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45話 暴かれた陰謀

「その印章なら、ここにあるよ」


 緊張感をはらんだこの場にそぐわぬ、どこか人を食ったような様子で会場の中央に進み出たのは、私が待ち望んでいた人物、ジュールだった。

 いつものラフな服装ではなく、上級貴族然とした服に身を包んでいるので、声を聞かなければ瞬時には誰だかわからなかった。

 しかも、胸元のボタンにあしらわれたあの紋章は、確か……


「突然乱入するとは、なんたる無礼者だ」


 ピエールが不快そうに言い放つ。


「おい、警備兵!そこの不審者を摘み出せ」

「不審者とはひどいなぁ。僕の名前はJ.O.グランテール。しがないワイン評論家ですが、お見知り置きを」


 突然の闖入者にあたふたする人々を見たジュールは、茶目っ気たっぷりに礼をしてみせた。


「グランテールだと!?」

「そして、これが君の隠し持っていた印章」


 ジュールは懐から、小さな印章を取り出してみせた。


「お前!どうやってそれを……」

「それより、本来持つべきでない印章を隠していたことについて、何か言い訳はないのかい」


 これまでの余裕は消え失せ、ピエールは口をもごもごと動かした。


「それはその……拾った!品評会の始まる前に拾ったんだ。後で届けようと思っておったところだ」

「ふぅん……どこで拾ったの?」

「さて、どこだったか……」

「ふうん」


 ジュールは全く信じていない様子でピエールを冷たく見つめる。


「つまり、どこでかは忘れたけど、ちょっと前に拾って、しまっておいたんだね」

「う、うむ……今夜か明日には届ける予定で……」

「つまりこの印章は昨日、君の手元にあった」

「そ、それがなんだというのだ」

「じゃあ少なくとも、封筒を封じ直せるものを、君は昨日持っていたわけだ」


 ジュールはそう言うと、ピエールは物凄い剣幕になった。


「言い掛かりはやめろ!印章なんて貴様も持っているだろう。私がやった証拠がどこにある。だいたいどんな権限で勝手に我が居室に入ったのだ。名のあるワイン評論家とて、許されることではないぞ!」

「うーん、どっちから先に答えようかな」


 全く動じる様子もなく、ジュールは顎に手を当てて悩む演技をしてみせる。


「まず、勝手に部屋に入ったのはごめんね。でも権限はあるんだよ。そういう立場だから」

「出まかせを言うな!」

「出まかせではない」


 貴賓席中央から、低く落ち着いた声が聞こえてきた。

 振り向くと、現国王であるギヨームが、ピエールを見据えていた。


「その者は我が弟、ジュール・シャルモン。余の命により、内密に調査を進めていた」

「な、何……!?」


 ジュールが、国王の弟ですって!?

 突然明かされた事実に戸惑うが、一方で、これまでの違和感にも全て説明がつく。アランと同じ目や髪の色。王城に構えた自室。妙に優雅な仕草。王家の人間ならば納得である。

 驚いてシルヴァンを見ると、彼も知らなかったようだ。

 だが何よりピエールの衝撃がすごい。目を見開き、口元を引きつらせている。


「という訳で、権限の話はいいかな。ここから先は王家の印章に関わる話だ。兄上、場所を移しても?」

「よかろう。関係者のみ、別室へ」


 こうして会は中断され、私たちは場所を移すことになった。


 ◇


 王族のみが使うという室内は、豪奢な設えが目を引いた。

 しかし華やかな居室と反対に、空気は緊張感を帯びている。

 国王ギヨームと、父アルマン、王室書記官長のモーリスの他、ジュール、ピエール、ジル、そして私とシルヴァンが一室に集められた。

 本来は王族と大臣クラスのみの場であるが、私たちは告発された当事者として、ジルは証人として、参加を許された形だった。

 私は無意識に、腰元の巾着に触れた。布越しに伝わる硬さと冷たさが、少しだけ心を落ち着けてくれるようだった。


「さて、もう一つの質問に答えようか」

「……」

「僕の指摘した問題は、君が印章を持っていたことだけじゃないんだ」


 ジュールの口ぶりは軽やかだが、ピエールはジロリと目を向けただけで、沈黙を守っている。下手なことを言って証拠を掴まれまいという悪あがきなのだろう。


「君が持っていた、この印章。これ、偽造印だよね?」

「!!!」


 ピエールの目が一瞬見開かれたが、やはり何も言わない。

 発言を引き出すのは無理だと察したのか、ジュールは肩をすくめると、そのまま言葉を続けた。


「モーリス、君ならわかるよね」


 ジュールは、別室へ移る前に私から預かっていた二通の封筒を、モーリスに渡した。事務局で開けられた封筒と、ジルが差し出した封筒だ。

 王室書記官長は封筒の蝋を見比べ、顔色を変えた。


「……片方は正式な印章で間違いございません。しかし、もう片方は異なります。外周の古代文字が欠けております」

「確認ありがとう。セリエちゃんたちも見るかい?」


 驚く私たちに、ジュールは封筒を手渡してくれた。

 二つの封筒に残った印影は、一見すると同じものに見えた。しかし、よくよく目を凝らして見ると、ジルが差し出した封筒の印影には、外周に細かな文字のようなものが刻まれている。一方、事務局で開けられた封筒の印影には、その文字がない。


「これが、偽造印……」


 王家の印章を偽造する。あまりに大きな話に、思わず声が漏れた。


「実は前回の品評会の少し前から、王家の印章を偽造しようとする動きがあると掴んでいたんだ。今回の品評会で、やっとその動きが掴めそうでね。ハラハラさせてごめんね」

「お気持ちはわかりますが、もう少しお話ししてくださっても……」

「君たちを信用していなかったわけじゃないよ。ただ、知っていることは態度に出るからね。おかげで、うまく罠に掛かってくれたよ」

「罠……だと?」


 ピエールの問いに、ジュールは淡々と答える。


「兄上はあえて本物に極めて近い模造品を、古い許可証の見本と並べて、大臣クラスが目にできる場所に置いていたんだ。もちろん、王室印の仕掛けを知っている者が見れば、本物との違いはすぐわかるんだけどね」

「それは、つまり……」

「そう、誰かがそれを本物だと思って複製すれば、偽造印にも同じ欠陥が残る」

「……」


 ピエールの顔から、血の気が引いていくのがわかった。

 宰相であるアルマンが後に続ける。


「アルヴィオン王国の商人との間で、我が国の輸出許可証を用いた販売交渉が進められていたことがわかっている。その許可証にも、同じ欠陥を持つ印影が残っていた。お主の仕業で間違いないな?」


 ピエールは何か言い返そうと口を開きかけたが、結局、歯を食いしばるだけだった。


「ジルよ、正直に話せば罪を軽減しよう」

「……わ、私は、命じられたことを実行したに過ぎません」

「わかってるよ。君の権限でできることは限られてるからね」


 ピエールがジルを睨む。

 しかし、自身を見捨てた主君に誰が忠誠を誓おうか。ジルはピエールを無視することを決めたようだった。


「全て、事実です」

「事実って、具体的には?」


 ジュールが、探るような目でジルを見た。


「印章の偽造については初耳です。大臣からは、さる人物から融通されたものだと聞かされておりました。しかし、封筒のすり替えと、アルヴィオンとの取引については、私も把握しておりました」

「それだけ?印章以外にも偽造したもの、あるんじゃない?」

「……ワインのことでしょうか」


 聞きたい言葉が聞き出せたジュールは、満足げに頷いた。


「オッケー。これで必要な証言は取れたね。じゃあ、整理しよう。ピエールは私腹を肥やすために偽造ワインの製造に手を染めた。目的は国外販売。そのために必要だったことは三つある」


 ジュールは指を三本立てて見せた。


「ボルデール産のワインの地位を高め、追従を許さないでおくこと。特級に模したワインの生産ラインを確保すること。輸出の許可を自らでコントロールできるようにすること」


 私の中でも、全ての線が一本に繋がっていく。

 五年前の選評改ざんは、ブローニュを落とし、ボルデールの独占を守るため。

 クロードを巻き込んだ偽ワイン計画は、特級に模したワインの生産ラインを確保するため。

 偽造印は、輸出許可を自らの手で操るため。


 そして、そのすべてを止めうる宰相アルマンを失脚させるために、リナを使った婚約破棄騒動まで仕組んだのだろう。

 隣のシルヴァン様の拳は怒りのためか、硬く握られていた。


 その時だった。


「お前さえ、あの時おとなしく潰れていれば……!」


 突然、ピエールが大声を上げた。


「小娘、お前が邪魔ばかりするから私は……!!!」


 誰もがその狂気に息を呑んだ一瞬の隙だった。

 ピエールは袖口から、細い銀の針のようなものを抜き取ると、私に向かって突進してきたのだ。


 腰元に強い衝撃が走り、何か硬いものが砕ける音がした。

 私は目を見開いた。

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