難易度はインフェルノ
この話は、何事も下調べしないと書けない自分に対する批判的気持ちで書いています。
決してほかの作者様に対する批判の意図はありませんので。
「異世界キター」
その男は森のはずれでそう叫んだ。
少し離れたところには関所がある。
彼の声は、その関所まで届いていた。
その声に反応して、関守たちが男をにらんでいる。
だが、男はそれに気づかない。
兵士が集まり、戦闘態勢が――
関所、それは現代風に言えば入管。
そこには領地の兵士らが関守として詰めている。
彼らがいる理由は、危険な人や物を領内に入らせないこと。
領主の権力の下、疑わしきはすべて排除するのだ。
異世界転移したことを喜ぶその男は、まずい相手に目をつけられてしまった。
それなのに、男は自分が失態を犯した事実にいまだ気づいていない。
ライトノベルによくある異世界モノ。
その舞台は中世ヨーロッパ風の世界。
神楽は通例に倣い、プレイヤーのためにその世界を構築した。
現実の歴史をベースにして。
ほんとうの歴史ベースであるゆえに、そこは現代人にとって厳しい世界になった。
だから、イデアでは、さまざまな救済措置が導入されている。
しかし、ここは裏イデア。
ゲーム的な救済措置は存在しない。
一度入り込んでしまえば、そこは現実世界よりもはるかに厳しい弱肉強食。
魔法という要素がありはするが、そこは中世の社会水準であり、そのうえ魔物もいる。
甘くはない。
イデアの世界で最初に人びとを当惑させるのは社会構造であろう。
そこには三権分立などなく、貴族は主観的な裁定で領民を処罰できる。
それが当たり前で、貴族は気分次第で罰を与えることさえある。
現代日本の常識など通用しない。
もちろん、ライトノベルのテンプレも。
ライトノベルでは、断罪の際に「証拠」を重視する場面がよくある。
ミステリー風演出として。
それは、読者を楽しませるための重要な要素。
しかし、神楽はそんなことなど考慮せず、ただ現実に似せた世界を構築した。
ここでは貴族の気まぐれで判決が下り、それが即座に実行される。
言い訳をする機会さえ与えられない。
そんな環境で、男は兵士らを監督する貴族の目に留まった。
だから――
プレイヤーたちは、裏イデアがゲームだと思って楽しもうとしている。
しかし、それは間違いだ。
裏イデアの中は、大半の現代人にとって地獄でしかない。
「あーあ、これで死んじゃうんかい」
今日は三好を呼び、一緒に裏イデアを調べている。
そこは地獄のような世界だが、それを実際に見た三好の声に深刻さはない。
登場するのがコピー人格だと知っているから。
だが、果たしてそれは正しいのか?
それは完全なコピー。
完全なコピーゆえに、感じた死の恐怖も本物だろう。
コピー相手でも、これは倫理的に正しい事なのか?
後藤は疑問に思うが、盲目に神楽を信奉する三好が批判的考えを抱くことはなかった。
「このパターン多くない?」
後藤が問うと、三好は訳知り顔で答える。
「ラノベだと、異世界モノ主人公の大半は十代なんよ」
当惑する後藤の顔を見て、三好は話をつづけた。
「経験を重ねて成長していく姿を描くのが王道。したら、最初はこんなもんっしょ」
「死んだプレイヤーたちは、その王道どおりに振る舞ったってこと?」
「そう。それにしても、こいつら危機感なさすぎじゃね?」
「それは神楽が悪いと思うよ。予めゲームじゃないって言ってやればいいのに」
「後藤氏、神楽様を悪く言わない」
神楽はプレイヤーを分類していた。
いま後藤と三好が見たのは、不敬罪が適用されたケース。不敬罪のある世界で、貴族を相手にライトノベルにありがちな態度で臨めば即座にゲームオーバーになる。
異世界モノでは最初に都合の良い出会いがあるのがセオリー。有力な貴族や商人に出会って保護される。だが、裏イデアにそんな配慮はない。
リアルな中世という設定は最初に伝えられている。だから、「わかれよ」と言いたいところだが、そもそも彼らにはゲームでないことが伝えられていない。伝えられていないから、プレイヤーの過半数は、ラノベ主人公のように振る舞って終わっている。
それだけライトノベルの影響は大きいのかもしれない。
後藤はそんな印象を持った。
「次は武器か……」
そう言ってログを見た三好は言葉を失った。
最初に強い武器を願ったプレイヤーたちは、それを使いこなすことなく終わっている。
それは当然の結果だ。
イデアでの身体能力は現実世界のまま。
アイテムによる能力補正もない。
考えてみてほしい。
もしもあなたが現実世界で童子切安綱を手に入れたら?
それであなたは強くなる?
あなたに心得があるならいい。
心得があれば強力な武器になるだろう。
だが、心得がなかったら?
刀にはそれなりの重さもあるから、力づくで振りまわしたとしても限界がある。
そもそも、間合いの感覚や隙を読み取る技量がなければ攻撃は届かない。
仮に敵に当たっても、きちんと刃筋が通っていなければ満足に斬ることはできない。
技量が伴わなければだめなのだ。
武器を願うのなら、技量も含むよう願うべきであった。
神楽の反発を買わない程度に抑えつつ。
たとえば、「刀で戦って生き残れる状態」を願うとか。
結局、武器を願った者たちはその武器を奪い取られ、多くは悪党の手に渡って世を騒がすことになった。
「お、今度はいける!」
三好の声が明るくなった。
いま三好が見ているのは和風な雰囲気の少女。
彼女には二人の仲間がいて、三人で役割分担をしている。
その役割分担はうまく機能していて、戦いに危なげはない。
彼女は刀を持ち、狼型の魔物の群れを翻弄している。
そこへもう一人の前衛と後衛からのサポートが加わる。
彼女の動きは剣道。
速い。
そしてうまい。
彼女は効率的に魔物の数を減らしていった。
だが、あともう少しというところで、後衛の弓を持つ男がにやりと――
「ちょっと待てーい」
三好の声が大きくなった。
「後藤氏、あ、あれ、反則じゃね?」
「それは同感だけど」
三好の言う通り、後藤は後衛の男を許せないと感じている。
しかし、同時に、イデアの設定では、これはあり得ることだとも思う。
魔物狩りを行う組織はハンターギルド。
そこは山賊のなりそこないのような無法者が集まる場所。
そんな相手を無暗に信じてはいけない。
「こういうのって、ライトノベルのテンプレだったりしないの?」
場の雰囲気を切り替えるべく、後藤は三好の好きそうな話題をふった。
「確かにそうだけど。それはそうなんだけど……」
三好はどうしても割り切れないようだ。
不満顔のまま、三好は次の分類項目を開いた。
「おっ、こっちは定番のタングステンの盾かい。ダイヤに次ぐ硬さとかいう」
今度は見込みがありそうだと感じたのか、三好の声音が明るくなった。
だが――
「タングステンは硬いけど脆い。盾には向かないよ。それに、ダイヤに次ぐ硬さというのは、純タングステンではなくてタングステン合金のWC-Coね。いわゆる超硬。超硬になってもタングステン系は欠けやすいんだけどね」
「後藤氏~、萎えるようなこと言わない。ラノベの作者は一般人よ。一般人にそういう知識を求めちゃダメっしょ。屁理屈言わずに楽しもうよ」
「いや、でも、これラノベじゃなくて裏イデア。これ、楽しめる?」
「後藤氏、いいかい?気楽に読めるウェブ小説とかは、読者を待たせず楽しませることの方が大事。魔法少女モノとか見てよ。理屈なんかどうでもいい。楽しければいいの。頭をやわらかくして。ね?つーか、話題になるようにわざと炎上するように書く人もいるんよ。どっかのタレントみたいに。だからね、――」
三好は突然早口になってまくしたてた。
話しはまだつづいている。
裏イデアの話が、いつの間にか三好のウェブ小説論に切り替わっていた。
後藤は圧倒されて言葉を失っている。
――ひょっとして三好はウェブ小説を書いているのか?
後藤の三好を見る目が変わった。
気を取り直してログに目を戻すと、事態は後藤の懸念した通りになっていた。
魔物の体当たりを受けた純タングステンの盾は砕け、飛び散った破片は散弾となって周囲に甚大な被害をもたらした。
「WC-Coにしていればもう少し……、いや、そもそもタングステン系じゃなくて――」
後藤は三好とはちがう方向にこだわっていた。




