【38】最後の邂逅
洞穴内に冷たい風が吹き込む。
「よく言ってくれた、織姫」
その言葉に、御堂家の男衆たちが当主に物言いたげな目を向けながら、無言で道を開ける。
「織姫がその気なら、早速手続きをしよう」
道の先には直斗さんがいる。その隣には鳴砂と氷雨さんだ。
「そんなこと、許されるはず……っ!契約は御堂家と鬼目家で結ばれたはずだ!」
「当主が罪に手を染めたのなら契約の変更は有り得る」
「そんな……っ。鬼目家はまた我らを苦しめる気か!」
「どう言う意味だ」
「あなたが……あなたが次男だったせいで、我らは柊木家などという格下に泥を塗られたのだ!」
「おい、その言い方はっ」
さすがの鳴砂も声を荒げる。
「いいよ、鳴砂。事実だから」
「だからって……」
「あなたたちはいつだってそう言ってきた」
直斗さんの言葉に織姫が悔しげに俯く。織姫は一番近くでそれを聞いていたんだもんね。
「何故嫡男ではないのか。次男ではないのか。それでも俺は織姫と結婚できるのならそれで良かった。たとえあなたたちが織姫を孤独に追いやっていたとしても」
その言葉に織姫が目を剥く。
「どう言う意味ですか、お父さま」
「……」
当主は答えない。
「織姫は鬼目家の花嫁となる。たとえ分家だとしても……そのための馴れ合いは許されない。それが御堂家の考え方だった。けれど家は家。鬼目家は花嫁さえ無事に嫁いでくれるのなら多くは要求しない」
直斗さんの言葉に当主が完全に黙りこくる。
「だけどそれは間違いだったと分かったよ」
「……そんな」
当主がようやっと直斗さんを見る。
「織姫は雛ちゃんや一華さん、陸璃くんととても楽しそうに笑ってる。俺が見たかったのは織姫の笑顔だと気が付いたから」
「……っ」
当主が目を見開く。
「織姫の笑顔を守るためなら、俺は何だってする」
それが鬼と言う生き物だから。
「お前たちは鳴砂の妻とそのお付きの一華さんを誘拐し監禁した。その罪は贖ってもらう。執政は人間が執るかとになっているが、取り調べや懲罰を仕切る軍上層部は鬼たちだ。情状酌量は期待するな」
それは彼らにとってはお家取り潰しにも等しい宣告だ。そうなってはもう御堂家が積み重ねてきた伝統も財産も失われていくだろう。
「そんな……そんな、私の代で御堂家を潰すわけには……っ!お前たち!」
当主が男衆たちを見る。しかし彼らの心はもう当主にない。
「お嬢さまは……ずっと寂しげてした」
「いつもおひとりで……遊ぶ暇もなく」
「けれど最近のお嬢さまはどこか生き生きとしておられた!」
「それにお嬢さまのあの言葉を聞いて何も思わないものはいない!」
「当主の命令だったとはいえ、申し訳ありませんでした」
男たちは鳴砂に土下座するように頭を下げた。
「お願いです。お嬢さまだけは」
「御堂家も何も関係ない」
「幸せになってほしいんです」
その様子に当主は呆然と膝をつく。
「私は……」
「彼らの言葉を聞いてもあんたは御堂家の面子にこだわるのか?」
お兄ちゃんの言葉に、当主がふるふると首を振る。
「だが柊木家に塗られた泥を私は許せない。どうしても」
「泥を塗られることの何が悪い。俺たちは泥にまみれても魂が求める大切なひとと再会するためだけに山を登り、鬼となり、子孫を繋ぐんだ」
「俺たちは泥にまみれてる。お前たちは実際の泥にまみれたこともないのだろう?安心しろ。これから本物の泥にまみれることになる。そこで知るといい。お前の娘が決意したものが、何であるかを」
鳴砂のその言葉は重く重く当主の肩に降りかかる。
「お父さま」
「……織姫」
「最後の別れの言葉です」
「……」
「ここまで育ててくださりありがとうございます」
本当ならば嫁ぐ時に言うような言葉だ。
「そして……さようなら」
震える声で紡がれた言葉に、当主が失ったものの大きさに気付くのはそう遅くはなかった。
※※※
————御堂家の没落は都中の大事件として駆け巡った。
当主は捕縛され、犯行に加わった男たちや使用人たちも捕縛された。
それと同時に御堂家の資産や土地は凍結され、国庫に還ることとなった。
一方で私たちはお義父さまとお義母さまと共に、鳴砂と鬼目家を訪れていた。
その席には頭領と直斗さんと織姫さんだ。そして集められた鬼たち。
「今日この場で、直斗を嫡男とすることを発表する」
頭領が告げる。
「次期頭領夫人となろう織姫は鬼目の分家に養女に入り、18歳を迎えるまで花嫁修行に勤しんでもらう」
その言葉に織姫は静かに礼をする。
一夜にして実家も父親も全てを失ったものの、彼女は弱音もなく新たな家で花嫁修行に励んでいる。
「それと同時に薙斗は廃嫡とし、花嫁美百合と共に地方の別邸にて蟄居とする」
ようやっと薙斗と美百合との関係も決着がつくのか。
「雛、この後薙斗と美百合が別邸に向かうことになる。見送りに来るか」
「……鳴砂」
「無理はしなくても……」
「ううん、行くよ。最後くらいちゃんと向き合いたいから」
きっとこれが最後になる。だからこそ、逃げちゃいけない。
織姫が逃げないと決めたように。友人に触発されるように、私も強くなりたいと思うから。
※※※
鬼目邸の一郭に馬車が用意されている。豪勢なものでも何でもないが最低限美百合を逃さず送る装備にはしているらしく、行きはそのための護衛もつけられるらしい。
別邸でも使用人という名の監視は付き続けるのだとか。
「惨めだと笑うがいい」
久々に顔を合わせた薙斗は酷く窶れていて、痩せている。
私の顔に気が付きそう笑う姿にもかつての覇気はない。
「笑いません」
「……」
「だけど……あなたは美百合を選んで好き勝手したんです」
「……それは」
「ここから先の人生、あなたが背負う罪をちゃんと自覚してくれるのなら」
「ぼくを……許すのか?」
「許すも許さないも、あなたにはもう興味がありませんから」
「え……」
「私は鳴砂の妻として幸せに生きています。今後の鎮命山の儀では大切な友だちが見送ってくれます」
花嫁は嫁いでから見送ることになるが、彼女はもう鬼目の分家に入っているのだから、来年は直斗さまと見送ってくれるそうだ。
「だからもうあなたには興味も何もありません」
「そん……な」
薙斗は力なく倒れそうになるが、護衛たちがそうさせず馬車に引きずっていく。
「兄さん」
「……直斗。ぼくは……嫡男だったはずなのに」
「兄さんには資格がなかったんだよ」
「そんな……っ」
「少なくとも忌み鬼を見送る席であんなことをした」
「したのは美百合で……」
「花嫁のせいにするなよ」
「だけど……美百合があんな穢れた女になったのはぼくのせいじゃ……」
「それでも鬼は花嫁を求めずにはいられない」
「……」
「その鬼の本能の起源を忘れた兄さんの責任だ」
「そんな……ずるい!お前だけずるいぞ直斗!」
「その言葉、そのまま返すよ」
「……」
薙斗は嫡男として多くのものを直斗さんから取ってきたろうに。今さらずるいだなんて。
薙斗は後悔するようにガックリと肩を落とし、馬車に乗せられていく。そしてそんな中、叫び声と共に連れられてきたのは……。
「美百合」
頬が痩せこけて薄汚れているとはいえ、分かる。身体は拘束され、最後の会話のために口輪だけ外された。
「美百合」
お兄ちゃんと共に最後に向き合う。
「あ……んた、雛!それに亡霊!」
その角や髪の色に触れることもなく、美百合が喚く。
「私がこんな目に遭っているのに!あんただけそんなきれいな着物を着て、自由の身だなんて!」
「全部あなたが撒いた種でしょ」
「私は悪くない!」
「美百合が悪いんだよ。いい加減、人のせいにするのはやめたら?」
「何ですって!?雛のくせに!」
「だから何?私は雛だよ。そしてあなたたちから解放された分、幸せに生きる」
「そんなの許されないわ!」
「それはお前が決めることじゃない」
お兄ちゃんが美百合を睨む。
「俺たちが選ぶことだ」
「そんなの……そんなのっ」
しかし美百合がどんなに抵抗しようとも、拘束を破ることはできない。遂には口輪を付けられた馬車に乗せられる。馬車の中で薙斗とどんな風に向き合うのだろうか。いや……私はもう知らない。私たちはもう知らない。
馬車が地平線の向こうに消えていく。
「お兄ちゃん」
「ああ。雛。お前は幸せになるんだ」
「……お兄ちゃんもだよ」
「え?」
「お兄ちゃんも幸せになってくれなきゃ、私……悲しいから」
「それは……困ったな」
お兄ちゃんが苦笑した。




