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混沌の科学  作者: 藤原時照


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キミへの思い

「良平さん、今日、変な事件があったんだ。聞いてくれる?」

「事件というと、神楽がらみ?」

「そう。今日ね、清水さんが消えたの」

 みゆきは清水が消えた経緯を後藤に説明した。

 しかし、説明している間、みゆきにはずっと妙な違和感があった。

「『豚にしますか』は、何がきっかけで起きたのかわかる?」

 この後藤の言葉がトリガーとなった。

 みゆきは記憶をたぐり、安達、浜田、安井という三人がいたことを思い出したのだ。

「私、安達さんたちのことを忘れていた……」

 みゆきは自分から彼女たちの記憶が消されていることに愕然とした。

 同じ現象を何度か見てきたのに、それが自分の身に起きるとは思ってなかったのだ。

「記憶が消されていたってことは、キミたちに呼び戻してほしくなかったわけだ」

 きっと後藤の言うことは正しい。

 だからといって、みゆきにとって簡単に割り切れることではない。

「三人は並行世界に送られたんだろうね」

 みゆきは、その後藤の言葉には納得がいかない。

 豚にするのは処罰。

 一方で、みゆきにとって、並行世界での生活は楽しい思い出になっている。

 それが豚にする代わりに下された処罰に相当するとは考えられない。

 そう考えているから、みゆきには三人の行き先が並行世界であるとは到底思えない。

 もっとも、それは処罰の軽重を比較した場合の話で、それが三人にふさわしいと思っているわけではなく、逆に、自分が彼女たちを消すきっかけを作ったと感じて罪悪感を持っている。

 だから、後藤の軽い口調に反発してしまう。

「どういうこと?」

「三好たちと籠城していた時のことを思い出してみなよ。人が消えるのは何度も見ているでしょ?」

「うん。でも、今度も同じだって言い切れる?」

 後藤は当時の状況を確認し、服を残しておいたことが高次存在からのメッセージだと主張した。清水については、やり方を変えて、ほかのケースとはちがうことを示したかったのではないか。ふたりの記憶を消したこと、いまみゆきの記憶が戻ったなどを合わせて考えると、みゆきに向けた何らかのメッセージがあるのではないか。

「裸でほかの世界に放り込まれても困るでしょ?」

 後藤はそう付け加えた。

「確かに裸で放り出されるのは厳しいけど……」

 そう言いながら、みゆきはター〇ネーターを思い浮かべていた。

 服を着ていないことを理由にするのは安直すぎる。

 そう思いはしたが、口をはさむのは思いとどまった。

「高次存在は、清水さんを使ってキミたちがどう反応するか見ていたんじゃないかな」

 後藤はみゆきの反応を見て言葉をつづけた。

「清水さんはどこかで一時的に保存されていたとか。身体の機能を停止して。認知機能が低下していたのはその名残。そんなふうに考えられないかな」

 みゆきは後藤の仮説について考えてみた。

 そして、後藤はそのみゆきの様子を観察する。

 後藤がみゆきを観察するのは、みゆきを騙そうとしているからだ。

 だが、いまの後藤は冷静になり切れなく、考えがうまくまとまらない。

 みゆきを気遣う気持ちが邪魔をする。

 そのせいで、いつものように客観的かつ論理的に話を組み立てることができていない。

 だからみゆきを反発させてしまうのだ。

 

 みゆきがトイレに行くと言って席を立った。

 その機会を利用し、後藤は考えを再構築しはじめた。

 さきほど、後藤はお局三人衆が並行世界に送られたかのように話し、話の焦点を清水に切り替えた。切り替えておいて、話題をお局三人衆に戻さないようにした。清水の状態を議論する方向に誘導して。

 後藤がしたことは、いわゆる論点ずらし。

 良いアイデアが浮かばないから、一次的に回避することを選んだのだ。

 確かにお局三人衆が並行世界に送られた可能性はある。

 状況的には以前並行世界に人びとが送られた時と同じなのだから。

 しかし、それは可能性の話であって、絶対とは言いきれない。

 その言い切れないところに問題がある。

 客観的に見て、三人を呼び戻すことは不可能だ。

 わざわざみゆきと真紀の記憶を消したのは、余計な介入をされたくないということだろう。

 だから、三人を戻すよう願っても、その願いはかなわない。

 しかし、後藤がそう説明してもみゆきは悩むはずだ。

 清水は呼び戻せても、三人は呼び戻せない。

 みゆきには、三人を見捨てたように感じられるかもしれない。

 そもそも、モニターに神楽のメッセージが出たのは、みゆきの言葉がトリガーになっている。

 神様を揶揄するようなこと言えば罰が当たる。

 みゆきはそういうつもりであの発言をしたそうだ。

 そうだとしても、みゆきは自分のせいで、と感じるだろう。

 だから後藤は騙すことを選んだのだ。

 みゆきが悩まないように。

 しかし―― 

 そこまで考えて、後藤はあることに気がついた。

 みゆきは人の言うことを先回りして理解する。

 だから、後藤がみゆきの負担を無くそうとしていることに感づいたかもしれない。

 ということは、後藤の意をくんで丸め込まれたふりをする可能性がある。

 それでも、後藤としては、彼女から負担を取り除きたい。

 後藤は推測をしては悩むというプロセスを繰り返した。

 神楽は人を豚に変える。

 だが、ほんとうに変わったのか?

 その人を並行世界に送り、あとに豚を残しただけということもありえる。

 その考え方をお局三人衆に適用すると――

 こんなふうに考え続けていたら、みゆきが戻ってきた。

「ごめんね。良平さんに気を遣わせちゃったよね」

 やはり彼女は後藤のしていることに気づいていたのだ。

 実際にはそれ以前の問題で、みゆきがター〇ネーターを思い浮かべた時点で結果は見えていた。後藤はシュ〇ルツェネガー氏に負けたのだ。

「私の方こそごめん。だけど夫婦なんだから、キミの問題は私の問題でもある。そこは憶えておいてね」

「ありがとう。でもね、私、わかったから。ちゃんと自分と向き合ってみる」


 感性は人それぞれ。

 誰かのことがかわいそうに見えても、その人がほんとうに不幸なのか他人にはわからない。

 助けようとしたら、よけいなことをするなと言われることもある。

 若いころの後藤はトラブルを歓迎していた。

 それを乗り越えるほど高みに上っていけるのだから。

 後藤にとって、それはRPGのレベル上げと似たようなものだった。

 そう考えることで意欲を掻き立て、後藤は自分の能力を開発してきたのだ。

 だが、その姿は、周囲には異様に見えていたらしい。

 同僚から「そんな目に遭ったら自分なら自殺している」と言われたことがある。

 第三者には、後藤の置かれた状況が深刻なパワハラ事案に見えていたのだ。

 ひょっとしたら、後藤のことをドMと勘違いした人もいたかもしれない。

 感性は人それぞれ。

 これもその一例だ。

 だから、お局三人衆が、送られた先で幸せかどうかは本人たちにしかわからない。

 こちらで生きていた時が幸せだったかどうかもわからない。

 こちらに戻すのが余計なことだという可能性もある。

 

 いつもの後藤なら、きちんとした論理で整然と話をする。

 しかし、いまの後藤は、自分の姿を客観的に見ることができていない。

 考えをうまくまとめられず、言葉はとりとめのないものになっている。

 みゆきにとって、それははじめて見る後藤の姿。

 自分のことを考えていてくれることを実感できた。

 だから、みゆきは――

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