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混沌の科学  作者: 藤原時照


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30/42

後藤、異世界に立つ

「なるほど。これは裏イデアの中。つまり、私はコピーというわけだ」

 後藤はそうつぶやき、歩き始めた。

 街の門――関所へと向かって。

 歩きながら、後藤は自分の中に、何か欠けている情報がないかを確かめる。

 が、何かが欠けている様子はみつからない。

 ここにいる後藤には、後藤自身のあらゆる要素がコピーされている。

 それは能力制限がないことを意味し、ここにいる後藤にとってはありがたい。

 しかし、見かたを変えれば、それは危険なことだ。

 それは後藤のすべてのデータがサーバー内に保存されていることを意味する。

 そこに不正アクセスがあったら後藤の情報は駄々洩れだ。

 もっとも、神楽に不正アクセスなどできるはずがない。

 誰が神楽を装っているのかを考えれば。

 後藤はその事実を思い出し、それほど深刻な問題ではないと考えなおした。

 後藤が門にたどり着くと、兵士たちが集まり、道を挟んで整列した。

「使徒様に敬礼」

 兵士たちは、気をつけの姿勢から胸に右手を当てた。

――使徒?

 後藤は自分が最も嫌いな状況に置かれていることを理解した。

 後藤は努力を重ね、自分を磨き上げてきた。

 何事も自力で成し遂げるべき、というのが彼の矜持。

 労せずに得た成果に価値など認められない。

 そんなものを受け入れれば、これまで歩んできた人生を否定することになる。

 そんな後藤にとって、最初から貴人として設定ができあがっているのは不愉快以外何物でもない。

 ただでさえ、神楽開発者という事実に基づかない扱いを甘んじて受け入れているのに、ゲームの中までこんなことになるのなら――

――暴れてやろうか。

 心の底から怒りが沸き上がってきた。

 すると――

 風景が切り替わり、後藤は森の中にいた。

 使徒である後藤が魔王のように振る舞っては困る、ということか。

 後藤は自分の立ち位置を理解した。

――それはそうとして……。

 いまの状態は、さきほどまでの世界設定がまるごとリセットされた状態なのか。

 あるいは、設定は維持されていて、ただ移動させられただけなのか。

 後者であれば、街にもどった途端、また使徒扱いされる。

 前者であっても、同じことになる可能性が消えたわけではない。

――どうすれば……。

 後藤は気持ちを切り替えるために、自分の置かれた状況を調べることにした。

 いまの状態は――

 頭の中にひととおりの魔法コマンドはインストールされている。

 考えると頭に浮かぶ。

 使えなくはない。

 だが、使い方がちょっと面倒だ。

 使う側のことが考えられていないように思える。

 日常生活でうっかり口にしないよう、魔法コマンドの使い方は意図的に面倒なものになっている。

 たとえば、「ステイタス」。

 それは、日常会話でも使う可能性のある言葉だから、安全装置となるものが必要になる。

 それは理解できる。

 問題なのは、コマンドにセンスがなさすぎるのだ。 

 このあたりから、後藤の「性分」が表に出はじめた。

 何か問題があれば、どう改良すべきかを考えてしまう。

 いまの後藤は、魔法コマンドがどうあるべきか考えることに集中し、さきほどまで何をしようとしていたのか、すっかり忘れてしまっていた。

 

 イデアの設定では、表計算ソフトの関数が引数を必要とするように、魔法のコマンドにも引数の指定が必要になっている。

 ステイタスの場合は――

 ステイタス表は3ないし5のタブからなる。

 だから、ステイタス表示は、つづけてタブを指定する。

 タブ名はA、B、C、……。

 日本人ならここから先には違和感があるかもしれない。

 コマンドは、一語一語区切るのではなく、前後をつなげて読まなければならない。

 Tab Aは「タベイ」という具合に。

 また、子音で終わる単語のあとに母音を付けたような発音をしてはならない。

 日本人なら、Tab Cを「タブシー」と読んでしまう。

 だが、魔法コマンドでは、Tabのbのあとにuがあるような発音をしてはいけない。

 強いてカタカナで書くなら「タッスィー」になる。

 

「ステイタスタベイ」

 タブAは能力設定。STR、DEX、INTなどだ。そこでは、武術家であり研究者でもある、後藤の現実世界の能力が反映されていた。

「ステイタスタビー」

 そこには、これまで後藤が学んだ武術のほかに、魔法に関する記述があった。

 魔法に関する記述はゲームによくある「レベル」表示ではなく、円形の樹形図――ラジアルツリーになっていた。

 最初は中央部に近い初歩的なものだけが使えるようになっている。

「ステイタスタッスィー」

 今度は生産や文化に関する技能。

 子どもの頃に習ったピアノから、研究開発の場で副次的に身に着けた加工技術なども記載されている。

 そして、イデアならではの魔法的な技能も。

 後藤の目を引いたのは「創造」だ。

 考えることで何かを生み出せるらしい。

 だが、その「考える」とはどこまでを言うのか?

 原子?

 素粒子?

 原子や分子の振動は?

 考えると、「創造」に付随する情報が頭に浮かび上がった。

 原子の領域前後からは、人が直接「観る」ことができない領域になる。

 そこでは人のイメージが弱く、状態が曖昧に維持されている。

 つまり、そのあたりは混沌の支配する領域なのだ。

 図らずも、後藤のコピーは、イデアを通じてこの世の秘密に触れることになった。


――試してみるか。

 インストールされている知識によると、「創造」にはコマンドがない。

 代わりに魔法円を使う。

 魔法円がなければ作動しないし、詳細なイメージが必要だから、安全装置であるコマンドが省かれているのだ。

 その魔法円は、円とふたつの正方形より成る。

 まず、円を描き、つづけてそれに内接するふたつの正方形を描く。

 ふたつの正方形は45度回転した位置関係にあり、八芒星になっている。

 その中央に材料を載せてイメージすれば「創造」は機能する。

 後藤は魔法円の中央に砂の山を作り、SiO2――すなわち珪砂抽出を念じた。

 すると、砂山のすそ野以外がすべて白くなった。

 その白い部分を皿の形に加工する。

 イメージ。

 目の前に、高純度シリカガラスの皿が出現した。

「うん、おもしろい」

 後藤の顔に笑みが浮かんだ。

 つづいて、珪砂を取り出した残渣の成分を見る。

 八芒星上では成分分析もできるのだ。

 その分析によると、残渣はアルミ、鉄、チタンなどを多く含んでいる。

 アルミナ系の宝石が頭に浮かんだ。

 アルミナに鉄やチタンを添加するとサファイヤ、クロムを添加するとルビーになる。

「サファイヤ行ける?」

 後藤は原子、分子の構造をイメージする。

 念じると、米粒状のサファイヤがいくつか砂の残差に埋まっていた。

 米粒状なのは、後藤がうっかり米粒をイメージしたから。

 つぎは、それらを結合させ、球形になるよう念じた。

 出来たのはビー玉サイズのサファイヤ。

 色は濃い青。

 ただし、米粒形状を合体させたから、内部に細かな界面ができて、不思議な光りかたをしている。

「では、ルビー行ってみますか」

 後藤は面白くなって、さまざまな宝石を作り続けた。

 

「後藤氏、だめじゃん」

 三好が後藤にダメ出しした。

 彼らは裏イデアの中の後藤をずっとモニターしていたのだ。

「そう言われても……」

 後藤も自分のコピーの行動を見ていたが、確かに楽しそうだと思った。同じ環境にあれば、間違いなく自分も同じことをするだろう。だから後藤は何も言い返せない。

「もう、しばらく放置するしかないっしょ」

 三好は後藤を知っている。

 こうなると長い。

 だから早々と見切りをつけた。

 時間は昼少し前。

 フライング気味だが、ふたりは食堂へと向かった。

 

 食堂からもどると、後藤のコピーがいる裏イデアの世界は夜になっていた。

 金色をした涙滴形状の何かが闇の中を飛んでいる。

 よく見ると、その中にはボードに乗った後藤がいた。

 抜き身の日本刀を担いでいる。

「20分の間に何があったん?」

「さすが私」

「ホバーボードにバリア?で、日本刀?自分で作ったん?んん?」

 闇の中を行く後藤に、ときおり何かが襲い掛かる。

 だが、金色の被膜を通過することはできない。

 みな頭を焼かれて死んでいく。

 残された死体はすぐに消える。

 後藤が即ストレージに取り込んでいるのだ。

 その姿は、簡単に終わりを迎えたプレイヤーたちとは一線を画していた。

 彼の能力は現実世界でも類を見ないレベル。

 大橋崋山の元で修めた武術は、武器など持たなくとも簡単に人を殺せる。

 武装した相手が複数人であっても。

 科学技術に関しても同様。

 彼の知識は『創造』を使いこなすには十分すぎるほど。

 ライトノベルでチートとされるレベルなのだ。

 もっとも、彼の能力は努力の末に獲得したもので、cheat――不正とは程遠い。

 生噛りではなく、努力の末に獲得したものだから、彼の理解は深く、力を持て余すことはない。

 後藤のコピーは自身の修めた武術と研究者としての知識・技能の上に、彼独自の魔法を構築していた。

「なんだか先が読めて来たね。魔物や宝石を売って大儲け。あとは好きな工作でもして、さらに大儲け。そんな感じじゃない?」

「本人が言うんだからそれしかないか」

 ふたりはモニターを見るのをやめ、ほかの仕事をはじめた。

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