【32】口無し山
――――side:雛
遂に梔子山に登る日がやって来た。
「忘れ物は大丈夫か?」
「昨日寝る前にしっかり用意したよ」
「上出来だ。それじゃ、直斗たちとは梔子山の麓で合流することになってるからな。俺たちも早速行こうか」
「うん!」
いつもの面子と忌面衆たち。各地の山々を登ってきたから今ではみんな和気あいあいとしている。
「梔子山の近くにおむすび屋さんがあるんだ。予約してあるから、受け取りに行こう」
「わぁ、おむすび屋さん!うん、楽しみだね」
「ああ、色んな味があるからな」
外に出ている看板を見れば確かに。変わり種の具もあるようで美味しそうだ。
「普段も予約してるの?」
「大人数の時はな」
確かに今日は15人ほど集まったものね。
「お待たせ」
お兄ちゃんが忌面衆たちとおむすびを受け取ってきてくれた。
「直斗さまたちに渡す分もあるよ。それは俺が持つから」
「ありがとう、紅鳶」
鳴砂が自分の分を受け取りながら頷く。
私も自分の分を受け取り背負い鞄に素早く収納し背負い直せば、再び一行は麓へと向かうことに。
「何だか賑やかだね、鳴砂」
「ああ。秋だからかなぁ。登る地元民も多いとは思うが」
「だけど何だかそう言う感じではないような気がするけど」
とお兄ちゃん。
「怒号と言うか、騒ぎのような……」
一華の言う通り、近付くに連れてそれは怒っているような声に聴こえる。それに何だか聴いたことのある声のような。
「ちょっと見てくるか」
「うん、鳴砂」
私たちも騒ぎを見に行く。
「何があったんだ?」
「え?ああ……何だか男が暴れているとかで」
鳴砂が見物人に問えばそう答えが返ってくる。
「山の管理人側も憲兵を呼んだらしい」
「それでこの騒ぎに……」
鳴砂の視線の先には憲兵隊と……取り抑えられる見覚えのある顔。
その手には……スコップ?
「は……放せ!ここに刀が埋まっているはずなんだ!それを売れば少しは金になる!」
……ん?刀?
「いい加減にしろ!勝手に山を掘り起こすな!」
「管理人から通報が入ってんだよ!」
憲兵たちに抑えられながらも暴れるその男が私を見る。
「……雛」
「……」
もう名前も呼ばれたくないのだが。この生物学上だけの父親には。
それに金になる……とは?よほど金に困っているのだろうか。後妻が贅沢をやめないのか、それとも美百合……?たが美百合には薙斗と言う金蔓がいるはじで、鬼目家から予算が出ているはず。
もしかして度重なる問題行為で予算すら没収されたのだろうか。
「雛……!お前、何故ここに……っ」
「何故って……その、登山」
「登山だとぉっ!?お前のせいで実家が大変なことになっているのだ!うちは火の車だ!」
「わ……私のせいって?」
「お前の嫁ぎ先が結納金を払わないから……っ」
「その文句なら夫の俺が聞くが」
鳴砂が父親を睨む。
「この……お前、忌み鬼か!」
その言葉にその場の鬼たちが反応する。憲兵の鬼たちもだ。
そう言えば……屋敷の前で遭遇はしたもののちゃんと紹介したことがなかった。あの時はお義父さまが対応してくださったから。
――――まぁ紹介する義理もないのだが。
「忌み鬼のくせに!面をしていないだなどと何事だ!」
いや……今は儀式の季節じゃないし、風が強いわけでもないから必要ないのだが。
「どうでもいいだろ?そんなこと」
鳴砂はケロッとしながら答える。多分周りの鬼たちからの殺気がすごいから敢えてそうしているのだろうが。
「そして結納金は払うべきものに支払った。雛の家族にな」
「だからそれは私で……」
「雛、どうだ?」
鳴砂が私を見る。
「うん。私の家族は今も昔もずっとお兄ちゃんだけだよ」
「譲は死んだ!たからこそ受け取るのは……」
「殺した、の間違いでしょ?」
その時、お兄ちゃんが私の隣に立つ。
「……ひっ、な、何で……っ」
父親が尻もちをつき脅える。
「ここをわざわざ掘り起こしに来た……それが何よりもの証拠だ」
鳴砂がビシリと指を指す。
「そ……それは」
父親が狼狽える。
「だ……だとしても生きてるはずが……そ、そうだ、帯があった!埋めたはずの場所に帯が!」
今……自白しなかった?
「お前は知らないのか」
「……何だと?若造!」
鳴砂の言葉に父親が噛み付く。よくもまぁ……鬼たちの殺気に囲まれながらよく言う。
「人間と言うのは怨みを持ちながら死ぬと……時折鬼となって怨みを晴らしに戻って来ることがある。こんな風に」
「お探しの刀はこれかな?」
お兄ちゃんが刀の刀身を抜く。
「し……知らない!どの刀か本物かなんて!」
取り敢えず売れればいいと踏んだのか。
「だがここまでのやり取りであんたの犯行は明らかになったも同然だ」
「……え?」
父親が呆けたように鳴砂を見る。
「忌み鬼が怨鬼たちを封じ、保護するだけだと思ったら大間違いだ。例え怨鬼に記憶がなくとも、証拠があるのなら俺たちはお前のようなものを牢送りにする」
「は……?」
「鳴砂さまが仰るのでしたら」
憲兵の鬼が対応する。
「ああ。調書なら本部に送っているはずだからそもそも捜査中のはずだ」
「そうでしたか。こちらも手間が省けます」
そう言うと憲兵たちが父親に手鎖をかける。
「その、鳴砂。いつの間に……?」
「保護した時にも一応届け出は出しているが。紅鳶の記憶が戻った時点で詳細を送ってる。恐らくもう決定的な証拠が揃えばしょっぴく手前まで来ていたと思うぞ」
「そうだったんだ……」
最後に手鎖に繋がれ連れて行かれる父親を見る。
「雛、お前、育ててやってろう!親に恩義を返そうとは思わんのか!」
「あなたに返す恩義なんてありません!」
ぴしっと告げれば、父親が力無く項垂れる。
「くそ……くそぅ……っ」
とにもかくにも、あの人がお兄ちゃんを……。
「お兄ちゃん」
「ごめんね、雛」
お兄ちゃんが私を優しく抱き締める。
「全ては話せない」
「それでもいいよ。これであの人の罪が明るみになったなら。それに……お兄ちゃんはこの山に……」
「そうだね。たけど……ここは鳴砂に拾われた場所だから」
「……」
「俺たちにとっては自分の忌み鬼に拾われた場所が生まれた場所で、大切な記憶の始まりなんだ」
多くの怨鬼には記憶がない。記憶が戻ったお兄ちゃんにとっても鳴砂との出会いは変わらず大切なもの。
「それに今日は雛とも登れるんだ。また大切な思い出が増えるのが嬉しいんだ」
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんにとってはここでの辛い記憶よりも鳴砂に拾われた記憶やこれからの思い出の方がよっぽど大事なんだよね。
それは……私にとっても同じだ。
「うん、楽しもうね」
「ああ。もちろんだ」
平静を取り戻した麓では再びひとびとがバラけ始めている。
先ほどの騒動を見た鬼たちからは時折鳴砂がありがたがられながら、直斗さんたちとの待ち合わせ場所に向かう。
「おーい、スグー!遅れてすまん」
鳴砂が手を振れば、直斗さんが気が付いて手を振る。
「ちょっと一騒動あったもんでな」
「さっきそちら側が騒がしいと思ったけど、巻き込まれてたのか」
「うーん、と言うより首を突っ込んだ?」
「……お前はもう」
直斗さんが苦笑する。
「それで、そっちも準備はちゃんと万端みたいだな」
「うん、まぁ。たけど……」
直斗さんが隣の織姫さんを見やる。
「わ、私はその……」
「織姫、本当に辛いのなら無理する必要もないんだぞ?俺たちだけで……」
「……」
織姫さんはキッと私を見る。
「わ、私も登れます。これくらい!」
明らかに慣れていなさそうなのだが。
ええと……対抗心、みたいなものだろうか。
「何か感じ悪いよね。睨み返す?」
「こら、陸璃」
鳴砂が陸璃くんを手で制する。
「まぁ何にせよせっかくみんなで登るんだ。楽しく行こうぜ。あとこれ、スグたちの分のおむすび」
お兄ちゃんから受け取ったおむすびを鳴砂が手渡す。
「ありがとう、鳴砂。織姫、織姫の背負い鞄にも……」
「これ以上ものを入れるのですか?また重くなるのは嫌です!それに頼んでませんわ!」
「……分かった。俺の方に入れるから」
直斗さんが自身の背負い鞄におむすびを2人分収納する。
「平気か?スグ」
「まぁこれくらいなら軽いし」
直斗さんは平気そうだからいいけれど。
「何かやな感じ」
陸璃くんが呟く。
「まぁまぁ、織姫さまも初めてみたいですので」
そう優しくなだめる一華も、心中は穏やかではないようだ。
「何事もなければいいのですが」
「……だね」
相変わらず、溝は埋まらないままである。




