしたら、データとして存在する後藤に触れても、何らかの影響があるのだろうか。

 あの後藤は神楽が創り上げた完全コピー。

 そのコピーに、起動キーやアカウント情報に類することまで含まれているとすれば?

 あのコピーを押さえれば、高次世界につながるリンクをたどられて――

 だから神楽はサーバーを落としたのか。

 後藤はそう思ったが、三好には言わないことを選んだ。

 知ることで三好に何らかの影響が出る可能性がある。

 後藤につながる存在がそう言っている気がした。

 

 この日、表のイデアのサービスは終了した。

 その終了は、一般的な終了ではなく、高次存在が介入した終了だ。

 すなわち、イデアというVRMMOは、元からなかったことにされた。

 人びとの記憶からは、完全に情報が抹消された。

 それだけアレは危険だったのだろうか。

 

 だが――

 消えたイデアのサーバーは、完全に抹消されたわけではない。

 いま、サーバーは高次世界に存在している。

 高次存在はまだ何かをするつもりなのだ。

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