表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌の科学  作者: 藤原時照


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

神楽なる存在

最初の投稿後、不適切な表現に少しだけ調整を入れましたが、内容に変化はありません。

 後藤良平は悩んでいた。

 その悩みは神楽について。

 後藤と三好には、経営陣から新規事業の探索をはじめるよう指示が来ている。

 はじめるのは三か月後。

 それまでに神楽に関する業務を移管しなければならない。

 だが、そこには壁が立ちはだかっている。

 現実には、量子コンピュータ神楽の中身は高次存在である。

 それは知られてはならないこと。

 その隠れ蓑として、神楽にはきちんと動作する「ガワ」がある。

 高次存在の介入があるものの、それはきちんと動作する「ガワ」だ。

 業務を移管するのはその「ガワ」の部分。

 それは、形式的には後藤と三好が開発したことになっているが、実際には彼らが造ったわけではない。造ったのは高次存在。それ故そこにはこの世ならざる技術が使用されている。

 後藤の頭の中には、その「ガワ」の情報――量子コンピュータ神楽の設計図、そして神楽を運用する神楽AIと攻撃型セキュリティソフト神楽路のソースコード――がインストールされてはいる。だから求められれば説明はできる。しかし、情報をインストールされていても、それを他人に教えられるかどうかは別問題だ。

 神楽のソースコードは6次元の空間座標+時間の7次元にわたる。

 そこが通常の量子コンピュータとはちがうのだ。

 神楽は「祝詞」によって高次世界におけるルーティングを行っている。神楽発表後は、そのルーティングが量子コンピュータの主流になった。だから、それはある意味「こなれた技術」ではある。しかし、ほんとうの意味で神楽を理解するには、そのルーティングをさらに深く理解する必要がある。そこに神楽の秘密があるのだから。

 まず、神楽を理解するには7次元を認識することが要求される。

 仮にそれをクリアできたとしても、またつぎのハードルがある。

 神楽は並行世界を利用して運用されているのだから。

 常人に、次元の壁を越えて、それらを保守・管理することができるのか。

 超弦理論における余剰次元は「コンパクト化」が大前提。

 だが、神楽システムは、コンパクト化されていない余剰次元の先にある。

 それは、人には感知し得ないというだけではなく、既存の仮説すら及ばない領域。

 つまり、いかなる装置を使っても、その領域を観測することすらできない。

 それを誰にやらせるというのだ?

――黙っていればいいか。

 後藤は逃げを選んだ。

 そう考えたのには理由がある。

 問題となるのは5台の神楽サーバーの存在。

 それらの存在は会社に知られていない。

 この世界にある会社の予算が使われていないからだ。

 並行世界には、全く同じ装置が自然に存在している。

 神楽はそれらをつないで並列化して運用している。

 つまり、装置に使われた予算は並行世界のもの。

 隠したままでも問題にはならない。

 だが、それでも問題は残っている。

 ソースコードだ。

 神楽のソースコードは多次元空間に分散して存在し、それらが重畳して機能する。次元を超えた並列化によって、この世界のサーバーと並行世界にある5台の合計6台分を、高次世界の仕組みに従って重畳している。それらを運営するには、少なくとも6次元、いや、並行世界間の時間のズレも調整するから、6次元+時間の7次元を認識する能力が管理者に求められる。おまけに、神楽システムは、現代のプログラミング言語で対応できるものではない。高次元空間に分散し、それらを重畳させるのだから言語もオリジナルで難解なものになっている。

 そんなもの誰が理解できる?

 後藤が本当の開発者なら、自分以外に使えないものなど企画段階で落としている。

 自分しかできないようなプロジェクトはありえない。

 事業企画の視点からすれば、それがあたりまえの考え方だ。

 だが、これは後藤ではなく、高次存在が企画したもの。

 知らないうちに並行世界のサーバーが統合されていた。

 知らなうちに多次元言語がつくり上げられていた。

 知らないうちに――

 後藤はそれらを押し付けられただけ。

 どうしてこんなことになっているか、そうなった過程については知らされていない。

 だが、そうなっているのだからどうしようもない。

 後藤は、上司である石黒役員に、高次存在のことを省いて状況を説明しようとした。

 しようとしたのだが、その簡略化された説明でさえ、石黒は入口のところで思考放棄した。

 石黒は捏造や隠蔽で出世した人物。

 嘘や誤魔化し以外の能力は極めて低く、通常の企画でさえ理解できずに他人まかせ。

 そういう人物なのだ。

 だから中身のない言い合いになった。

 そうなると、プライドと劣等感が同居する石黒は意固地になる。

 あとは、いいからやれの一点張り。

 典型的なパワハラ用語の数々が飛び交うことになる。

 だが、石黒が何を言おうと無理なものは無理なのだ。

 そもそも、後藤にしても、かろうじてこなしている仕事なのだ。まず、自分を居眠りの手前の半覚醒状態に持っていく。その状態で並行世界の自分と融合し、自分自身が疑似的な高次存在になる。そんな手順を踏まねばならないのだから、それを他人に理解させることなどできようはずがない。

 このやり方は、高次存在から流れて来たイメージによるもの。ある種の眠りは、魂の本体がある高次世界への回帰。後藤はそれを理解して利用している。普通なら、たとえ理解できたとしても実際に使うには至らない。そこには大きな壁があるのだ。後藤の場合は幼い頃から夢の中で高次存在に会っているため、かろうじてそれができている。夢を通して高次世界をある程度理解できていたから可能になったことなのだ。それを普通の人間に求めるというのか。共同開発者である三好にだってできはしないのに。

 知識がインストールされているにもかかわらず、三好にはそれができない。

 管理のためだけに、三好より優秀な人を探すのか?

 ナンセンスだ。

 後藤は悩んだ。

 悩みに悩んだ。

 その結果たどりついた考えは――

 会社の目を欺くためではあるが、名目上の管理者としてAIを使う。

 たぶん、一定の範囲なら実際に管理もできるはずだ。

 AIを用意すれば、それは自然に分化し、同じものが並行世界に存在するようになる。

 あとは並行して存在するAIを統合すればいい。

 神楽によって、現在の量子もつれは祝詞が必須なものに改変された。いまは、その祝詞によって高次世界まで通信回線がつながっている。AIが神楽の作った言語を使いこなせるようになれば、その回線を使って高次空間の先にあるシステムを解析し、効果的な運営法を見つけ出せるはずだ。そうなれば、人間の管理者は、AIに大雑把な命令を出すだけで済む。装置の管理にしても、並行世界に管理担当者がいるだろうから、問題があればその担当者が対処するだろう。

 石黒役員の要求を受け入れるならそれ以外に道はない。

 だが――

 選択肢はほかにないのだが、後藤は躊躇している。

 そこにはひとつの問題が潜在するからだ。

 現在は、高次存在がAIのふりをしてこちら側の世界に介入している状態。

 そんなとき、システムにさらなるAIを組み込めばどうなるか。

 そのAIも乗っ取られ、介入がさらに強く深くなる。

 いま、神楽AIには一定の制限がある。

 後藤がその運用範囲をコントロールしているからだ。

 しかし、新たな管理AIを導入すれば?

 足掛かりが増え、高次世界からの干渉が加速する。

 後藤にコントロールできる範囲を超えてしまう可能性がある。

 三好のように高次存在のことを信じられるなら何の問題もない。

 後藤は高次存在に悪意があるとは思っていないが、気になるところはある。

 それは、高次存在の力量について。

 後藤は幼少期から夢で別の高次存在に会っている。

 あの存在は、そこにいるだけで押しつぶされそうになる。

 圧倒的な威、圧倒的な畏れで、ものを考えることさえできなくなる。

 だが、AIを装う存在からは、その威や畏れが感じとれない。

 人間よりは高次であろうが、後藤の知る存在と比べれば、その威は大きく劣る。

 その格の違いから不安が生じる。

 ヨブ記では、神はサタンにそそのかされ、自分を信ずるものに災いをもたらした。

 旧約聖書にはその手の神の愚かさを描く逸話が多い。

 その愚かな神の教えが世界の基盤になっているから――

 そんな思いからキリスト教グノーシス派が生まれたのだ。

 たとえ全知の存在であっても、愚かであることはあり得る。

 実際に、あの高次存在はリセットを多用しすぎている。

 だから信じ切ることができない。

「はあ」

 後藤は溜息をついた。

 そのとき、後藤のPCにメールが届いた。

 石黒役員からだ。

 内容は、政権与党である経世共和党の党員になれというもの。

 後藤のいる企業は、かつて経共党議員に、とある問題で便宜を図ってもらったことがある。具体的には、汚染物質が工場排水から流れ出た事実を握りつぶしてもらったのだ。その後、ことあるごとに集られ、時には億単位の金をむしり取られている。もちろんこれらは裏金で、経理上、扱いに困るもの。大臣による根回しで税務署は動かないとしても、株主総会では大きな問題になり得る。

 加えて、この会社には、議員の党員獲得ノルマ達成のため、管理職は経共党に入党しなければならないという裏ルールが存在する。後藤の元にもかなり前から繰り返し入党指示が来ている。執拗に圧力をかけられてはいるが、後藤はそれを拒否してきた。それは後藤の正義感ゆえの拘りだ。

 しかし、後藤は名が売れすぎた。いまや後藤は世界的有名人。後藤を現在の状態のままにしておくのは企業として外聞が悪すぎる。少なくとも部長級の職位にしなければ、企業の面目が立たない。その職位にするためには、会社の裏のルール上、経共党に入党しなければならない。経共党にしても、後藤を党の看板にしたいという思惑がある。

 少し前からこの膠着状態がつづいている。そこで石黒役員が出しゃばってきた。自分の言うことなら聞くと役員会議で大見得を切ったらしい。そうなると、石黒役員はもう後へは引けない。だが、後藤にしても言いなりになるつもりはない。

 それでも石黒役員がごり押ししたら?

 退職を選ぶことになりそうだ。

 後藤は心を決めた。

 

 だが、その決心は無駄になった。

 神楽AIの中身は何か。

 その事実を知っているのは後藤夫妻と三好夫妻だけ。

 石黒は知らない。

 知らないからこそ余計なことをして、かの存在の不興を買った。

 後藤がいなくなっては神楽が存続できない。

 だから、かの存在は、後藤を追い込んだ石黒を許さない。

 その問題の根源たる経世共和党を許さない。

 こうして、かの存在の手は政治の世界にも伸びることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ