【33】梔子山
――――地元でも登りやすい山とあって、周囲にも家族連れが多い。
「わぁ、これ美味しいね」
陸璃くんが口に含みながら笑みを浮かべる。
「市場でお店の人に勧められたんだ。らむねだって」
「うん、すーすーして不思議な味」
「行動食って、味に変化が合ったほうがいいんだもんね」
「これは変化球すぎるがな」
鳴砂が笑う。
「直斗さんたちもどうですか?」
「あ、それじゃぁ」
直斗さんが口にする。
「その、織姫さんは……」
「いりませんわ」
ぷいっと顔を背ける。
「だけど何が食べないと」
直斗さんがそう告げるのだが。
「いりません」
そう言ってペースを上げて登ってしまう。
「あの……あんまりペースを上げすぎたら……」
「これくらいとっとと登れますもの」
いや……そう言うことじゃないのだが。
「済まない。俺も先に行くよ」
「ああ、スグ。そうしてやってやれ」
鳴砂がやれやれと言う表情を浮かべる。
「途中休憩拠点もあるから、そこでひと休みしよう」
「うん、鳴砂」
休憩拠点に着けば、既に多くの登山客が休憩中のようだ。
「んっと……スグたちは……」
「探しておいで。俺たちはこっちで敷物敷いてるから」
お兄ちゃんの言う通り、氷雨さんや忌面衆たちが敷物を敷き始めている。
私と鳴砂は一華と陸璃くんを連れ直斗さんたちを探すことにした。
「なかなかいませんわね」
「あのお嬢さま、途中随分と速度上げてたけど。バテてるんじゃ……?」
陸璃くんの言う通り、それも有り得る。登れるからと速度を上げすぎてしまうとやはりそうなるのだ。
「お、あそこじゃないか?」
鳴砂が指差した方向に見慣れた二人組がいる。織姫さんは小椅子に腰掛け、直斗さんが背負い鞄をひとつ地面に置き、もうひとつ……色的に織姫さんの分かな?持ってあげいるようだ。
「スグ、やっと見付けた」
「鳴砂?ああ……悪い、ちょっと俺も苦しくてな」
「そりゃぁ速度上げたらそうなるぞ」
武術の鍛錬は積んでらっしゃるだろうが、いつも山登りをする面子ではないからなぁ。
「いいからとりま荷物は置けよ」
鳴砂が織姫さんの荷物を直斗さんの手から取り地面に置こうとする。
「ちょ……っ、やめてよ!汚くなるじゃない!……ハァ、ハァ……」
息が上がりながらも織姫さんが怒鳴ってくる。
「おい、織姫」
直斗さんが嗜めようとするが。
「土がつくわ」
思えば小椅子にも布が敷いてある。毛羽立っている切り株とかなら分からなくもないが。
「だから何だ。山なんだから当たり前だろ!スグが息上がってんのは体力配分も考えず登ったお前のせいなのに、その上荷物まで持たせるなんてどうかしてるぞ」
鳴砂のガツンとした言葉に織姫さんがビクンと肩を震わせ、鳴砂が容赦なく織姫さんの荷物を地べたに下ろす。
「スグ、あっちで紅鳶たちが敷物敷いてるから。あっちで休もう」
「ありがとう、鳴砂」
「そんな……直斗さま」
織姫さんが悲痛そうに告げるが。
「いいから、アンタはこっちに座ってな。一華、こっちは頼めるか?」
「ええ、もちろんですわ」
「おむすびはここでみんな食べてくから……スグが持ってる分は……」
鳴砂が直斗さんの荷物の中からおむすびを取り出し一華に手渡す。
「俺たちは行くぞ。スグ」
「……ああ」
鳴砂が直斗さんの荷物を持ち、お兄ちゃんたちの元へと向かう。
「うう……」
織姫さんはひとりきりで不安そうだが。
「とにかく、水分と栄養を取ってください」
「私たちもおむすびを食べますから、あなたも」
一華がおむすびを差し出す。
「……」
「織姫さん」
「な、何よ」
「こうなったのはちゃんと食べないからですよ」
「……何を言ってるのよ」
「山を登るってことは常に体力を消耗してるんです。だから食べないとこうなるし、さっきみたいに速度を上げてしまうとさらに疲弊してしまうんです。それを追いかけていった直斗さんもです。織姫さんにとって直斗さんは大切な婚約者じゃないんですか?」
「その……っ、大切に……決まってるじゃない」
「なら食べてください。私たちも食べますから」
そう告げ、背負い鞄を下ろせばそのまま地べたに腰掛けおむすびを取り出す。
「では私たちも」
「そうだね」
一華と陸璃くんも荷物を下ろしおむすびを取り出していた。
「あ……あなたたち、端ない……っ」
「山なんだからこう言うこともあります」
「まぁ地面が濡れていたら敷物も敷きますが」
「なず兄たちのところに行ってもいいけど……その間アンタひとりだよ」
最後の陸璃くんの言葉に、織姫さんが沈痛そうに俯く。
「その、織姫さんも食べてください。食べ物を粗末にすると罰が当たりますよ」
「なら……今がその罰ってこと?」
「……食べればチャラです」
「……分かったわよ」
そう言うと織姫さんが少しずつおむすびに口を付ける。
よし、私も。
「ん……美味しい!お豆腐のからあげだ」
「雛のは豆腐?ぼくは野菜あげ」
「そっちも美味しそう」
「なら今度、登らない時にも買いに行こうよ。個別に注文できるしさ」
「いいかも!そうだ……一華のは?」
「はい、鶏肉ですわ」
「えー、いいなぁ。当たりじゃん」
陸璃くんが羨ましがる。やはりお肉が当たると当たりなのか。
「織姫さんは?」
「……鶏肉ですわ」
「運、ちゃんとついてるじゃないですか」
「……本当なら直斗さまが食べるべきなのに」
「それでも運んでもらったんだから、味わうのが礼儀ですよ」
「……そうね。その……私」
「……?」
「あなたのこと何も知らない、本当に知らないのに。責任を押し付けるようなことを言った。それなのに、何で……」
「……その、私も言いすぎたと思ってますし」
「……あなたと異母妹って、どういう関係なの?」
「そうですね。姉妹として育ったことなんてありません。いつも優遇されるのは美百合の方だし、家では薙斗さんの婚約者の美百合が一番権力を持って好き勝手に振る舞ってました。私の本当の兄妹は血の繋がったお兄ちゃんたけです」
「その……お兄さんは」
「さっきの……銀髪の鬼の、紅鳶です」
「……種族が違うわ。鬼と人間が子を成せば鬼しか生まれない。人間が生まれるためには人間同士じゃないといけない」
「そうなる事象がひとつ、ありますよ」
「……直斗さまが言っていた……鬼がどうして鬼になったかの話」
薙斗とは違い、直斗さんはきちんと話していたようだ。薙斗も話してはいたかもしれないが、美百合が素直に聞くとは思えないもの。
現に知らないようだったし。
「お兄ちゃんは一度死んで、鬼になりました。お兄ちゃんがいると、後妻……美百合の母親の息子が跡継ぎになれないから」
「……っ」
「それでも私は女だから……どこかに嫁がせて家に結納金を入れるためだけのために生かされました」
「その、それであなたは忌み鬼に嫁いだのよね」
「ええ。まぁ結納金とかそこら辺は全部お兄ちゃんに受け取ってもらいましたけど。私の家族はお兄ちゃんだけだったから」
「……ごめんなさい」
「織姫さん?」
「私、そんなことを知らなくて。私は……最低な女よ」
「そんなこと……」
「いいえ……あなたは聞いてる?うちの実家がああなたの実家にしたこと」
「……いえ、特に」
金銭的にかなり苦しくなっている……と言うのは分かったが。
「御堂家は鬼目の嫡男の花嫁が柊木家から出たことを怨んでる。だから美百合さんが問題を起こし、薙斗さまが追い詰められたのを狙って……金銭的に追い込んだのよ」
「……そうだったんだ」
それで父親は金策に躍起になっていたのか。恐らく鬼目からの予算も止められていたろうし、あの後妻たちの贅沢にも金を回せなくなっていたはず。
「私もそれを止めなかった。柊木家は没落間際よ」
「……その、それは別にいいです。私もお兄ちゃんも今は鬼塚家のものなので」
「あなたは私が最低だと思わないの?」
「最低なのは柊木家の方なので」
「割り切っているのね。あなたは実家から訣別していたのに……私は無理矢理それで責めようとしてた。浅はか過ぎたの」
「知らなかったんだから仕方がないことですよ」
「こんな私を許してくれるの?」
「……怨む理由なんて、ないですから」
「……」
「だからこれから山頂まで歩く時はみんなと速度を合わせて、みんなの速度が速ければ合わせるので言ってください」
「分かったわ。もう迷惑はかけられないもの」
織姫さんも素直にはなれなくても自分でもちゃんと分かっているのだろう。
「お菓子も食べてくださいね。たくさんあるので」
「……くれるの?」
「お互いさまですから」
「……ありがとう」
幾つか市場で買い貯めておいたものを織姫さんにも手渡せば、少しスッキリしたような表情で薄く笑んだ。




