44話 三日目の混乱
「財務大臣ピエール・ヴァレールの名において、シャトー・ヴィーニュの不正疑惑を告発いたします」
品評会三日目は、波乱から始まった。
リュミエール城の式典会議場には、国王をはじめとする国の重鎮、各地の領主や商人、そして一般の観覧客まで、総勢二百名近い人々が集まっていた。
誰もが今回の格付け発表を待ち望んでいる。だが、開会して早々、結果発表に先立って申し立てたいことがあると、財務大臣ピエール・ヴァレールが手を挙げたのだった。
「不正だと?」
「どういうことだ?」
参列者たちが動揺している中、私は心の芯が冷えていくのを感じた。
なるほど、そう来たのね。
横に立つシルヴァンも、険しい顔つきになった。
「ここからは、私からご説明させていただきます」
控えていたジルが一歩前に出ると、書状を広げた。
「申し上げます。シャトー・ヴィーニュを出品しているヴィーニュ家当主シルヴァン、並びにセリエ婦人が、本品評会にあたり不審な動きをしていたことが判明いたしました」
周囲の人々の視線が一気に私たちに集まる。
会場の空気が、祝祭ムードから一気に私たちを裁くものへと変化した。
「具体的にはまず、一ヶ月ほど前に城の倉庫内に侵入し、品評会関係者や過去の資料を漁っていたことがわかっています」
ものは言いようだが、倉庫に入ったことは確かである。
そこをつかれるとは思っていなかった。
周囲の刺すような視線が、痛い。
だがここで表情を崩したら、それこそ相手の思う壺だ。私は背筋を伸ばし、次の言葉を待った。
「加えて、ヴィーニュ夫人は宰相アルマン・ボーモン卿の権限を利用し、一部評価者へ事前接触を行っていた疑いがあります」
どうやら私たちの動きは、ずっと調べられていたようだ。
それにしても切り取り方の悪意が凄まじい。
「ヴィーニュ夫妻、事実ですか?」
会の進行を務めている貴族が、私たちに問うた。
言いたいことはたくさんある。
だが、ここは認めるしかない。
「倉庫に立ち入ったこと、評価者と接触したのは事実です。しかし、目的はむしろ……」
「それだけではございません」
ジルは私の言葉を遮って、続けた。
「昨日の審議後、評価者マチュー・ベルナール氏がヴィーニュ夫人と接触していたことも確認されております」
!!!
まさか、昨日の件まで調べられていたなんて。
ジルがチラリとこちらを見たのがわかった。初日の試飲の際に見せた、あの牽制するような眼差しだった。
「今回シャトー・ヴィーニュは特級として推挙される予定でしたが、これを偶然と見るには、あまりに出来すぎております」
流石はピエールたちだ。こちらの動きを、見事に不正の証拠へと捻じ曲げてみせた。
だが……
「ヴィーニュ夫妻、弁明はありますかな」
「ご指摘いただいた行動については、全て事実です」
「では不正について認めると?」
「不正は、確かにございました」
周囲のざわめきと非難の色が濃くなるのがわかる。
「ですが」
そこで言葉を切ると、私はゆっくりと周囲を見まわし、そしてピエールを見据えた。
「不正を行ったのは我々ではございませんわ。そちらにいらっしゃるピエール殿の方です」
言い切った直後から、会場の空気が少し変わった。
「なんだと!?」
「突然何を言い出すんだ?」
動揺している周囲をよそに、しかし当の本人であるピエールは落ち着き払った様子で顎を撫でた。
「これはまた、面白いことをおっしゃる。証拠はおありかな?」
「そうです、ありもしない不正を我々に押し付けないでいただきたい」
ピエールは、私の反論を追い詰められたが故の悪あがきと見ているのだろう。
だが、ジルの声にはわずかな不安が滲んでいた。
「もちろん証拠はございます。皆様、こちらをご覧ください」
そう言うと、私は昨夜、シルヴァンとともに事務局の処分箱から見つけ出した封筒を取り出した。
「なんだ?それは」
「見ての通り、品評会事務局の封筒ですわ」
「その中に、何か重大な秘密が入っているのかね」
「いいえ、封筒は空です」
私は封筒を逆さにして振ってみせた。
「これは驚いた。まさか空の封筒を証拠と言い出すとは。どうやらヴィーニュ辺境伯夫人は追い詰められて気が触れたようだ」
ピエールは勝ち誇った様子で私を笑い捨てた。
だが、傍らのジルの表情は先ほどよりも固い。
「いいえ、この上なく正気ですわ。この封筒そのものが不正の証拠ですもの」
「……どういうことかな?」
「この封筒は、昨日、グランテール氏の選評を事務局へ運ぶために使われたものです」
そう、私とシルヴァンは昨夜、品評会事務局の廃棄場に向かい、これを回収してきたのだ。
表書きとして品評会事務局の名が記され、受領印が押されている。裏には蝋封も残っていた。
「……そんな用済みの封筒がどうしたというのだ」
ここに来てようやく、我々がやけになって出まかせを言っているわけではないと気付いたようだ。
ピエールの声に動揺が滲む。
「先ほど報告があった通り、私たちは品評会に関わる何人かの人物と接触しております。そして、その中の一人であるグランテール氏に、あることを頼んでいました」
「それは不正の告白かね?」
「逆ですわ、不正を暴くための依頼です」
ピエールは開きかけた口を閉じ、何か思案するように黙り込む。
進行役の貴族はピエールを見て発言する気配がないことを確認すると、私に向き直った。
「実は、事務局に届いた封筒は、グランテール氏が配達人に託したものではありませんでした」
「なぜそれがわかるのですか?」
ジルもピエールも黙ったまま、こちらの様子を伺っている。
ならば続けるまでだ。
「実はグランテール氏には、今回の選評を封じる前に、封筒の内側に、本人にしか残せない印をつけていただくよう依頼していました。しかし、事務局で処分待ちとなっていたこちらの封筒には、その印が残っていないのです」
私はそういうと、封筒を切り開き、まっさらな内側を掲げてみせた。
「ご覧ください。封筒の内側は印がございません」
「言っていることはわかりますが……なぜわざわざ封筒の入れ替えなど、手間のかかることをするのです」
進行役が、不思議そうな顔をしている。
「選評を入れる封筒は、封じた後に印章を押す習いとなっています。つまり、一度蝋封した封筒は、開ければ必ず痕が残り、入れ替えは困難。しかし、密かに別の封筒に入れ直すという形であれば、その痕跡を残さず中身を入れ替えられるのです」
「つまり今回の品評会で入れ替えがあったと?」
「その点に関しては、わかりません。わたくしたちは中身を確認できる立場ではありませんので。しかし、グランテール氏が配達人に託した封筒と、事務局で開けられた封筒が別物であることは確かです」
「だから何だというのだ。その封筒が本当に昨日のものだと、どう証明する?」
ピエールの反論は想定内だ。
私は再び封筒の表面を見せた。
「表書きや受領印が何よりの証拠です。それに、封筒を運んだ者が、事務局に届ける際に財務大臣の控室以外は立ち寄っていないと証言しています。そして、予め立ち寄るように指示されていた、とも」
「それがなんだと言うんだ。虚言かもしれんだろう」
「彼は一ヶ月前、そこにいるジルによって採用されたという確認も取れています。関係がないとは言わせませんよ」
ここが、正念場だ。
私は一呼吸おくと、後に続けた。
「王国の正式な品評会において、評価者の選評を勝手に開封したという事実。これは品評会の公正性を揺るがす重大な不正です。ピエール殿。あなた方は品評会の封筒を一度開封した。そうですよね?」
証拠としてまだ一歩足りないことはわかっていた。だが、ここで踏み込まなければ、ピエールは逃げる。
視線を逸さずにいると、ピエールがしぶしぶ、口を開いた。
「……なるほど。お主たちの話が事実であれば、封筒が入れ替えられていた可能性があることは認めよう。配達人を控室に呼び、事務局宛ての書状を持たせたことも事実だ」
ピエールはそこで、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「だが、それが私とどう関係する? 封筒を扱ったのは配達人と事務局だ。私ではない。ジルが勝手にやったのだ。それでこんなに慌てておるのだ」
「ピエール様……!?」
「黙っておれと言ったのが聞こえなかったのか」
ジロリと睨まれ、ジルが押し黙る。
なんという卑劣な……ここにきて部下に全ての罪を被せるつもりなのだろうか。
「繰り返す。私は知らぬ。理由はわからんが、部下が勝手な行動をとってしまった管理不足については謝罪しよう」
ジルの手がワナワナと震えている。
その震えが、恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか、私には判別できなかった。
そしてまた私も、これ以上の追求が出来なかった。
不正があったことは証明できても、それがピエールの指示によるものだと伝える証拠はない。
と、その時だった。
「不正は、確かにございました」
そう、声を上げたのはジルだった。
彼は懐から一通の封筒を取り出した。
「こちらは、ピエール大臣より、内密に処分するように指示されたものです」
「お前、何を言い出すのだ……!!」
「本来は昨夜のうちに焼却するよう命じられていました。ですが……私にも、保身というものがございますので。まさか、こんなタイミングで使うことになるとは思いませんでしたが」
ジルは苦い表情を浮かべたまま私のところに歩いてくると、封筒を手渡してきた。
「こちらの封筒の内部をご確認下さい」
私は慎重な手つきで、封筒をナイフで開いた。
封筒の口の上側には、ジュールが指先で残したであろう拇印が、確かに残っていた。
勝った。そう思った矢先、ピエールが再び口を開いた。
「なるほど、よくできた筋書きだ。しかし肝心なものが足りていないことは、ご自身が一番理解されておられるだろう」
「……」
「先ほど、封筒を封じ直すには印章が必要だと言っていたな? だが、その印章とやらはどこにあるのだ? まさか、想像だけで私を罪人に仕立て上げるつもりではあるまいな」
痛いところをつかれてしまった。
そうなのだ。今回の告発の最大の弱点は、封筒を封じ直すために使われた印章の出所だった。
ジュールからは、もう少しだけ待ってほしいと言われていた。調査内容はどうしても言えないと、私たちにも明かされていない。
だが、もう限界だ。今間に合わないと、全てが崩れてしまう。
ここまで追い詰めたのに……
「どうした?先ほどまでの威勢はどこにいったのだ」
ピエールが勝ち誇った笑みを浮かべた、その時だった。
「その印章なら、ここにあるよ」
そう言って、どこか飄々とした声の男が、会場の中央に進み出た。




