episode 79
取り残されたのは、壱花と汚れた洋服。店内にいた他の客の視線が痛かった。
哀れだった。本当に久しぶりにキレイな洋服を着て、踊る心で家を出たのに。
なにより、ジェインがとても似合うと……。
「……お世辞でも……可愛いって……言ってもらえたのにな」
消えてなくなりそうな声で、ボソッと呟いた。
鼻の奥がツンと痛んで涙が出そうになった。ぐっと唇を引き結び我慢する。
(泣くな泣くな泣くな)
ここで泣いたりしたら、弥一の怒りや暴言に負けたことになるような気がして。洋服を贈ってくれたジェインにも申し訳が立たないような気がして。
ハンカチを出そうと、カバンに手を伸ばす。残されていたカフェラテは少なかったからだろう、そのジェインから贈られたオレンジ色のカバンは被害を免れていて、それだけで壱花はほっと胸を撫で下ろした。
「お客さま、大丈夫ですか?」
カフェの店員が、気の毒そうな顔をしながら、おしぼりを手渡してくれた。
「あ、あり、がとう……ございます」
ショックからかうまく言葉が出なかったが、壱花は手渡されたおしぼりで急いでブラウスを拭いた。
「あの……なんてお声かけしていいかわかりませんけど、公衆の面前でこんなことするなんて、ひどい人ですね。彼氏さんです? 警察呼びますか?」
「いえ、あの……大丈夫です」
「私の上着、貸しましょうか?」
親切心が身に沁みた。けれど、ここで甘えてしまっては、この店員さんに迷惑をかけてしまう。
硬くなっていた口を無理矢理、こじあけた。
「い、いえ、このまま帰ります……それよりお店にご迷惑をおかけしてしまってごめんなさい。お勘定をお願いします」
カフェを出て、壱花はとぼとぼ帰途につく。
人目も気になったが、この先のジェインとの約束の方が心配だった。
(1週間後のジェインさんとの約束、この服、着ていこうと思ってたのに。どうしよう……)
家に戻り、着替えてからすぐにクリーニングに向かった。
「シミ抜きは10日ほど、お時間ちょうだいしますね」
絶望。ひとり帰り道で、泣きたい気持ちになった。




