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41話 初日のざわめき

 いよいよ、品評会初日の朝を迎えた。

 今年は40余りのシャトーが出品していると聞く。初日である今日は一般客も迎えての開催となり、会場は半ば祭りのような賑わいを見せていた。

 私達はシャトー・ヴィーニュ・ミレジム・ド・シルヴァンを核としつつ、ルージュ・ド・エピスや、若めのスティルワインなどを数種類持ち込んでいた。ここで試飲の係を務めるのは私とロゼット、クロードの三人だ。シルヴァンは代表として事務局で他の作業にあたっていた。


 王都一区の大通りは、このイベントを楽しもうと集まった人々で溢れかえっている。焼きたてのタルトの香りや、抜栓されたワインの匂い、呼び込みの声が入り混じり、会場全体が浮き立っているようだった。


「今年の品評会は面白いことになる、とおっしゃいましたよね?味を確かめにきましたわ」


 そう言って、最初に私たちのブースを訪れたのはヴィオレットだった。頼まれるままに、私は目玉のワインをグラスに注ぐ。

 彼女は優雅な手つきで試飲用のグラスを手に取ると、軽くスワリングをして口をつけた。


「やはり五年前の悪評は、何かの間違いですわね」


 彼女はゆっくり味わったあと、そう呟いた。


「この味。これで二級だなんて、たとえ五年の熟成を差し引いても、何かがおかしかったとしか思えませんわ」

「……」


 だからこそ、今年はその評価を覆したいと思っている。だが、今、この場でそれを公に口にする訳にはいかない。


 だが、ヴィオレットはそっと私の耳元に口を寄せた。


「その陰謀を、暴くのでしょう?」

「!!」


 驚いて顔を見ると、ヴィオレットは嫣然と微笑んだ。


「どうぞ、安心なさって。私は、あなたの味方ですから」


 彼女はひらひらと手を振ると、困った時は王城の居室にいるから、と言いながら去っていった。


 やはり、彼女には見透かされていたのだ。

 だが、なぜかそのことに心強さを感じていた。


 その後は、試飲を求める客や、一般客を装った審査員らしき人々が、入れ替わり立ち替わりワインを飲みに来てくれた。ワインの評判は概ね上々で、嬉しく思う反面、五年前の品評会もきっとこうだったのだろうと少し苦い思いもあった。


「なかなか盛況のようですね」


 日が傾き始め、客足も少し落ち着いてきたころだった。畏まった服装に身を包んだ男が話しかけてきた。

 焦茶の髪に、左目の泣きぼくろ。穏やかな表情は優しげだが、目の冷たさが彼の本質を伝えている。

 この男は……


「ああ、すみません。ご挨拶が遅れましたね」


 男は慇懃無礼なお辞儀をしながら、自らを「ジル・ベルティエ」と名乗った。

 ジル。その名を聞いた瞬間、クロードの表情がわずかに強張る。


「ご丁寧にありがとうございます。私はヴィーニュ辺境伯夫人の……」

「セリエ様、ですよね。もちろん存じております」


 不気味なほどに丁寧な口調に、背中が粟立つ。


「宰相ボーモン卿のご息女が、嫁ぎ先の立て直しに熱心だと、王都でも噂になっております」


 お前のことは知っている。余計なことはしない方が身のためだ。

 冷たく光る目元が、言外にそう告げていた。


「そんな……わたくしはただ、人より少し食い意地が張っているだけですわ」

「ご謙遜ですね。さて、私にもワインの試飲をいただけますかな」


 日中の評判を聞きつけて、自分でも確かめに来たのだろう。

 クロードが、試飲のグラスを手渡した。


「ほう。これはこれは」


 ジルは慣れた手つきでワインの味を確かめると、牽制を込めた目で私を見た。


「確かに、悪くはない。ですが、所詮は二級。あまり思い上がると、がっかりされますよ」

「ご助言、ありがとうございます。心して結果の日に臨みますわ」


 あっさりと引き下がった私を見て、ジルは意外そうに片眉を上げてみせた。


「わきまえていらっしゃるようで何より。では、失礼」


 彼は踵を返し、再び雑踏に消えていった。

 私はその背中が見えなくなるまで、虚空を見据え続けていた。


「セリエ様……?」


 無言の私を心配したロゼットが、声を掛けてきた。


「怒っていらっしゃいます?」


 そう。私は心底腹が立っていた。

 ジルのあの態度!なんなの!!特に最後のわきまえてどうのとか、本当にイヤな感じ!!!

 だが、ここで怒りを撒き散らしても仕方ない。

 私は煮えくり返るはらわたをグッと堪えて、微笑んでみせた。


「イエ、ベツニ」

「奥様、笑顔が引き攣っていらっしゃいますよ……」


 もう、クロードは余計なこと言わないで!!


 ◇


 ジルが立ち去ってからは特にトラブルもなく、一日目の試飲会は無事に終わりを迎えた。

 私たちはシルヴァンと合流すると、アルマンの屋敷に向かった。


「昨日はすまなかったな」


 アルマンと私、そしてシルヴァンの三人で、食卓を囲む。流石に宰相の前ということもあり、今日はクロードとロゼットは従者に徹している。

 アルマンはこの後まだ仕事があるらしく、食事は簡単にサンドイッチとスープのみだった。


「だが、無事に頼まれていた根回しは完了したぞ」

「ありがとうございます、父上」

「明日の夜、合図があれば指定の場所に集まるよう手は打ってある。ただし、そこから先はお前次第だ」

「わかっております」

「それに、すべては敵がこちらの予想通りに動いた場合の話だ。何も起きなければ、この手は使えん」

「確かに、アルマン殿の言う通りだ」


 シルヴァンの表情が曇った。


「何も起きない、と一口に言っても、二つの場合がありますわ」

「ほう?」

「一つは、我々のワインがジュールをはじめとする評価者たちのお眼鏡に敵わず、評価が低い場合。これだと、敵が動く必要がありませんわね」

「そんなことはあり得ない、という顔だな」


 父はそう言って、わずかに笑った。


「もう一つは、評価が高いのに、敵が何もしなかった場合。もし今年シャトー・ヴィーニュが特級を取ったら、どんな変化が起きそうかしら」

「この評価は国外にも影響がある。おそらく、今年はブローニュ産のワインを欲しがるものも多いだろうな」

「ええ、つまり今のボルデール独占が崩れますわ」

「そんなことは、ピエールが認めない、という訳か」


 私は頷いてみせた。


「ただ、厄介なのは敵が動いたとしても、こちらの読みと違う手を使ってきた場合ですわね」

「例えば、どのような?」

「それがわかれば初めから策を打っておりますわ」

「それもそうじゃな」


 示し合わせたように、私とアルマンは同時にため息をついた。

 だが、シルヴァンだけは違った。


「確かに、読みと違う手を打たれる可能性もあるな……」


 そう呟くと、目の前のサンドイッチを一気に口に放り込み、立ち上がった。


「すまない、少し出掛けてくる」

「え?どちらに?」

「すぐ戻る」


 そういうやいなや、シルヴァンは部屋を出ていってしまった。


「シルヴァン様……?」


 アルマンの方を向くと、私に頷いてみせる。


「父上、我々は最後の詰めをいたしましょう」


 彼がどこに行ったのかはわからない。

 だが、私は私のできることをするだけだ。

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