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42話 想定外の二日目

 二日目は、事務局に集まった審査員たちが、評価を定める日である。

 初日と違って一般客を招く華やかさはない。出品者側も特にやることはなく、多くの出品者は、この機会にたまにしか来られない王都リュミエールを見て回るらしい。


 だが、私たちにとっては、今日が本番と言っても過言ではない。

 午前中にジュールの選評が入った封筒をディエゴが回収し、事務局に運ぶ。ここが予定通りに進むかどうかが、最初の分岐点だった。ディエゴには配達が終わり次第仔牛亭にきてもらうよう頼んであった。

 私とロゼットは、仔牛亭で彼を待っていた。


 しかし、時間というのは過ぎると早いが待つ時は永遠のようだ。ロゼットは間が持たずに水ばかり飲んでしまい、何度も手洗いに立つ始末。私も待ちきれず一杯傾けたい誘惑に何度駆られたことだろう。

 今か、今かと首を長くして待ち続け、ディエゴがやってきたのは昼を少し回ったところだった。


「どうでしたか?」


 彼が2階の部屋に入ってきた瞬間、私は待ちきれずに声を掛けた。


「お、おう。特に問題はなかった、と思う」


 汗を拭うと、グラスの水を飲み干した。


「金髪のにーちゃんから封筒を受け取ったあと、財務大臣の控室に行くように言われてたんだ」

「控室に?」

「ああ。そこで、品評会の事務局に届けて欲しいって、別のちっこい封筒を渡された」


 おそらくダミーだろう。ディエゴが立ち寄る理由を作ったのだ。

 もっとも、それが本当に届けるためのものだったかは怪しいが。


「控室では、最初の男性から預かった封筒を、誰かに渡したりしました?」

「渡したっていうか、最初に机に置けって言われた」

「それで?」

「奥の部屋に持ってった。すぐ戻されたけど」

「あなたの対応していたのは誰だった?」

「名前はわかんねぇ。なんか妙にニコニコした、なよっとしたおっさんだったよ」


 おそらく、ジルだろう。


「顔にホクロはあった?」

「あー、左目の下にあった気がする」


 ビンゴだ。


「それで、その後は?」

「そのまま品評会の事務局に封筒を2つ持ってったよ。で、入り口にいた人に渡して、おしまい」


 なるほど、今回はマルセロのアジトには寄らなかったようだ。

 話を総合すると、仮に選評を入れ替えるとしたら、立ち寄ったという控室で行ったのだろう。

 大胆ではあるが、下手にどこかに立ち寄るより、かえって安全かもしれない。上手い策だ。


「それから、前に聞かれてた、俺を雇おうとしたってやつ。ジル何ちゃらって名前だったよ」

「そう……ありがとう」

「本当にこんなんで役に立ったのか?」

「ええ、十分に」


 私は約束していた対価をディエゴに手渡した。


「こんなに……いいのか?」

「ええ。その代わり、裏の仕事をするのは今回で最後にしない?あなたなら、やっていけると思うの」

「……」


 ディエゴはしばらく黙り込んでいたが、考えてみる、とだけ言ってその場を去っていった。

 今できることは、このくらいしかなかった。でも、いつかはこの街の闇にもちゃんと向き合いたい。改めて、そう強く思った。


 しかし、感傷に浸る暇はない。

 これまでの流れは事前に想定していた通りに見える。今頃はおそらく事務局でジュールの選評も加えて審議が行われているはずだった。

 もしかすると、ジルが審議の場で低評価へ誘導している可能性もある。とにかく、今は再び待つしかなかった。


 ジュールには今回、事前に選評の文章を控えてもらっている。予定通りにすり替えが行われ、不当に評価を下げられた場合は、控えを公表して突き合わせるつもりである。そこに加えてディエゴの証言もある。

 流石にこれで言い逃れはできないだろう。

 私は祈る想いで夕刻を待った。


 ◇


「それは……本当ですか?」


 私は震える声で、目の前の男に問い返した。

 アルマンが事前に中立派のまとめ役を頼もうと接触していた評価者、マチュー・ベルナールである。


「はい、間違いありません。グランテール氏の選評は絶賛に近く、他の審査員の評価も高い。シャトー・ヴィーニュは、今回をもって特級にしよう――そう話が落ち着きました」

「そんな……」


 にわかには信じられなかった。

 あり得ないと思っていた二つ目の可能性――高い評価がそのまま通る、という流れが現実になっていた。


「ジルは?ジル・ベルティエはなんと?」

「自分は慎重に考えるべきだと思う。ただ、今この場で多数意見に逆らうつもりはない、と」


 彼は、低評価に誘導などしなかったのだ。

 どういうことだろう。

 完全に計画が崩れてしまった。


「どうされますか?中立派の審査員にはすぐに集まれるように声を掛けてあります。協議後に大切な話があるかもしれない、と」

「……いえ。申し訳ないけど、その話はなかったことにしていただけるかしら」

「え?ええ、わかりました」


 マチューには人集めだけを頼み、詳細は話していなかった。

 不思議そうな顔をしていたが、何もおきなかった以上、不用意に説明して巻き込むことは避けたい。

 マチューは我々に一礼すると、部屋を後にした。


 部屋を静寂が包む。何を話していいか、わからないのだ。

 このまま何もしないと、明日シャトー・ヴィーニュは特級と格付けされる。待ち望んでいたことではある。

 だが……私たちの本当の目的はそこではない。

 確かに不当な評価を覆したい気持ちは強い。だがそれ以上に、偽ワインの輸出を始めとする、ピエールの悪事を止めたかった。

 今のままだと悪事は暴けないままだ。だとしたら、このまま明日を待っていて良いはずがない。


 私は、シルヴァンを見た。

 彼は、静かに微笑むと、言った。


「確かめに行くか?」

「ええ」


 私たちはアルマンの屋敷を後にし、ある場所へと向かった。

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