【34】梔子山名物
――――山頂に向けて出発する一行は先ほどよりもいい雰囲気だ。
「このらむねと言う菓子、お父さまが買ってきてくれたことがあるわ」
「ええ。私も先日市場で見つけて。美味しいですよね」
「そうね。でも……私はなかなか市場には行けないから」
やはりお嬢さまだからだろうか?
「今度女同士で行く……ってのはどうてす?一華や陸璃くんも誘って」
「私も、いいんですの?」
「もちろん!」
和気あいあいと登っていれば後ろから鳴砂と直斗さんの声がする。
「……何があったんだ?何だか仲良くなってない?」
「スグ、これはあれだ。女の子ってすぐ仲良くなるからって三雲さんが言ってた」
それは確かに……間違いではないかも?
「もうすぐ山頂に着くよ」
先を進むお兄ちゃんが教えてくれる。
「ようやっと見えた。腹減った」
氷雨さんも名物を楽しみにしてるのかな?
「ふふっ。好きなんですのよ」
一華がしれっと教えてくれる。
「おい」
「いいではないですか。ようやく知れたあなたの一面ですもの」
「……以前は違ったのか」
ボソリと漏らしたひと言は、氷雨さんも気にはなっているのだろうか。前の……九郎さんだった頃のこと。以前は拒絶しているようだったが。
「山奥にはなかったので……それも含めて新鮮と言うことですわ」
「ま、あっちはな」
「けど、千里さまにお伝えしたら取り入れられるかもしれませんわ。咖喱みたいに」
「ああ、そう言えば」
あっちでも作って食べたもんなぁ。懐かしい。
「咖喱……お父さまに連れられて老舗の食堂で食べたことはありますわ」
老舗の食堂……やはり大衆食堂のような場所とは違うのだろうか?
「山でも食べられますよ。飴山で!」
「……飴山で」
「今度一緒に行ってみます?ここみたいに家族連れでも来られる山ですよ。山で食べるとまた美味しくて」
「それなら……行ってみようかしら」
「ええ、是非!その時は誘います」
「ありがとう」
織姫さんが微笑む。
走行しているうちに山の拓けた頂に到着する。
「景色もゆっくり見たいところだが、予約してあるから行くぞー!」
鳴砂がそう告げ、みんなで『はーい』とついて行く。
食堂側を持たせるわけにもいかないものね。山の上の食堂に入れば、店員さんがすぐに用意すると知らせてくれる。
私たちは予約していた席に着き料理を待つ。
「何が来るんだろう」
「何だか不思議な匂いがします」
織姫さんも初めてのようでとこかワクワクしているように思える。暫くすれば続々とどんぶりが運ばれてくる。
「これって……麺料理?」
「そう、拉麺だ」
「拉麺!?」
鳴砂が教えてくれる。その、聞いたことはあれど本物にありつくのは初めてである。
「ついでに何たが、ここの拉麺の汁は飲み干すのが慣習だぞ」
「うん、汁も美味しそうだけど、普通は違うの?」
「脂っこいから女性は好かないそうたが、山では山の環境を守ることも大事だから。注文したら飲むのが鉄則。郷に行っては郷に従えってことだ」
そう言うと鳴砂が織姫さんを見やる。
「織姫、辛ければ俺が……」
直斗さんが声を掛けるが。
「飲みますわ」
「えっ」
「飲みます」
そう言うと織姫さんは拉麺をずるずると食べ始める。
「ここではこう食べるものなのてしょう?」
どうやら周囲を見ながら真似をしたらしい。
「……ははっ」
直斗さんが吹き出す。
「その……直斗さま!?」
「いや、その……何だろうな。織姫の意外な一面を見られたから」
「……直斗さま」
「そう言うところも好きだよ」
「……っ!」
織姫さんの頬が桃色に染まる。
「もう……っ」
織姫さんは照れながらも、宣言した通り汁までしっかりと飲みきった。うん、私も汁までしっかりと。
「美味しい!」
醤油味の汁が身体に沁みる。
「だろ?梔子山に登ったら拉麺食べて帰るのが楽しいんだ」
「うん、鳴砂。また来たいね」
「ああ。もちろん。紅葉のシーズンが終わればまた春まで待つことになるが……拉麺を楽しみに待つのも悪くない」
「うん!」
そして食堂にお礼を言い下山をしながら、景色を楽しむ。
「紅葉がきれい」
「ですわね。ここからでも紅葉した地上がきれいに映りますわ」
一華が微笑む。
登る時はなかなか余裕がなかったものの、ふと目を向ければ美しい紅葉が広がっている。
「春は桜の名所ですのよ」
「桜!見に行きたいなぁ」
「ええ、是非。梔子山は山開きも早いので冬明けの肩慣らしにも丁度いいんですの」
「そうだよね。春になったら……」
また、夏が来るのか。
「雛さんは登ったのですわね」
「うん、織姫さん」
東部の鬼鳴山を除けばあれが初めての本格的な山登りだった。
「直斗さまも見送られたと聞きます。私はまだ嫁いだ身ではないので立ち会えませんでしたが。ですが正式に嫁げたら、私も一緒に見送りたいのです」
「織姫さん……」
そう言えば鬼たちの伴侶と思われる人間の女性たちはいたが、織姫さんには会ったことがない。
美百合も乱入しようとしたが頭領にこっぴどく追い立てられていたっけ。
「私が直斗さまに出会えたのも忌み鬼たちが毎年鎮命山に登ってきたから……だから」
「うん」
鬼が鬼になるために。今もなお必要であり続けるから。
「私……直斗さまに酷いことを言ってしまったことがあるの」
「……え?」
「御堂家は長男ではなく次男が私を花嫁に選んだことにずっと不評を言ってきました。もちろん鬼目家にではなく、人間の家の中で。私はずっとそれを聞いてきた」
織姫さんは織姫さんで、御堂家の中で葛藤があったんだ。織姫さんにも直斗さんにも何も悪いところはないのに。
「私を選んだ直斗さまは長男ではないから家を継げない」
それはそうだが、直斗さんが織姫さんを選んだのは家を継ぐとか継がないとかそんな理由じゃない。鬼の魂の中に刻まれた大切な存在だったからだ。なのに……。
「鬼目家の傍系として、私は傍系の花嫁として嫁ぐ。さらには長男の花嫁となり家を継ぐのが格下の人間の家……伝統ある御堂家はそれが許せなかったんですの」
「うん。お兄ちゃんから聞いたよ。そう言う話があったって」
「だから……私、直斗さまに言ってしまったことがあるの。『直斗さまはどうして次男なの?』と。その言葉が直斗さまをどれだけ傷付けるかも知らずに」
「織姫さん……」
織姫さんは当時を思い出すように睫毛を伏せる。
「だけど今は……直斗さまが家を継げなくとも関係ない」
「うん」
「私は……こんな私でも見捨てないでくれた直斗さまに嫁ぎたいから」
「きっと直斗さんもそれを聞いたら喜ぶよ」
「ええ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
登っている時よりも、清々しい表情で織姫さんは前方を行く直斗さんを見つめる。
時折鳴砂と直斗さんが後方の私たちを確認してくれる。
「そっちは変わりないか?」
「うん、大丈夫!」
鳴砂の声に答え織姫さんと元気に手を振れば、鳴砂と共に直斗さんも嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
無事に麓に着けば、直斗さんは織姫さんを家まで送っていくということで2人を見送る。
「な?一緒に登って良かったろ」
鳴砂がニカリと笑う。
「うん……!どうしてだろう。何だか普段はできない話とか、たくさんてきたよ」
「だろう?」
「織姫さんとも色んな話ができたんだ」
「そりゃぁいいな」
「うん、今度女同士で市場に行こうって話して」
「いいかもな。女性に人気の甘味屋もあるし、一緒に行ってみたらどうだ?」
「そうなんだ……甘味屋か」
「そこら辺は一華が詳しい」
「お任せくださいませ」
一華がニコリと笑う。
「また楽しみなことが増えたな」
「うん!」
以前は女同士で遊びに行くなんてこと、考えたこともなかった。ただ生きるのに必死で。耐えるのに必死で。
だから今のこの生活は幸せだと思うのだ。
山登りは大変だけど、その先に得られるものは登らないと得られないものだ。




