33話 5年前の肉入りパイ
「俺に聞きたいことって……?」
テーブル席の反対側に座ったラウルは、探るような様子で私たちを見ている。
ただ、不安そうではあるが、敵意は感じない。店の女将が話を繋いだ以上、少なくとも自分に害をなす相手ではない――ラウルはそう考えているのかもしれなかった。
「不安にさせてごめんなさい。ジャンがこの店を勧めてくれたんだけど、その時にあなたの話になって。食べるのが好きなんですってね」
「え?ああ、はい」
ラウルは少しだけホッとした様子で頷いた。
「この店は子供の頃から通ってて。ホント、何食べても美味いっすよ」
「私もさっきトリッパをいただいたのだけど、絶品だったわ」
「ですよね!!」
思わず前のめりになると、ラウルは勢いよく話し始めた。
「俺もトリッパは色々食べ比べてるんですけど、この店のはピカイチですね。スパイスの使い方が上手いっていうか……もちろん臭みは抜いてあるんですが、その下処理の加減がやり過ぎないギリギリのバランスで、それは香辛料をうまく組み合わせているからだと思うんですよ。あ、今日トリッパの煮込みあったんだ……いつものなんて言わなきゃ良かったなー」
いわゆるオタクの早口で捲し立てる彼を見て、ロゼットは目を丸くしている。
が、私にはわかるわ!彼は間違いなく我が同志!!この食への熱意、推せる……!!!
「そう言うと思ってたよ」
女将が、ラウルの前にトリッパの煮込みと赤ワインを置いた。
「さすがっす!」
「食ってばっかじゃなくて、ちゃんと話もしてやんなよ」
「ういっす」
「それから、あんたたちには、これ」
私とロゼットの前に、小さなクッキーのような焼き菓子を置いた。
「店からのサービスだよ」
「ありがとうございます!」
早速一つ摘んで口に運ぶと、口の中でほろほろと解けて、甘さが広がった。
うわぁ、美味しい。
「食べながらでも大丈夫なんで、どんどん話しかけて下さい」
ラウルがそう言うので、好意に甘えることにした。
「食べ物は、何が一番好きなの?」
「一番かぁ……むずいっすね。でもやっぱ肉かなぁ」
なるほど、若い男性らしい回答だ。
「王都だと、ここ以外にもおすすめのお店はある?」
「もちろんっす!まず8区の串焼き屋。あそこは外せないですね。それから……」
よほど食べることが好きらしい。
ラウルは次々に安くて美味しいという店を上げていく。
私がほくほく顔でメモをとっていると、はたとロゼットの視線に気付いた。まずい、本題から脱線してしまったわ。
これはこれで非常に有益だし、個人的には大変興味深い情報だが、そろそろ話を屋台に向けなくては。
「ちゃんとしたお店だけじゃなくて、屋台で食べたりもするの?」
「しますします!昼メシは屋台で済ませることが多いっすね。薄切り肉を挟んだバケットとか、よく食いますよ。粒マスタードたっぷりで美味いんだぁ」
味を思い出したのか、うっとりした表情になる。
「もし覚えてたらでいいんだけど」
「なんすか?」
「5年前、この辺に肉入りのパイの屋台が出たのって覚えてるかしら」
「……」
饒舌だった彼の語りが、ぴたりと止まった。
ラウルは神妙な顔つきで、ワインに手を伸ばした。
「忘れてるならいいのよ。ただ、ジャンからあなたが3つも食べたって聞いたから、よほど美味しかったのかなって」
これでどうだろう。話しやすい雰囲気は作ったつもりだけど……
「あ、あー、もしかして、あの屋台かな?」
ラウルは少し目を逸らしながら答えた。
必死に取り繕ってはいるが、先ほどまでの勢いは、ない。
「半月型で、香辛料の効いた肉が入っていたんでしたっけ?」
「そういや、そうでした!美味かったっすよ。でも、あの後見かけないんだよなぁ」
このまま質問してもはぐらかされそうだ。
私は質問の方向性を変えることにした。
「半月型の肉入りパイって、あなたはよく食べるの?」
「ああ、昔はよくばあちゃんが作ってくれました。故郷の食いもんだって」
「故郷?」
「え、ああ、そうなんす。元はこっちじゃなくて」
「もしかして、エスパルダ、だったりするかしら?」
「……」
またも、会話が止まる。なんだろう。
「私も、ひいおじいちゃんは、エスパルダの人なんですよ!偶然ですねぇ」
そう言って会話に加わったのはロゼットだ。
初耳だけど、ナイスアシスト!
「そうなんすか?なんか嬉しいなぁ……」
「半月型のパイ、名前なんでしたっけ」
「ばあちゃんはエンパナーダって呼んでました」
「そう。それです!」
少しラウルの口調が軽くなる。
私はここで一気に踏み込むことにした。
「屋台の人も南の訛りがあったって聞いたわ。もしかしてお店の方もエスパルダの方だった?」
「え?」
「それとも、実は知り合いだったりしない……?」
私はまっすぐにラウルの目を見つめた。
これで、わずかな表情の揺れも見逃さずに済む。
ラウルはごくりと喉を鳴らした。
気持ちを落ち着けるためか、再びワインを口に運ぶ。
カウンターの方に視線を送るが、あいにく女将は厨房に引っ込んでいるようだった。
「知り合いってわけじゃ、ないんすけど、その……」
私とロゼットは、次の言葉を待った。
ラウルは、気まずそうに目を逸らすと、小声で言った。
「ちょっと、場所変えてもいいすか?」
◇
代金を支払い、店を後にすると、私たちはラウルの後について歩いた。
通りの一本奥に入ると、喧騒は静まり、住宅らしき建物が並んでいる。
その中の一つ、古びた共同住宅のような建物に、ラウルは迷いなく入っていく。私たちも後に続いた。
玄関を入るとすぐ、狭い居間兼食堂のような部屋に通された。
部屋には木の丸テーブルと、背の低い椅子が四脚置かれており、壁際には古びた食器棚がある。
棚には、日常使いの皿に混じって、色絵皿が一、二枚だけ大事に立てかけられており、決して綺麗というわけではないが、住んでいる人の規則正しい暮らしを感じさせた。
「椅子、座って下さい」
ラウルは丸椅子の埃を叩くと、私たちに勧めた。
つい室内を見回すと、部屋の隅には赤唐辛子や乾燥ハーブの束、にんにくの房などが吊られている。
きっと料理もするのだろう、乾燥ハーブと豆を煮たような匂いがほのかに残っている。
「じいちゃんと二人暮らしなんですが、今は夕方の散歩に出てるんです。帰ってくる前に話しちゃいますね」
そう言って、ラウルもテーブル向かいの椅子に座った。
「なんで屋台について調べてるのかは聞きませんけど、マジでここだけの話にしてくださいね?」
「ええ、わかったわ」
彼が語ったことをまとめると、こうだ。
5年前、ラウルが配達を終えて帰宅すると、家の前に太って口髭を生やした男性が立っていた。
彼はラウルに気付くと、声を掛けてきた。なんでも、祖父の知り合いだと言う。話してみると男もエスパルダからの移民らしく、ラウルはすっかり気を許してしまった。
あいにくその日祖父は泊まりの仕事に出掛けていた。男は帰り際、実は知り合いがエンパナーダの屋台をやることになっているのだと言った。明日は五区の仔牛亭で試食を配るから、同僚を連れて味を見てくれないか――そう頼まれたのだ。
ラウルは食いしん坊を発揮して、その依頼を喜んで引き受けた。そしてジャンを連れて食べに行ったまでは良かったのだが……
「試食した翌日、ジャンが具合悪くなっちまって。普段は健康が売りってやつなんすよ。びっくりして、じいちゃんに話しました。そしたら……」
「そしたら?」
「その話は、誰にもするなって。あと、訪ねてきた男に心当たりもないって。俺、怖くなっちまって……」
なるほど。彼の性格などを推測するに、口を閉ざしたのも無理はない。
しかし、ラウルに口止めしたと言う祖父の存在が気になった。
彼は、何か知っている可能性が高い。
その時だった。
ガチャリと玄関ドアの開く音がした。




