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37話 茶会の賑わい

「セリエ様、お客様がお見えです」

「今、行きますわ」


 私は久しぶりに纏う都会風の華やかなドレスに懐かしさと戸惑いを感じつつ、ティールームへ向かった。


 仔牛亭を訪れてから数日後、いよいよお茶会の日である。

 あの日、選評入れ替えの仮説が、実際に起きたことだと確かめられた。

 しかし、どこまで行っても「入れ替えることが可能だった」というだけで、選評に細工をしたという事実は証明できない。切り取られた下半分が見つかれば別だが、とっくの昔に捨てられているだろう。


 私はいま一度、自分の為し得たいことについて考えをまとめてみた。

 まずは、ヴィーニュ家のワインに下された不当な評価を覆したい。それから、ピエールの悪事を暴きたい。これは、五年前に何をしたかということだけではない。今水面下で動いている、偽ワインを輸出する計画を止めたいということだ。

 一連の調べでわかったことは、ピエールは賢い。そして、証拠を残さない。仮に選評を細工した現場を探し出しマルセロを告発したところで、ピエールはマルセロを切り捨てるだけだろう。

 つまり、これまで起きたことだけではピエールの罪は暴けない。


 だとしたら、私がやることは、ひとつ。

 これから起きる悪事を、その場で明かしてみせるのだ。

 私はそのための準備を、今日の茶会で行うことにしていた。


 ティールームは南側に大きく開かれた窓があり、八月の今は、幾何学模様に整えられた庭園の緑が陽光を受けて美しく見える。

 ただ、かつてのセリエならこの庭に心を躍らせていたのだろうが、ブローニュの自然に見慣れた今では、少しだけ人工的に感じてしまう。

 まだ嫁いで二ヶ月と少しなのに、ヴィーニュ家の暮らしに馴染んでいる自分を、私は少し不思議に思った。


「セリエ様、本日はお招きありがとうございます」


 最初にやってきたのは、公爵令嬢のフランセーズと、伯爵令嬢のマドレーヌだった。いずれも、以前からの知人である。

 その後も次々との招待客が訪れ、衣擦れの音と香水の香りが重なり、ティールームはにわかに華やぎを帯びた。

 そこに、存在感のある声が、響く。


「セリエさん、今日はお招きありがとう」


 侍女を伴いやってきたのは、アランの双子の姉、ヴィオレットであった。


「王女殿下、ご無沙汰しております」

「嫌だわ、よそよそしい。以前みたいにヴィオレットと呼んで下さいな」

「では、お言葉に甘えて。ヴィオレット様」


 ヴィオレットは満足そうに微笑むと、手元の扇子で自らを仰いだ。仰ぐ様子すら涼しげで、気品を感じさせる。


 参加者が揃ったところで、私は侍女に合図し、シルヴァンを呼んでもらった。

 そして彼が挨拶して下がったところで、茶会を始めることにした。


 ◇


「では、ルージュ・ド・エピスだけでなく、ヴェルジュもセリエ様の考案なんですの?」

「ええ、摘果した実を利用しようと考えまして」

「てきか、ですの?」

「葡萄がのびのび育つように、あらかじめ小粒の実を取り除く作業でしてよ」

「まぁ!セリエさんは物知りですのね」


 フランセーズが長いまつ毛をしばたかせ、感心したように私を見た。


「セリエさんは昔からいろんなことをご存知でしたものね。ただ、ここまでワインに情熱があったとは存じませんでしたが」


 あくまで笑顔のまま、ヴィオレットは探るような目を向けてくる。


「それに以前より少しお話ししやすい雰囲気になりましたわね」


 うう、鋭い。ボロを出さないように気をつけよう。


「次の商品はもう考えてますの?」


 マドレーヌが無邪気に尋ねる。

 いいわ、その質問、待ってました!


「いくつか案はございますけれど、まだ皆さまにお話しできるほどではなくて……」


 ヴィオレットの目もあるので、喜々として飛びつくとバレてしまう。

 私は一度溜めを作ってみせた。


「企業秘密?ですものね。楽しみにしてますわ」

「あ、でも……このくらいならお伝えしても大丈夫かしら」


 皆の視線が私に集まる。

 少し露骨過ぎたかしら。


「なんですの?」

「是非お聞きしたいわ」


 令嬢たちは素直なので大変ありがたいが、ヴィオレットだけは試すような目でこちらを見ているので油断ならない。

 だが、これが今日の作戦なのだ。やるしかない。


「実は、今年のワイン品評会に、我がブローニュ領のワインも出品予定ですの」


 自信はあるが、大げさには話さない、そう見えるようにわざとゆっくりと言葉を運ぶ。


「ええ!? でも、ブローニュのワインなんて聞いたことないですわよ」

「ルージュ・ド・エピスは正規のワインではありませんよね?」


 驚くというより、戸惑いが広がった。

 予想通りの反応だった。


「ブローニュのワインは、五年前にひどい評価を受けて、それきり名を聞きませんわね」


 ヴィオレットだけが、現在の状況を正しく把握しているようだ。

 ここが正念場だ。

 私は小さく息を整えた。


「ええ、今は二級ですから、王都で名を知られていないのも無理はありません。けれど……今年の品評会は少し、面白いことになるかもしれませんわ」

「それは、どういうことですの?」

「凄いワインを隠していらっしゃるのかしら」

「この話はここまでで。まだ内緒なので、親しい方以外にはお話にならないでくださいね」


 私はそう言って、意味ありげに微笑んでみせた。


 ◇


 その後は、当たり障りのない話題を続け、茶会はつつがなく終わりを迎えた。

 手土産として、ルージュ・ド・エピスと同じスパイスを用いて焼いたクッキーを手渡すと、令嬢たちは皆喜んでくれたようだった。

 今日蒔いた小さな噂が、どこまで広がるか。あとは待つしかないが、おそらく遠からずピエールの耳にも入るはずだ。


 帰り際、皆が馬車に乗り込むのを見送ると、残っていたヴィオレットが私に声を掛けた。


「今更ですが……アランのこと、申し訳ありませんでした」

「頭を上げてください。ヴィオレット様には何の落ち度もありません」

「……それが寂しいのです」


 ヴィオレットは自嘲の笑みを浮かべた。


「わたくし、アランとの婚約が決まった時、少し嬉しかったのです。あなたともっと近しい間柄になれる気がして」

「……」


 真剣な眼差しに、私は目を逸らすことができない。


「リナさんが婚約者となってから、王家は混乱していますの。今のままでは、彼女に王太子妃は務まらないでしょう」


 ピエールの差金だとしたら、おそらくリナが遠縁の貴族令嬢というのも嘘なのだろう。

 だとしたら、荷が重いのも頷ける。


「それだけではないの。わたくしはただ、もっとあなたと親しくなりたいと思っていたのです……」


 そう言って、寂しげに目を伏せた。


「ただ、今のあなたを見ていると、アランとの婚約が破談になったのは、結果的に良かったのかもしれませんわね。とてもお幸せそう」

「いえ、そんな……」

「今日のご挨拶のご様子を拝見して、シルヴァン様とはしっかり心が通い合っていらっしゃるのだと感じましたわ。末長くお幸せに」

「……」

「姉にはなれなかったけど、これからは友人として仲良くして下さいませね」


 彼女にそう思ってもらえたことは嬉しかった。だけど同時に、少しだけ心が痛んだ。

 婚約破棄にならない未来も私には選べたはずだった。しかし、振り返っても仕方はない。今の選択を自分にとって、そしてこの国にとっても最善としてみせなくては。


「……ありがとうございます。そう言っていただけて、少し救われる気がします」


 私はそう言うと、頭を下げた。

 感情に浸る暇はない。次の打ち手へ向けて、今夜のうちに動き出さなくては。

 私はヴィオレットを見送ると、早速シルヴァンに部屋に来てもらうよう、侍女に伝えた。

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