【36】洞穴
————ここは、何処だろうか。
暗い、ひんやりと肌を刺す感触。
「雛さま」
「一華!」
一華も無事だったんだ。
しかし二人とも見事に縄で縛られている。
その時、洞穴の地を擦る音が聞こえてくる。
「そちらの人間の娘が」
「ああ、旦那さまからの命令だ」
鞭を持ちやって来た男たちが私を見る。
「おやめくださいませ!雛さまに手を出すなど……」
「うるさい!」
「きゃっ」
一華が突き飛ばされる。
「一華!」
「うう……っ」
どうしよう……どうにかしてでも逃げ出さないと。せめて一華だけでも……。
「これは女鬼だ。女鬼が欲しい鬼は多い。適当な鬼にでも売りかければいい」
「そんな……一華の気持ちはっ」
「知るかそんなもの。売れるものは売る、それが商売ってものだ」
「そんな……」
一華はやっとお兄さんとの悲しい過去から解放されて、前を向いて歩き出しているというのに。
みんな……氷雨さんも一華の幸せをきっと願ってる。
————それなのに。
「それよりもお前は自分の心配をした方がいい」
「え……っ」
男たちがニヤリと笑む。
「旦那さまはお前にたいそうお怒りだ」
「どうして……」
「御堂家が柊木家のせいでどれたけ煮え湯を飲まされたか!」
「それは……」
織姫は理解してくれた。だけどこの人たちにとっては……織姫のお父さまにとってはまだ私は柊木家の人間としか見られないってこと……?
「だからお前も妹と同じようになればいい」
「美百合と……?」
「そうさ!そいつは鬼目の跡取りの花嫁でありながら自ら他の股を開いたらしいぞ!」
美百合ったら……薙斗と相思相愛だと思っていたのにそんなことを……!?
「だからお前も……」
「えっ」
じりじりと男たちがにじり寄る。
「似たもの姉妹として情けない姿を自分の鬼に見せるのを楽しみにしておけよ」
「はっはっはっ」
そう言って男たちが去っていく。とは言え……時間の問題だ。
「雛さま」
「うん……一華」
「まずはここから逃げることを考えましょう」
「う……うんっ」
このままじゃ私は鳴砂の前で……っ。
「それにもしかしたら織姫さんが気が付くかもしれませんわ」
「そうだ……織姫は」
そもそも織姫は無事なのだろうか。
「私たちは織姫の家にいるうちにここに連れられてきた」
「ええ。ならば彼らの言う旦那さまとは織姫さんの父親で間違いありませんわね」
「ならもしかしたら織姫も動きを制限されているんじゃ……」
「その可能性はありますわ。だから私たちもどうにかしなくては。まずはこの拘束を」
「そうだよね」
私たちを縛っているのは縄である。
「もし鋭いものでもあれば……」
とは言え今日の簪はそこまで鋭利では……。
「あ……角!」
「まぁ……確かに!」
「そうだよ、一華の角なら!」
「ええ、やるしかありませんわ」
確かにこの状況ではそれが一番の鋭い武器である。
※※※
————side:織姫
使用人に呼ばれ、急ぎだと言う書類への署名を終える。
「これで完了ね」
しかし……そこまで急ぐものだったろうか?来客を遮ってまで……?
脳裏にそんな違和感がよぎる。
「お嬢さま、次は手習いが」
「待って。雛と一華さんを待たせているのよ。まずは彼女たちを待たせた詫びを」
「その必要はございません」
「……へ?」
「お客人方はもう帰られましたので」
「そんな……っ」
そんなこと……雛も一華さんもするような性格じゃない。だとしたら2人に何かあったとしか。
そしてその首謀者は間違いなく……御堂家。いや、お父さま……?
どうにかして、逃げ出さないと。
だけど何処に行くにしてもこの使用人が付いてくる。恐らくは監視だろう。
「あの……厠に」
「畏まりました。入口で待っておりますので」
「……分かったわ」
意地でも逃さないつもりね。
だけど……厠には窓がある。普通ならあんなとこらから出ようとする令嬢はいないだろうけど。
うちは半分洋館だから厠は屋内だ。外にある厠なら気を付けないとバレてしまうかもだけど。
うちは屋内の入口からならバレるのに時間がかかるはず。しっかりと鍵を閉めて、音を出さないように窓を開閉する。
少しキツいが……これくらいなら!
とすっと草わらを鳴らした音はバレていないだろうか?以前なら足袋でこんなこと……絶対にできなかったはずなのに。
山登りのお陰かしら。それ以上に……。
友人たちを助けなければ。
そんな思いが何よりも私を突き動かした。
鬱蒼とする裏道を着物の裾を上げ、急いで駆ける。衆目の目など気にするものか。
裏口から外に飛び出し、お天道さまの光を目指しどうにかして人通りに出る。
「……まずは鬼目家に……直斗さまに会わないと!」
足元など気にする余裕もない。ただ一心に駆け抜ける。
周りから向けられる奇異の目、ざわめき。そんなもの気にしてられない!
「おいお前」
その時誰かが私の腕を掴む。
「花街から抜け出した遊女だろ」
「ち……違います!」
「お前を見世に戻せば多少の礼金をもらえるだろう」
なん……っ。
「来い!」
「嫌……放して!」
ここで御堂家の名前を出せば連れ戻される。鬼目家の名前……ううん、直斗さまの名前を出してしまったら……。
「やめるんだ」
その時誰かが男の手を私から振りほどく。
「彼女はこちらの知り合いだ」
「そうだよ、女に手を出すとか最低すぎない?クズ男」
そう言い放ったのは。
「……紅鳶さまに、陸璃くん?」
「ああ、大丈夫かい?」
「ひとまずは安心だね」
彼らの笑みにホッと胸を撫で下ろす。
「おい、その女はこっちが先に見付けたんだぞ!鬼だからって……っ」
「この子はその鬼の婚約者に頼まれて探していたんだ。どうしてもと手を出すのなら、君も彼女の誘拐容疑で一緒に憲兵に突き出すよ」
「ひ……っ」
その言葉に男が顔を引きつらせ、脱兎のごとく逃げていく。
「さて、大丈夫かい?」
「ええ……ありがとう。でもどうしておふたりがここに……」
「雛と一華がまだ帰っていないもんで。迎えに行こうかと」
「やはりまだ帰ってらっしゃらないのですね!?」
「やはり……って。君がこんなところで靴も履かずに走っていたところを見たら……何かあったとしか思えないね」
「え……ええ。それで直斗さまのところに」
「ならひとまず鬼目家に行こう。あっちには鳴砂たちがいるはずだ」
そう言うと紅鳶さまが私の身体を抱き上げます。
「その……」
「さすがにそれじゃ、歩かせられないでしょ」
「あ、ありがとうございます……」
「何の。気にしないで」
そう言うと紅鳶さまと陸璃くんが鬼目家に向かって走り出しました。
※※※
————side:鳴砂
頭領との話を終え、直斗に見送られながら帰宅しようとした時だった。
「鳴砂さま」
「……!どうした?」
鬼塚家から使いのものが来たようだ。
「実は鬼塚家に御堂家から使いのものが来ております。急ぎお帰りを」
「御堂家って……織姫に関わることか?」
「いえ……とにかく鳴砂さまに来てほしいと」
何か怪しいな。
そう感じた時だった。
「鳴砂!」
「なず兄!」
こちらに向かって来たのは紅鳶と陸璃……に、紅鳶に抱き抱えられている織姫の姿だった。
「織姫!?どうして……っ」
直斗が驚愕している。
「直斗さま!た、大変なのです!」
「とにかく中へ。足も汚れているみたいだから」
「そんなことはいいのです!とにかく今は雛と一華さんが……っ」
「2人に何かあったのか!?」
「それが……っ」
織姫が俺を見る。
「まずは状況の確認だ。悪いが御堂家からの使いには後で俺が直接行くと伝えてくれ」
鬼塚家からの使いに伝えれば。
「畏まりました。しかし……」
「どうした?」
「こう堂々と喧嘩を売られるとはナメられたものです」
そんな態度でうちに来たと言うことか?
「安心しな。後悔させてやる」
「ええ」
鬼塚家からの使いはにこりと笑えばそそくさと戻って行く。
「雛……一華……」
二人とも、無事でいてくれ。




