episode 78
GPSのアプリはすでに削除してあるはずだ。
どうして?
冷凍庫に閉じ込められたかのように、身体が一気に冷えていく。さっきまでのうきうきした気持ちや楽しさはどこかに去ってしまい、残ったものはもう恐怖でしかない。
弥一と別れて、1か月ほど。
久しぶりに見た弥一は、壱花を冷たい目で、見下ろしていた。
「実家に帰ってきてんだよ。悪いかよ、別におまえを追ってきたわけじゃねえからな」
思いも寄らなかった。弥一は勝手に壱花の向かいにどかっと座った。壱花はどうしていいかわからず焦ったが、カフェで騒ぐわけにはいかない。言葉を探しているうちに、弥一が先に一手を差してきた。
「なんだよ。キョドんなよ。マジで偶然だっての。久しぶりだな、壱花。おまえは元気なのかよ?」
弥一の目が鈍く光っている。げっそりと頬はこけて、顔色が悪い。食べていないのだろうか、痩せてしまっていて、これ以上ないほど不健康に見える。目の下の隈も気になった。
「……うん」
「まさかとは思うけど、あいつと付き合ってんの?」
1週間後に会う約束をしてはいる。けれど、付き合っているのかと問われれば、違うのだろう。
けれど、これには答えなかった。それが気に入らないのか、壱花との別れをまだ根に持っているのか、弥一がイライラとし始める。
「これなに? この服、あいつの趣味? 買ってもらったのか?」
責められている気がして、ぐっと唇を結んだ。それでも沈黙。だが、弥一は徐々にエスカレートしていく。弥一の鋭い視線を直視できず、視線を落とした。
「あいつセンス悪りいな! はっ! ダサっ!」
それでも貝のように黙っていると、「おまえに全然似合ってないわ!」
そして。
弥一はテーブルに飲みかけで置いてあったカフェラテのカップを掴むと壱花の胸元に向かって、バシャっと中身を盛大にぶちまけた。
驚いてしまった。突然の出来事に、身体がびくりと反応し、すくんだ。
けれど、なにが起こったのかは頭ではわかっていた。落としていた視線の中に、茶色に染まっていくブラウスが入ってきたからだ。
店内がざわっとざわついた。
「くそっ!」
ガタガタンとイスが転げるような大げさな音がし、弥一が踵を返して店内から出ていった。




