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46話 五年越しの決着

「セリエ……!」


 私が衝撃で倒れ込むのと、シルヴァンが私に駆け寄ったのは、ほぼ同時だった。

 腰の辺りが、痺れたように熱い。


 細い銀色の針のようなものが、音を立てて床に落ちた。目の前では、ピエールが警備兵に拘束されていた。

 その様子が、スローモーションがかかったように目に映った。


「セリエ、大丈夫か……!?」


 返事をしようとしたのに、声がうまく出ない。

 私は恐る恐る、衝撃があった部分に手を伸ばした。


「っつ……」


 鈍い、殴られたような痛みが走る。

 腰元の巾着からは、カシャリと硬いものが擦れる音がした。

 血は、出ていなかった。

 そのことに気づいた瞬間、体中の力が抜けた。

 震える指で巾着の紐をほどくと、中から転がり出たのは、シルヴァンから贈られた、あのブレスレットだった。宝玉は砕け、それを囲む円形の装飾が二つに割れている。

 私とシルヴァンは、思わず顔を見合わせた。


「無事……みたいだね」


 後から駆け寄ったジュールが、私の姿を確認すると、ホッとした様子でそう呟く。


「兄上、もう十分でしょう?」


 ジュールがギヨームを見ると、国王は厳かに頷いた。


「ピエール・ヴァレール。余の前で刃を抜き、ヴィーニュ辺境伯夫人に危害を加えようとした罪、見過ごす訳にはいかぬ。今この時をもって財務大臣の任を解く。国家反逆の疑いについては追って取り調べを行う。まずは地下牢へ連れて行け」


 ギヨームが、大きくはないが威厳に満ちた声で、そう宣言する。

 ピエールは抜け殻のような形相で、警備兵に連行されていった。

 私はその背中を、なんだか現実ではないような心持ちでぼんやりと見送った。


「ごめんね、セリエちゃん。危険な目に遭わせてしまって」

「いえ……」


 これで本当に全てが片付いたのだろうか。

 急展開過ぎて、実感が伴わなかった。

 シルヴァンが、割れたブレスレットの装飾を見つめている。


「これがなければ、今頃は……」


 祈るようにギュッと目を閉じ、そして再びその目を開くと、シルヴァンは私のことを見つめた。

 本当に私のことを想っているのが伝わる眼差しだった。


「シルヴァン様が、守って下さったのですね」


 私の言葉に、彼は答えなかった。

 だけど、そっと肩に置かれた手は、いつもよりずっと熱くて、力がこもっていた。


「さてと」


 ジュールが、座の空気を戻すように、あたりを見回して言った。


「セリエちゃんが動けるなら、品評会に戻ろうか。一つずつ、片付けていかないとね」


 私はシルヴァンに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。

 いつの間にか、身体に力が戻っていた。


「参りましょう。品評会を、そしてシャトー・ヴィーニュを見届けなければなりませんわ」


 ◇


 式典の会場に戻ると、ざわめきは先ほどよりも大きくなっていた。


 場に残された人々からすれば、財務大臣による告発でヴィーニュ家の不正疑惑が持ち上がり、その上、国王陛下の命で会が中断されたのだ。動揺するのも無理はない。

 誰もが、何が起きたのか、そしてどうなったのか、知りたくてたまらない様子だった。


 私たち、そして国王やジュールが姿を見せると、いくつもの視線が一斉にこちらへ向けられた。

 好奇心や、疑念。それから、わずかな期待。

 私は思わず背筋を伸ばした。


 ギヨーム陛下が貴賓席へ戻ると、会場は水を打ったように静まり返った。


「皆のもの、待たせたな。まず、先ほどのヴィーニュ家に対する不正疑惑は虚偽の告発であることが確認できた。よって、王家の名において退けるものとする」


 低く、よく通る声だった。


「従って本品評会の審査は有効であり、結果発表は予定通り執り行う。進行役よ、続けるが良い」


 会場の空気が変わった。

 私は、隣に立つシルヴァンを見た。

 彼は何も言わず、ただ真っ直ぐに前を見ていた。

 答えはもうわかっているはずだった。

 それでも、この場で公に告げられるまでは、彼も信じきれないのだろう。


 進行役の貴族が、震える手で書状を広げる。


「それでは、今年度の格付けを発表いたします」


 会場が、静まり返る。


「今年度、特級に認定するシャトーは――」


 心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

 私は知らず知らずのうちに、隣にいるシルヴァンの手を握っていた。


「シャトー・ヴィーニュ」


 一瞬、音が消えたような気がした。


「シャトー・ヴィーニュを、本年より特級と認定いたします」


 次の瞬間、会場が大きくどよめいた。

 シルヴァンが、ほんのわずかに息を呑んだのがわかった。

 五年前に奪われたものが、ようやく戻ってきたのだ。

 それだけではない、亡き父親が自分の生まれ年に仕込んだワインが、ようやく花開き、価値を認められた。その喜びは、いかばかりだろうか。

 シルヴァンの目が、わずかに潤む。私もそんな彼の様子を見て、胸に熱いものが込み上げた。


 それから後は怒涛のようだった。

 他の格付けの変更に、ワインの選評の発表。先ほどの静けさが嘘のように、会場はお祭り騒ぎのような賑わいを取り戻した。

 結果発表が終わると買付依頼も殺到し、ようやく人の波が引いたころには、空はすっかり茜色に染まっていた。


 買付を申し出る商人たちが全て立ち去ったころ、私たちの元へふらりとジュールがやってきた。


「盛況だったみたいだね。本当にお疲れ様」

「あ!ジュールさん……じゃなかった、ジュール様。この度は本当に……」


 身分を知らなかったこととはいえ、これまで随分とラフに接してきてしまっていた。

 だが畏まって頭を下げる私を見て、ジュールは苦笑いしてみせた。


「そういうの、いいって。これまで通りに接してよ」

「でも……」

「僕がそういうの苦手なの、わかってるでしょ」

「そういうことなら。わかりました」


 私が元の様子に戻ると、ジュールは満足そうに頷いた。


「ありがと。それで、今晩なんだけど、一緒に食事でもどうかな」

「……食事、ですか?」


 ジュールは、いつもの軽い笑みを少しだけ薄めた。


「今回の件を受けて、王家として決めたことがあるんだ。それを、アランやヴィオレットもいる場で報告する予定でね。セリエちゃんたちにも、同席して欲しいんだ」


 王家として、決めたこととはなんだろう。

 それに、アランと顔を突き合わせて食事をとるのは少し気が重い。

 だが。

 ここまで来たら、最後まで見届けたい。


「わかりました、シルヴァン様とともに参加させていただきます。ただ……」

「ただ?」

「その前に、まだやるべきことが残っておりますの。全てを片付けたら、王城にお伺いいたします」


 ジュールは私の意図を察したらしい。


「オッケー。じゃあ、また後でね。くれぐれも、気を付けて」


 そう言うと、ジュールは去っていった。


「それでは、シルヴァン様、参りましょうか」


 私が振り向くと、シルヴァンが頷いた。

 先ほどまで買付希望者の対応を手伝ってくれていたロゼットとクロードも、いつの間にか戻ってきていた。

 ロゼットは目を輝かせ、クロードはいつも通り落ち着いた顔で控えている。

 四人で、街に行こう。


 マルセロ。

 あの男の行方を確かめるまでは、まだ祝杯は上げられない。

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