47話 マルセロの行方
「すまない……」
「頭を上げて下さい、ミゲルさん」
私は謝罪するミゲルに声をかけた。
すぐ横にいる孫のラウルも、申し訳なさそうにしている。
品評会の後、四人で会場から仔牛亭に向かうと、すでに二階にはミゲルとラウル、そして女将であるイネスが待っていた。
茶会のあった翌日、私は仔牛亭でディエゴに配達人を引き受けるよう依頼した。そしてその場で、ミゲルには別のことを頼んでいた。マルセロのアジトを突き止め、彼を捕まえる準備をしておいてほしい、と。
ピエールが捕まれば、マルセロにも正式に容疑を向けることができる。そして、彼の証言があれば偽ワインや五年前の件も立証できる可能性が高い。
そのための依頼だった。
しかし……
「マルセロを、取り逃がした」
ミゲルが、苦々しげに言った。
「お前さんから依頼を受けてすぐ、アジトの調査を始めた。場所はすぐに割れたが、下手に張り続ければヤツらに気取られると思ってな。張り込みのタイミングを図っていたのだが……どうやら見誤ったようだ。すまない」
そういうと、無念そうに押し黙る。
沈黙に耐えかねたラウルが、後に続けた。
「品評会の一週間前から、じいちゃんと交代で見張っていたんだよ。今思えば、出入りしていたのは下っ端ばかりだったけど。それで、今日入ってみたらもぬけの殻だったんだ。俺たちの動きがバレてたのかな……」
動きがバレる。
その言葉で、私はハッとした。
「だとしたら、わたくしのせいです」
謝るのは、私の方だ。
ミゲルたちがこちらを見た。
「お前さんの、せい?」
「敵のアジトで、耳飾りを落としました」
そう言うと、ミゲルの眉がぴくりと動いた。
「山猫亭へ酒を預けに行った時に……店を出たあとで、片方なくなったことに気づいたんです。あの時は、ただ落としただけだと思おうとしました。でも……」
あの男の、不躾な視線を思い出す。
どこかで見たような、と呟いた声も。
「あれで、私が誰かを辿られたのかもしれません」
「……なるほどな」
「本当に、ごめんなさい」
今度は、私が頭を下げる番だった。
「いや、謝ることはない。耳飾りがきっかけとも限らん。マルセロのことだ。そろそろピエールと組んで稼ぐのを潮時だと思っていた可能性もある」
「でも……」
肩を落とす私に、ラウルは少しおどけたような口調で言った。
「なんだか、立場が逆になっちゃったな。でも、じいちゃんはああ言ってるけど、ちゃんと収穫もあるんだ」
そういうと、机の上に物を並べ出した。
「これは……!?」
いくつもの書類、取引の金の流れが記された帳簿、出どころの怪しい契約書らしき紙束に、ボルデールを模したラベルもあった。
「マルセロのアジトに残されていたんだ。何かの役に立つかと思って」
私は信じられない思いで書類を確かめていった。
役に立つどころの騒ぎではない。
シルヴァンとクロードも確認に加わる。
「五年前の帳簿も混じっているな」
「これなら、前回の品評会におけるピエールの関与も立証できるかもしれません」
クロードの声には、期待と興奮が滲んでいる。
「おそらく、奴の置き土産だろう。お前さんを気に入っていたのかもしれんな」
山猫亭で対峙した、あの食えない男の顔が脳裏によぎる。
気に入られたとしたら不本意ではあるが、今はこの証拠をありがたく使わせて貰おう。
「お前さんの依頼を遂行できなかったことは悔しいが、我々としては今回の結果に満足している。この街からマルセロが消えた。それだけでも四区と五区の治安は良くなるはずだ」
「でも、行方がわからないだけなのですよね?」
「ああ。だが、おそらくエスパルダに引き上げたのだろう」
「マルセロが消えりゃ、アイツに利用されてた連中も少しはマシになるだろう。あとは、私たちの仕事さね」
イネスがニヤリと笑って見せる。
「……」
結局、マルセロ本人を捕まえることはできなかった。
そのことは、確かに悔しい。
だが、一時的かもしれないが、彼が王都に張っていた根は切れた。ピエールとの繋がりを示す証拠も残った。
完全な勝利ではないが、敗北でもないのかもしれない。
「ありがとうございます、ミゲルさん。イネスさん。そしてラウルさんも」
私はようやく、事件の結末を受け止める気持ちになれた。
「いただいた証拠の品は、必ず役立ててみせます!」
イネスもミゲルも、満足そうに頷いた。
「さて、と。事件は片付いたんだろう。そろそろ身分を明かしてくれてもいいんじゃないかね?」
シルヴァンを見ると、彼は私に頷いてみせた。
「わたくしは、セリエ・ヴィーニュ。こちらにいるシルヴァン・ヴィーニュ辺境伯の妻です」
「辺境伯夫人……!」
驚く三人に、私は続けた。
「ですが、ここではただのセリエとして扱っていただけませんか?ここの煮込み、また食べに来たいのです」
イネスは目をぱちくりとして、それから吹き出した。
「ったく、特別扱いされたくないなんて、相変わらず変な娘だね」
悪態をつきながらも、私の依頼を受け入れてくれたことがわかる。
身分差を意識されると、通い合ったはずの温かいものが失われてしまう。そんな気がした。
私はあの時ジュールが嫌がった理由が、少しだけわかった。
「それでは、王城に戻りましょう」
私たちは、改めて礼を伝えると、仔牛亭を後にした。
◇
私とシルヴァンが指定された晩餐室に向かうと、私たち以外のメンバーはすでに席に揃っていた。
「到着が遅れ、申し訳ございません」
シルヴァンが頭を下げると、ギヨームは穏やかに首を振った。
「事情はジュールから聞いている。席についてくれ」
長いテーブルには、国王ギヨーム、王妃であるエレーヌ、王女ヴィオレット、王子アラン、王弟ジュール、そして我が父である宰相アルマンが着席している。
錚々たる顔ぶれに、私たちは失礼がないよう気をつけながら椅子に腰掛けた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
ジュールが気遣って声を掛けてくれるが、この空気感で和めと言われてもなかなかに無理がある。
横を見ると、シルヴァンの表情が固い。
テーブルの上にはすでに食器が並べられ、銀の燭台に炎が揺らめく。
この部屋で、アランの婚約者として幾度となく卓を囲んだことを思い出す。まだ半年も経っていないのに、なんだか遠い昔のことのようだった。
ギヨームは参加者を見渡すと、重々しく口を開いた。
「ヴィーニュ辺境伯、並びに辺境伯夫人。まずは、この度の王家の不手際について、謝罪させて欲しい」
まさか謝罪から始まると思っておらず、私は戸惑ってジュールを見る。
ジュールは、予定通りの流れだからまずは聞いて欲しい、という風に、小さく頷いてみせた。
「まずはヴィーニュ辺境伯。五年前に品評会に不手際があったことが、確認された。亡くなられた父上にも申し訳ないことをしたと思っている。本当に、すまない」
「いえ……勿体ないお言葉です。それに、今回の品評会で、雪辱は果たせました。どうか、お気になさらないで下さい。それよりも、ピエールの余罪について、調査をお願いできればと」
「うむ」
ギヨームは深く頷くと、今度は私に視線を向けた。
「そして辺境伯夫人。いや、あえてセリエ嬢と呼ばせてもらおう。そなたには一方的な婚約破棄を言い渡し、そなたの名誉を傷つけた。王として、そして父として、深く詫びる」
「ピエールの策謀があったが故の事態だと認識しております。王の責務ではございません」
「いや、息子を甘やかし過ぎたが故の失態だ」
ギヨームの顔が、国王から父親としての顔に変わる。
「アラン。お前からも言うことがあるな?」
矛先を向けられ、アランが口を開いた。
「セリエ……本当に、すまなかった。今だから言うけど、君といると僕はいつも引け目を感じていたんだ。そんな時に、全てを認めてくれる存在が現れて、つい目先の心地よさに判断を誤った」
初めて聞く、アランの本音かもしれなかった。
不甲斐なさとやるせなさに、彼の表情が歪む。
「リナが王族の婚約者として相応しくないことは、途中から気付いていたのに……僕は見ないふりをしたんだ。自分の小さなプライドを守りたくて……それで、君を傷つけた。全て、僕の弱さが招いた結果だ」
そこまでいうと、深く頭を下げた。
私の存在が、彼を追い詰めていた。
知らなかった事実に、そして無邪気に婚約破棄を喜んでいた自分の振る舞いに、わずかに胸が痛んだ。
彼のしたことは浅はかである。しかし、そのおかげで、シルヴァンとの出会いや、今の私がある。
「謝罪のお言葉、確かに受け止めました」
私は静かにそう答えた。
「アラン様の行いが、なかったことになるわけではありません」
アランは、小さく頷いた。
「ああ、その通りだ」
「ですが、今の言葉が本心であることは、わかりました。王家の一員としてこの過ちを次に活かして下さいませ」
「セリエ……」
「あと、呼び捨てはやめて下さいませね。わたくし、あなたの婚約者ではございませんので」
「セリ……いや、ヴィーニュ辺境伯夫人、温情に感謝する」
アランは唇を引き結び、もう一度深く頭を下げた。
「セリエ嬢。儂からも寛大な対応を改めて感謝する。尚、リナについては正式に婚約を白紙とし、身柄を拘束した上でピエールとの関わりを調査している」
ギヨームの後に、ジュールが続いた。
「策が練れる器じゃないことは明白だ。おそらく、すぐに釈放となるだろう。ただ、ずいぶん王都で噂が広まってるらしいから、ここに留まるのは難しいかもしれないね」
リナの、胸を誇張した服装や、媚びた仕草を思い出す。
決して好感は抱けないが、彼女もまたピエールの被害者なのかもしれなかった。
「そしてもう一つ。王家として、一つ発表がある。追って公にする予定だが、二人には先に伝えたい。アルマンや国の幹部と相談して決めたのだが……」
ギヨームはそこで一度言葉を切る。
私は次の言葉を待った。
「王位継承に関する法を、改める」
その一言で、晩餐室の空気が緊張感を孕んだ。




