崩れ行く現実
世界がリセットされた。
こんなにリセットばかりつづけると不整合が蓄積されていく。
みゆきと二人で駅へと歩きながら、後藤はそう懸念していた。
「あ、UFO」
みゆきが指さす方向を見ると、オレンジ色の球体が飛んでいた。
これも混沌の侵食の影響なのだろう。
世界が創世前の状態――混沌に戻ろうとしている。
そんな考えが後藤の頭をよぎった。
職場に入ると、三好が小走りに近づいてきた。
「後藤氏、昨日のテレビ見た?」
「テレビはあまり見ないよ。食事中にちょっと見るくらい、うちは」
「じゃあ、これ見て。昨日やってた特番の元ネタをツベで拾ってきた」
後藤は私のPCにUSBメモリを差し込んだ。
断りもなく。
――それ、規則違反なんだけどな。
USBメモリがマルウェアの感染源となり得るのは誰もが知る常識。
三好がしたことは、セキュリティ管理上許されない行為だ。
だが、三好が感染リスクを軽視しているはずがないと信じているから、後藤は文句を言うのを思いとどまった。
「これこれ」
そう言って、三好はファイルを開いた。
ファイルを開くと、大量のタグが表示された。
一瞬、ウィルスに感染したファイルを開いたのか、と思った。
だから、後藤はあわててLANケーブルを引き抜こうとした。
しかし――
「あ、拡張子変えるの忘れてた。メモ帳でHTML書いたんで……」
三好はファイルの拡張子をtxtからhtmに変えた。
開きなおしたファイルには、「悪魔」、「エレベーター」、「監視カメラ」、「UFO」などのリンクが表示されている。
三好はモニターを見ていて気付かないが、後藤の顔付きが変わっていた。
感染事案でなかったことに安心すると、今度は怒りが込み上げてきたのだ。
後藤はそれをなんとか抑え込んだ。
三好は後藤の様子に気づかないまま自分の用事をつづけた。
「最近、世界中で不思議な出来事が頻繁に発生しているらしいんよ」
「確かに。今朝もUFO見たし」
「うそぉ、まじすか。自分も見たかったー」
そう言いながら、三好はひとつのファイルを開いた。
その動画は――
空が裂け、そこから骨だけの手がのぞいた。
その手は裂け目を広げようとしている。
その裂け目の奥からは、巨大な目がのぞいていた。
「AI?」
後藤は反射的にそう聞いた。
「それがさ、目撃者が大量にいるんよ」
三好はいろいろな角度から撮られた同じ現象の動画をいくつか再生した。
「でね、ツベのコメント欄を見てたら、この地域でブ〇〇チが放送されていたらしいんよ。この直前に」
三好はアニメのタイトルを口にした。
「アニメの影響で実体化したってことか」
そうはいっても、たぶんアニメは毎週放送されている。
この現象がこの時だけ起きた理由は?
いわゆる神回だったのか、そのタイミングだけ混沌の侵食が強かったのか。
後藤には、出勤時に考えていた不整合が顕在化したのではないかと思えてきた。。
「集団幻覚が実体化したとかってコメントが多いんよ」
そう言いながら、三好はいろいろな怪奇現象のファイルを後藤に見せた。
誰かが操作したかのような挙動をみせる無人のエレベータ。
監視カメラに映るポルターガイストや不思議な人影。
さまざまなUFO。
それらはオカルト界隈では定番の怪奇現象。
実害はない。
その程度なら、かえって刺激になっていいかもしれない。
後藤はそう思った。
しかし、混沌がさらに深く侵食していけば、人の思いが世界により大きな影響を与えるようになる。
ここから先は――
望むもの、あるいは恐れるもの。
世界は人びとの思いに影響される。
何かが人びとの危機意識を煽り、同じ危機意識を持つ人が増えて行ったら?
三好の見せたブ〇〇チの事案のように、一次的かつ局所的な改変が起きる可能性はある。
物事が複雑に絡み合っている現代社会で局所的な改変が進めば?
それはまちがいなく混沌の世界。
場所によって真実が異なる事態になりかねず、社会のあちこちで不整合が生じるかもしれない。
そんな状態では、社会を維持することなどできはしない。
ブ〇〇チのような事案がエスカレートし、実体を持った幻が闊歩するようになったら?
世界中でホラー映画や都市伝説のキャラクターが暴れ出すことになりかねない。
そこまで考えて、後藤は少しだけ期待してしまった。
全力で戦ってもいい相手ができることに。
ジェ〇ソンなどの物理攻撃をする相手なら対応できる。
だが、〇子は――
ビデオテープの再生環境がないから顕現できない。
それなら――
それは武術家ゆえの業。
後藤はさまざまな戦いを夢想した。
そのときの後藤は、変容した世界でカラスや犬のスケルトンに怯えていたことなどすっかり忘れていた。
実際にホラーが現実化したら、後藤は戦えるのか。
それは、その時になって見ないとわからない。
次回は実際の理論にファンタジーを嵌め込みます。ご期待ください。




