36話 空白の時間
いよいよ、五年前の真相に近付ける。
私は言葉を選びながら、質問を続けた。
「依頼を受けたのは、いつかしら?」
「……はっきり覚えてないが、配達の数日前かな」
やはり、あらかじめ代役を依頼してあったのだ。
改めて、巻き込まれたジャンの不運を想う。
「依頼内容は、覚えてる?」
「言われた日の指定された場所に行け。そこに体調を崩した男がいるはずだから、そいつの制服と配達証を借りて代わりに配達をしろ、と」
「制服を借りたの?」
「ああ。オレは持ってないからな」
少しずつ事件の解像度が上がっていく。
「その後は?」
「城に行って、言われた通りに金髪の男から封筒を受け取ったよ」
……待って。
そういえば、朝の時点でジャンと入れ替わったのなら、ジュールのところに取りに行ったのはディエゴということになる。
代理の配達人にばかり意識がいっていたせいで、すっかり受け取りが頭から抜け落ちていた。
だが……
ジュールの部屋でのやり取りを、思い出す。
「運んだ人って覚えてますか?」
「うーん、若い男の子だったよ。運営の使いの子だと思うけど、流石に顔はもう覚えてないや」
あの時、ジュールは若い男だったことしか覚えていないと言っていた。
それもそうだ。制服を着た配達人相手に、顔まで覚えている方が稀だろう。
私は思考を整理すると、再び目の前の男に集中した。
「受け取ったあとは、どうしたの?」
「……事務局に、届けた」
答えに、間があった。
何かある気がする。
「それだけ?」
「……」
「途中で誰かに会ったり、どこかに立ち寄ったりした?」
「……一ヶ所だけ」
そこだ。封筒の中身に手を加える余地があったとすれば、そのタイミングしかない。
その証拠さえ掴めば……
「場所は?」
「……覚えてない」
「誰に会ったのかは?」
「……それも、忘れた」
ディエゴの目が泳ぐ。忘れたというのはおそらく嘘だ。
言えば身に危険が及ぶと判断したのだろう。
「立ち寄った時に、封筒を誰かに渡した?」
「……」
「封筒を持っていなかった時間はある?」
「ある」
「どのくらいの時間だったか、わかるかしら」
「マジで覚えてない。けど十分とか、そんなもんじゃね」
「ずいぶん短い時間ね」
「本当はもっと待つかもって言われてたから意外と早かったなって……あっ」
うっかり喋りすぎたのだろう。ディエゴが口を抑えた。
「その後は、言われた場所に持ってって渡した。そんだけ」
そういうと、ディエゴはそっぽを向いてしまった。
もうこれ以上話すことはない。そんな態度に見えた。
「他に覚えていることはない?」
「ないね」
「立ち寄った場所、本当に覚えてないの?」
「……ああ」
あと一歩だった。
受け渡しの場所さえわかれば証拠が掴めるかもしれないのに、肝心なことが聞き出せない。
「ディエゴ、もう少しだけ思い出しちゃくれないか」
女将が見かねたのか、後から声を掛けてくれた。
「頼むよ」
「……この仕事をオレに依頼したのは、マルセロだ」
ディエゴは渋々答えると、泣きそうな目でこちらを見た。
やはり、背後にいたのはマルセロだった。私は確かな手応えを感じた。
「これ以上は、本当にもう思い出せない。勘弁してくれよ」
「わかったわ、話してくれてありがとう」
私はそういうと、ディエゴを解放した。
別れ際に礼金を渡すと、礼も言わずに懐に入れて立ち去った。
◇
「よかったのか?」
ミゲルが、少し物足りなさそうな様子で私に問うた。
「ええ。ディエゴの様子を見るに、立ち寄った場所や相手を無理に聞き出しても、今の私たちには踏み込めない気がします。おそらく、マルセロの息がかかった場所のどこかなんでしょう」
本音をいうと、もう一歩踏み込みたい気持ちもないではない。
だが、今日の成果としては十分だ。
「これまでただの仮説だった事件の流れが、現実に起きたことだとわかりました。大きな前進です」
そう、今までは封筒の入れ替えもマルセロの関与も、あくまで推測にすぎなかった。けれどディエゴの証言で、その流れがほぼ事実だと確かめられた。
今は手に入った情報に感謝し、前に進むのみだ。
「これから、どうするつもりだい?」
「私以外にも、動いてくれている人たちがいます。一度屋敷に戻り、情報を整理しようかと」
「それがいいね。夜も遅いし、今日はもう帰りな」
「はい、お二人とも、本当にありがとうございました」
私はふたりに頭を下げた。
「礼はいいから、また飯を食いにきておくれ。次は事件絡みじゃなく、ね」




