世界変革の試み
後藤は夢の中でレクチャーを受けていた。
世界変革の第一歩について。
レクチャーの講師役の姿はわからない。
夢を見ている間は見えていたはずだが、目が覚めるとその姿は記憶から消去されていた。
いや、消去されたのではなく、この次元に拘束された頭脳では認識できなくなったのかもしれない。
いずれにしても、後藤は、夢の中で誰と話していたのか憶えていない。
憶えていることといえば、高次存在の介入によって改変された内容について。
どうやら高次存在は、これからは直接国政に口出しするつもりらしい。
神楽AIとして。
その神楽AIは、何か月か前、国会に導入された。
そして、導入されてすぐ政党制廃止を提案し、政治家らが了承した。
そういうことになっている。
だが、真実は――
大多数の国会議員たちが魔物か豚に変えられた。
一部のテレビ番組では、画面隅の小窓でその場面が生中継されていた。
重大な発表をすると事前にアナウンスがあったから、議員が集まって来る様子を生中継していたのだ。
その生中継を通して、議員たちが変貌していく状況を見ていた人もいる。
だが、その状況は、人びとの記憶から消去された。
後藤はあの場面を夢の中で見せられていた。
同時に、周辺事情も教えられた。
あそこには吉野がいた。
その吉野の記憶は消されていない。
ということは、たぶん、近い将来、吉野も何らかの役割を担うことになる。
あの場面を見ている間に、ほかにも知識をインストールされた気がするが、いまは思い出せない。
必要な時が来れば、その知識が呼び覚まされるのだろう。
いずれにしても、本日出社すればいろいろな問題が待ち構えている。
後藤は高次存在の尻ぬぐいに追われるのだ。
――世の中が良い方に変わったのなら、文句は言うまい。
後藤はそう自分に言い聞かせた。
「今日はなんとなく和食にしてみた」
みゆきが笑顔でそう言った。
共働きだから、普段の朝食は手間のかからないトーストかシリアルで済ませている。
何か時別なことでもあったのか。
後藤はいろいろと想像してしまった。。
「どうしたの?何かいいことでもあった?子どもができたとか?」
「子どもはまだ早いわよ」
昨晩、例によってみゆきは睡眠中の後藤を観察していた。
その過程で、自分の頭に新たな記憶が書き込まれていくことに気づいた。
それは、上書きではなく書き込み。
理由はわからないが、高次存在はみゆきの中に古い記憶が残ったままにした。
みゆきは二つの記憶を比較し、寝ている後藤にいくつか質問をしてみた。
その結果、みゆきは日本の根幹部分に介入があったことを知った。
自分の記憶が消去されていないのだから、自分にも何か役割がある。
彼女はそう考えた。
それは彼女にとってうれしいこと。
自分も後藤とともに歩めるのだから。
今日の朝食は、そのちょっとしたお祝い気分が反映したのだ。
後藤家の朝食の席では、テレビでニュースバラエティを見るのが習慣になっている。
家を出るタイミングは占いのあと。
テレビはアラーム代わりでもある。
その番組の中で、各国のAI導入事情が紹介されていた。
多くの国家は政党制を捨て、日本を手本にAIと賢人会議で運営する方向に変わりつつある。
それらの国の人びとにとって、それは日本人が感じる以上に驚くべきこと。
ほとんどの国では、日本の政治家が小悪党に見えるくらい政治家の汚職度が高い。
それにもかかわらず、世界的に政治家たちが権力を手放す流れができている。
ふつうに考えればありえないことだ。
そういえば――
かつて報道を賑わしていた独裁者のような指導者たちが、いまの世界には存在していない。
後藤はその事実に気づいた。
彼らは、知らないうちに存在が抹消されている。
どうやら、高次存在による政治への介入は、日本以外でも積極的に行われていたようだ。
「キミは****大統領って憶えている?」
「うん。あの人は消えちゃったんだよね?」
みゆきの言う「消えちゃった」は存在を消されたことを意味する。
つまり、みゆきも憶えているのだ。
「これから世界はどうなるのかね。確かに『悪』を消せば一時的に平和になるかもしれない。でも、その『悪』に敵対することで生まれる何かがこれからは生まれなくなる」
「そうね。そういう視点で見ると、前に進むモチベーションがなくなる人もいるかもしれないわね」
人は苦境を打破するためにさまざまなことを考え出す。
その苦境がなくなったら?
後藤とみゆきが語り合っているのは、前進する原動力がなくなる可能性について。
敵がいなければ軍事技術は発展しない。
インターネットをはじめ、現代社会の基盤となっている、多くの科学技術は軍事技術の転用による。
ということは――
まちがいなく科学技術の進歩が停滞する。
可能性の多くが失われるだろう。
そこまで考えて、後藤の頭にちがう考えが浮かんだ。
かつて経験した人間がいなくなった世界は、後藤たち四人にとって必ずしも悪いものではなかった。
過度の技術的進歩は必ずしも必要ではない。
それは後藤自身があの世界で体験している。
それなら――
科学が停滞したとしても問題はないのか?
後藤は科学を進める側。
後藤の考えにはバイアスがかかっている。
だからみゆきに聞いてみた。
「あの四人だけの世界って、不便だけど悪くはなかったと思わない?」
「うーん、お風呂に入るのが大変だってこと以外はよかった……のかな?」
みゆきの表情からすると、必ずしも良いものではなかったのかもしれない。
女性には、清潔さなどの点で気になる問題もあったのだろう。
だが、その清潔さなどの問題が解消されれば?
少なくとも現在の文化水準が維持され、そこからの進歩のペースがゆるやかに減退していくのなら、何の問題もないのかもしれない。
しかし、研究者である後藤にとってはちがう。
――痛しかゆしというところか。
だが、世界から大量破壊兵器などのリスクが排除されるなら――
――あれ?
後藤は気づいた。
いまの世界には核兵器がないのだ。
それはいつの間にか世界から削除されていた。
高次存在の介入によって。
「ねえ、核兵器って憶えている?」
後藤はみゆきに聞いてみた。
「なに、それ?」
みゆきは憶えていなかった。
核兵器がなくなって不都合なことは?
軍事バランス?
核の傘?
すべての国が核兵器を持っていないのなら、核抑止力など必要ない。
いや、待て。
何が改変されたのか、後藤はインストールされている情報をたどった。
高次存在は物理現象にも介入している。
その影響の範囲は――
核反応が起きないようになっている。
放射性元素も周期表から抹消されている。
だから原子力発電は存在しない。
医療ではレントゲンや放射線治療が利用できない。
太陽の核反応は――
ふと気づくと、目の前にあった和食がなくなっていた。
後藤の前にあるのは牛乳をかけたシリアル。
世界は遡ってリセットされたらしい。




