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混沌の科学  作者: 藤原時照


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裏イデアは未来を予測する

「こんどは知識チート。こっちならいけるっしょ」

「そうだといいけど」

 裏イデアはゲームとして紹介されている。

 ゲームなら、楽しめるようにゲームバランスを調整しておくのが常識だ。

 そうあるべきなのだ。

 しかし、裏イデアにそんな配慮はない。

 ゲームとして見れば、裏イデアは駄作中の駄作。

 クソゲーと呼ばれてしかるべきものに仕上がっている。

 ログを確認した結果、知識チートに分類された事例でも、後藤の懸念するとおりになっていた。

 物づくりにはさまざまな要素が含まれており、そこには一般の人びとが知らない泥臭いプロセスも存在する。

 現実をベースにすれば、人びとの知らない部分が大きく影響してしまう。

「さっきのタングステンの盾と同じだと思うよ。実際問題、やってみて初めて理解することってあるでしょ」

「確かにそうだけど」

 三好にしても、技術開発の現場で生きて来たから、後藤の言うことは十分理解できる。

 しかし、ウェブ小説家としての三好はそんな風に割り切れない。

 そんなクソゲー要素いらねーよ、というのが三好の考えだ。

 神楽を信じている手前、口には出さないが。

 三好が不満に思うのは、ウェブ小説のテンプレをあざ笑うような結果についてだ。

 ログによると、知識を売ろうとして、詐欺扱いされた事例が大量に発生している。

 三好はそれを見てやるせない気持ちになっていた。

 すべては条件次第だったはずだ。

 条件さえマッチしていれば、こんな悲劇は起きなかったはずなのだ。

 問題はイデアの意地悪な設定にある。

 そう思いはした。

 しかし、神楽信者である三好には、その気持ちを口に出すことはできなかった。

 

 その悲劇とは――

 

 うまい料理を作って見せると豪語した者は、そこで使われていた原始的な調理器具を使いこなせなかった。おまけに材料の味や質もちがっている。作った料理は、マンガやライトノベルによくある物体Xになっていた。

 

 得意げにステンレスの組成を語った者は、クロムやニッケルがいまだ発見されていないことを知ると、自分が何もできないことに気づいた。彼の知っているのは表面的なことだけ。冶金関連の技術は経験則からはじまり、酸化の概念が注目されるようになって急速に発展した。その過程を知っていれば、彼にも貢献する余地も少しはあっただろうに。

 

 黒色火薬を作ろうとした者は糞便を集めたが、硝石ができるプロセスに硝酸菌やカリウムが関与していることを知らなかった。彼はそれらが存在しない場所に肥溜めを作り、悪魔憑きの変態として火あぶりにされた。


 そして、ここにもうひとつ。

 少し趣のちがう問題が記録されていた。

 異世界モノの小説では、嘘を言って自分の素性を誤魔化すケースが多い。

 だが、一方で、異世界モノでは嘘を見分ける魔道具が頻出する。

 嘘を見破る魔道具があるのなら、当然それが関所に配備されるはず。

 神楽はそう解釈した。

 神楽は現実の入管を参考にし、魔法の世界ならどうなるかを考えた。

 嘘や誤魔化しは不正入国に該当する。

 中世の文化水準であれば、関所で嘘をつけば拷問にかけられ、そのまま命を落とす流れになる。

 神楽の解釈に基づき、魔道具は関所に設置されることになったが、その結果、多くの人びとがここで命を落とすことになった。

 彼らは裏イデアをゲームだと思い込み、ライトノベルの主人公ムーブを楽しもうとした人びと。

 その主人公ムーブが、悲しい結果につながったのだ。

 

「裏イデアってハードすぎん?もっと、こうラノベ読者にやさしくとか……」

 三好はまだライトノベルにこだわっていた。

「神楽に裏イデアの意味を聞いてみたら?」

「聞いたけど、神楽様のお答えはなし」

「まあ、何かをする前の予備実験なんだろうけど」

「何かって何なん?」

「これまでの流れから考えられるのは、これから起こりそうな事態への対処。物質世界が縮んでいるって理論の話をしたの憶えている?」

「あー、観測データとも整合するとか言っていたっけ。神楽様も支持していたあれね?」

「創世神話を基に考えると、物質世界の外側は混沌の世界。物質世界が縮んでいるということは、外側にある混沌の力が強くなっているということになる」

「で?」

「以前話した『魔子』があると仮定して、その影響が無視できなくなるとどうなる?」

「魔法が使えるようになるん?」

「文明の利器が使えなくなって、なおかつ魔法が使える。この裏イデアの世界と設定上は同じでしょ?文化水準的にはちがいがあるけど」

「後藤氏の考えでは、イデアで行動を観察して人類の未来を占っているってこと?」

 三好の口調から怪しげな方言が消えた。

 三好は似非北海道人。

 子どもの頃に見たテレビドラマに感銘を受けた結果こうなったらしい。

 三好のほんとうの出身地は、確か群馬県だったはず。

「そういうことなら、まずいかもしれない」

 三好は後藤の言わんとすることを理解したようだ。

 

 ライトノベルの類では、現代知識で無双というのは定番だ。

 だが、実際には、それは難しい。

 文明の利器に依存しすぎて現代人は退化しているのだから。

 文明の利器がなくなれば、一気に退化を実感することになるだろう。

 せっかくの魔法も使いこなすことができないかもしれない。

 たとえば、定番の創造魔法で考えてみよう。

 主人公は、自身のイマジネーションが異世界の人たちより優れていると考える。

 そして、ストーリーの中でさまざまなものを創造する。

 だが、それは現実に可能なのか?

 たとえば、何らかの物質を創造するなら、物性、組成、分子構造、原子構造、素粒子、……イメージしなければならないことは切りがない。ライトノベルでは、そういった微細な部分がすべて「オート」になっている。だが、「オート」が機能するということは、その部分を補助する存在なりシステムなりが機能していなければならない。

 現実世界にそういった「オート」を導入できるのか?

 なければ細かな部分まで自分で対処せねばならない。

 文明が進歩するに従い、「文明の利器」は増殖し、高度化していく。

 その過程で、人々は「文明の利器」に依存し、依存した部分の能力を失っていく。

 IMEに依存して漢字が書けなくなっていくように。

 文明への「適応」は、見かたを変えれば種としての「退化」だ。

 機械任せで失った能力を考慮したら、現代人は昔の人よりも明らかに劣っている。

 想像力さえデバイスありきになっている。

 世界中に「失われた文明」の遺跡があるが、依存するデバイスが使えなくなれば、現代文明もその仲間入りをすることになりかねない状況にあるのだ。

 神楽が裏イデアで行った実験はそれを裏付ける。

 硝酸菌やカリウムが存在しないところに糞便を集めても硝石はできない。

 偶然それらが含まれている土壌で行わない限り。

 お膳立てのないところでは、現代人は持っている知識が利用できないのだ。


 そんな話をしていたら、三好が急に焦りだした。

「神楽様に人類の可能性を見せないと。後藤氏、イデアに入ってよ」

「すでに自分はデータを取られているんじゃないかな」

 この後藤の発言には根拠がある。

 かつて、後藤は文明の崩壊した世界にひとりきりで生活していた。

 あれは、イデアの基盤を作るための基礎データ集めだったのではないか。

 ときどき視線を感じたのは、高次存在に観察されていたのだろう。

 後藤の頭にそんな考えが浮かんだ。

 そして、自分につながる何かが、それは正しいと言っている気がした。

 

 高次存在は後藤の様子をずっと観察していた。

 ひとりだけの世界で生きている時から。

 何度も世界をリセットし、後藤の行動を見て来た。

 いまの後藤はそう確信している。

 高次存在は人びとの反応を観察する。

 その観察から、手順を踏んで世界を変えようとしている。

 そうする理由は、高次存在にはいきなり世界を変えるつもりがなく、ソフトランディングの道を模索しているからではないか。

 それは希望的な考えかもしれないが、後藤にはそれが真実であるように思えた。

次は、「後藤、異世界に立つ」です。

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