【37】友だちだから
————side:雛
洞窟の奥。
ひたり、ひたりと落ちる雫の音に混じって足音が混じらないのを慎重に確認しながら。
「一華、いけそう?」
「ええ……もう少し」
普通に考えたらどういう体勢?となるだろうが、一華が器用に角を縄に引っ掛けにかかる。
「いきますわよ」
「う……うんっ!」
次の瞬間、強い衝撃と共に縄がブチッと引きちぎられる。
「次は一華だよ」
「ええ」
結び目は……丁寧にやればいけそうだ。慎重に縄を解いていく。
————その時。
ザッ
誰かの足音!?どうしよう……っ。
「(雛さま)」
「(一華?)」
「(あそこの岩の影なら隠れられそうですわ)」
「(よし、行こう)」
躊躇する時間などない。
音を出来るだけ出さないようにしながら、岩の影に隠れる。そして一華の縄を一刻も早く解かなきゃ……!
ザッ
ザッ
足音が近付いてくる。
まずい……まずい。時間がない!
※※※
————side:鳴砂
俺は直斗を連れ、御堂家を訪れていた。
「使いのものを先に帰らせてしまい済まないな。こちらも鬼目家での用事があったものでな」
「ああ。ついでに織姫を訪ねる約束をしていたのたが、織姫は何処だろうか」
直斗の言葉に御堂家の商人の顔色が変わる。
玄関先からでも分かる、中のごたごた。恐らくもう織姫がいないことが屋敷中に知れ渡っているのだろう。
「と、とにかく、忌み鬼さまはこちらに」
使用人が示したのはガタイのいい男たちだ。
「武器はお預かりしましょう」
「……大事なものなのだが」
「しかし今からご案内する場所は御堂家にとって神聖な場所。武器は持ち込まないのが決まりなのです」
「ふうん?俺はそんなところに案内してくれと頼んだ覚えはないが」
その言葉に男たちの顔が曇る。
「御堂家当主からの招待です」
苦し紛れの答えなのだろうか。
「ご自身の大事な者のためにもご同行いただくのがよろしいかと」
コイツら……あからさまだな。
「ふうん?当主からの招待なら俺も同行していいだろうか」
次の瞬間直斗がそう告げたことで男たちが驚愕する。
「そ……それは当主さまにお伺いを」
「しかしこちらとしては疑念がある。確かにそちらの息女と鳴砂の妻は懇意にしているが、息女を通さずいきなり当主が俺の親友を招くとはどういう事だ?鬼目家としては面子を潰された気分だ」
その言葉に男たちの顔が青くなる。
いや、力関係で言えば鬼塚家の方が発言力があるのだが……まぁコイツらに教えてやる義理はない。
「同行、してもいいよな?」
有無を言わさぬ直斗の笑みに、男たちは頷くしかなかった。
まだ跡継ぎ交代の話は伝わってはいないのだろうが……さすがに鬼目家の次男とはいえ機嫌を損ねるのはバツが悪いだろうからな。
※※※
————side:雛
ザッ。
ザッ。
誰か来る。急いで一華の縄を解こうとするが結び目がキツくてうまくいかない。
「(雛さま)」
「……(一華?)」
「(私が囮になります)」
「(え……っ)」
「(だからその隙に雛さまは逃げてくださいませ)」
そんなこと出来るはず……っ。
しかし一華は足音の元に躍り出る。
「ここには私しかいませんわ!」
「一華!」
「一華さん!?」
しかし聞こえた男女の声にハッとして私も姿を見せる。
「お兄ちゃん、織姫!」
そう、それはあの男たちではなかったのだ。
「雛!」
「二人とも無事だったのね!」
お兄ちゃんと織姫がホッと胸を撫で下ろす。
「う、うん。だけど一華の縄が」
「任せてくれ」
お兄ちゃんは刀から小柄を抜くと、それでパツンと縄を切ってくれる。
「無事で何よりだ」
「こちらこそ、紅鳶さま。ですがどうしてここに……」
「織姫ちゃんに協力してもらったんだ」
「ええ。紅鳶さまに雛の居場所を探ってもらっている時に御堂家の敷地に昔使っていた牢があったことを思い出したのです。方角的にも恐らくそこだと」
それで来てくれたんだ……!
「さ、早くここから……」
お兄ちゃんが言いかけた時だった。
「織姫!」
響いた野太い声と、大量の足音。
「そこで何をしている」
「……お父さま」
織姫が声を絞り出す。
「お前は早くこちらに来なさい」
「い……嫌です!」
「はっ!?」
織姫の父親はその答えが想定外だったのだろう。
「雛と一華さんは大切なお友だちです!私にとっても、初めての……」
「織姫……」
私にも分かるよ。歳の近い友だちなんていたことなんてなかったから。織姫の沈痛な気持ちが何よりも分かる。
「うるさい!とにかくお前はこちらに……っ」
「やめろ!」
織姫の父親が手を伸ばそうとしたのをお兄ちゃんが制止する。
「貴様……」
「いい加減にしないか!あんたが何の恨みがあって雛や一華を拐ったのかは知らないが……」
「何の恨みだと?そんなもの決まっている!そこの柊木雛は我々御堂家の顔に泥を塗った柊木の出身だ!」
「もう柊木じゃない。鬼塚だ」
「関係あるものか!その娘が……鬼塚の跡取りの妻となったのだぞ!つまり織姫はこのままでは鬼目の分家の妻となりこの娘に頭を下げることになる!」
そうか……鎮命山の儀式の際、織姫は直斗さんと共に見送る側になるのだ。
「そんなこと……御堂家当主として我慢できるはずもない!柊木の娘が、柊木家の娘がだ!」
「いい加減にしてよ!」
その時、織姫の甲高い声が洞穴にこだまする。
「雛のことを何も知らないで……紅鳶さまのことも知らないで勝手なことを言わないで!」
「何だと……?何故ここに紅鳶……この鬼の名が出てくる!」
「俺は……俺の人間だった頃の名は柊木譲。雛の実の兄だ」
「何……っ、そいつは柊木家の前嫡男。確か死んだはずだ!生きているはずが……」
「死んだんだ。怨鬼になると言うことはそういう事だ。そうして俺は鬼になった」
「は……?」
「俺は柊木家の当主に殺された。雛は当主と継母やその子どもたちに虐げられ続けた。俺は雛を幸せにしてやれず無念の中死んでいった。だからせめて雛には幸せになってほしい。雛が友だちだと呼ぶのなら御堂家なんて関係ない。織姫ちゃんともずっと友だちであってほしいと願う」
お兄ちゃんがまっすぐに御堂家当主を見る。
「あんたも自分の娘の幸せを望まないのか」
「望んでいるとも!だからこそ柊木家の血筋など許してたまるものか!お前ら兄妹がどんな目に遭ったか?そんなのはどうでもいい!」
「は……?」
「御堂家が柊木家に泥を塗られた。その上織姫が延々と屈辱を味わわされる。そんな世界を許すわけにはいかんのだ!」
「私は屈辱だなんて思っていないわ!」
織姫が前に出る。
「私は直斗さまに選ばれた。直斗さまは次男よ。家督は継げないし頭領にもなれない。だけどそれが何?鬼目の嫡男に選ばれた花嫁が何?」
それはもう、脅えるだけの少女の目ではない。
「関係ないわ。私は……御堂家に生まれて、お嬢さまとして育てられて直斗さましかいなかった」
「それなら……っ」
「違う、違うのよ。お父さま。直斗さまが全てだった私の世界は狭くて、何も知らなかった。直斗さまが鬼になるために鬼目家の鬼たちの祖先がどれだけの苦難を背負ったか。今でも分からない」
「お前が知る必要などない!」
「あるわ!鬼目に嫁ぐものとして。例え分家でも、鬼に嫁ぐものとして。私は……そのために鎮命山に登る忌み鬼と、それを支える雛を……直斗さまと見送りたい。私には見送ることしかできないの」
それがどれだけ辛いことか。共に登るものも見送るものも辛いのだ。
「でも……大切な友だちだから。初めての友だちだから。私は見送りたいの」
「織姫……っ」
私も織姫が直斗さんと見送ってくれるのなら。きっと鳴砂だって同じ気持ちを抱くはず。
「そんなもの……そんなものはダメだ!柊木家の娘が鬼塚の嫡男に嫁ぐことは御堂家を二重苦に貶めることだと何故分からん!」
「なら……私は、御堂家を出てお父さまと縁を切りましょう」
告げられた言葉は凍てつくほどに当主を突き放した。




