【31】秋の登山
更新お待たせしました(6〜7章まで順次更新します)
――――都ではすっかり山々が秋めいている。
「山に紅葉を見に行くのもいいなぁ」
ふと鳴砂が呟く。
「そうだね。山の上はすっかり紅葉してるもの」
「ああ。北部なんかは山間の村に行く以外は入山規制が敷かれる時期だが……都ならまだまだ登山が快適な時期だからなぁ」
「この付近の山だと……」
鳴砂にもらった地図を広げる。
「この間行った飴山……それから、梔子山……?」
ここが飴山と同じくらい近いのだが。
「……そこは」
鳴砂が口ごもる。
「そう言えばお兄ちゃんの苗字は梔子で、お兄ちゃんは梔子山で鳴砂に拾われたんだよね……?」
「ああ……そこは昨年まではよく行っていたんだが……」
「何かあるの?」
「……そうだな。まずは紅鳶に聞いてみないと」
「お兄ちゃんが拾われた場所だから?」
「それもあるんだが……」
何やら話しにくい話題があるのだろうか。
「とにかく、紅鳶に聞いてみよう」
「う、うん!鳴砂!」
※※※
早速2人を探しに行けば聞き慣れた声がきこえてくる。
「そろそろあの季節ですわね」
一華の声である。
「ああ、そうだね」
お兄ちゃん!
「俺のことは気にしないで。もし鳴砂が行きたがるのなら俺も反対しないよ。俺はここで……」
「よろしいんてすの?昨年までは鳴砂さまにべったりでしたのに」
「いや、べったりってわけじゃ……」
「過保護だし妙に懐いているし……あ、それは雛さまにもでしたわね」
「……それは」
うーん……?お兄ちゃんは確かに過保護だと思うけど。懐いてる……?一華視点からすると逆……なのかな?
その時、お兄ちゃんがこちらに気が付いたようにハッとする。
「……いつから」
「その、ごめん。盗み聞きするつもりでは……」
「いやまぁ、ちょっと用があって紅鳶を探していたんだが」
「俺を……?」
「ああ。その……この時期はいつも梔子山に登ってたろ?」
「……!そ、そうだね」
お兄ちゃんの歯切れが悪い。記憶を取り戻したことで何かを思い出してしまった……と考えるのが妥当だよね。
「その、お兄ちゃん。無理はしないでほしくて」
「雛……」
お兄ちゃんは少し考え込むようにしながらも顔を上げる。
「雛と鳴砂が行くなら俺も行く」
「いいのか?紅鳶」
「ああ。俺も逃げてばかりじゃいられないから」
南部では一華と氷雨さんも自分たちの過去と向き合ったからだろうか。お兄ちゃんはどこか決心したように告げる。
「それにその、あそこは……鳴砂に拾ってもらった大切な場所だから」
そうだよね。お兄ちゃんにとっては生前の辛い思い出と同時に、鳴砂と出会った場所なのだ。
「だから俺も行くよ」
「分かった。ならまたいつものメンツと立候補者と一緒に登ろう」
「うん、そうだね」
そしてお兄ちゃんの思い出が楽しいもので塗り替えられてくれるように。
「それに山頂には今の時期にはもってこいの名物料理があるんだ」
「名物料理?」
「そうそ。すっごい旨いからさ。楽しみにしていてくれ」
「う……うん!」
梔子山にはどんな名物があるのだろうか。何だかそれも楽しみである。
※※※
こうしていつものように街に買い物に出掛けた私と鳴砂、お兄ちゃんと一華。
「せっかくだし鬼目にも寄って行くか」
「そんなに気軽に行っていいものなの?」
「いや……俺にとっては直斗の家だし」
そっか、友だちのお家に行くだけだものね。
鬼目家を訪れれば、早速直斗さんが顔を見せてくれた。そして隣にいる女性は……。
「雛は初めてだったか。直斗の花嫁の織姫さんだ」
「よ、よろしくお願いします!雛です」
「え……ええ」
何だろう?どうにも歯切れが悪いような。
「織姫、雛さんは大丈夫だ」
「……その、でも直斗さん」
織姫さんは戸惑いながらも私を見る。一体どういう事だろう?
「織姫さんは美百合のことを気にしているんだろう」
鳴砂の言葉で思い出す。そう言えば……美百合は織姫さんに大層失礼なことをしたのか。
「あの」
「は……はい」
「私と美百合はもう何の関係もありませんので」
「だけどその……異母姉妹だと」
「だから何です?異母姉妹なら何でも責任を負えと言うことですか?なら直斗さんは薙斗さんの実の弟ですから今まで私が薙斗さんにされたことの責任を負ってもらいますけど」
「え……っ」
「織姫、それは……」
その言葉に直斗さんがあたふたする。
「たけど薙斗さまは直斗さまに散々酷いことを……なのにあなたは直斗さまに責任を負えと言うことですか!?」
「あなただって同じですよね!」
「……っ」
「まぁまぁ、落ち着けお前ら」
鳴砂が間に入ったことで直斗さんも織姫さんを下がらせる。
「つまりはお互いさまだってことだし、本人たちがやったことなら本人たちが責任を負うべきだ。薙斗と美百合がな。そうだろ?」
「……私は、私は納得できません!」
織姫さんが憤る。
「あなたは直斗さまの苦労を知らないからそんなことを……」
「あんただって雛の苦労を知らないだろ。雛のことを何も」
鳴砂の冷静なひと言に織姫さんが黙りこくる。
「だからって……」
「織姫」
直斗さんが織姫さんをなだめようとするが、彼女は納得できないようだ。
「ならこうしよう」
「鳴砂?」
直斗さんが首を傾げる。
「山に登る!」
「は?」
「はい!?そんなの無理です!」
織姫さんが悲鳴を上げる。
「いや……梔子山だし。あそこは子連れでも登れる簡単な山だぞ。問題ない」
「それはその……俺もお前について行ったことはあるが」
直斗さんも鳴砂と……?
「それじゃ、行程は後で屋敷に届けさせるから。お前と花嫁の分、ちゃんと装備を用意しておけよ」
「それはその……分かったが」
直斗さんが織姫さんを見る。
「わ、私が山登りなんて……」
織姫さんはふるふると震えている。
「織姫のことは俺が説得する」
「じゃー、そう言うことで」
鳴砂はニカリと笑うと、直斗さんが織姫さんを連れて屋敷に戻って行く。
「鳴砂、いいの?」
「ああ。あの山なら直斗なら普通に登れるし……あの深窓のお姫さまは分からんが一緒に登れば登った分だけ分かり合うこともある」
「その……」
「忌面の鬼たちも最初から仲がいいわけじゃない。馬が合わないヤツだっている。だから一度手近な山を登らせるんだ」
「ええと……ごめんなさい。私がその、攻撃的になってしまったかもしれない」
「それでも雛が美百合のしたことについて織姫さんに謝るのは違うだろ?引け目を感じるのも違う」
「……それは」
「怒っていいんだ、ああいう時は」
「鳴砂」
「あんまり気に病むな。雛の怒りは当然のものなんだからさ」
そう言うと鳴砂はなでなでと頭をなでてくる。
その手の温もりにすうっと怒りが鎮まっていくのを感じて、自分が怒っていたのだと再認識する。そしてその微笑みに、深い安堵感を覚える。
「それじゃ、人数が増えた分買い物も済ませようか」
「うん」
私たちは早速市場へと向かう。
※※※
――――side:紅鳶
あの子があんなにも怒ったのを初めて見た。
「雛さまは逞しくなられましたわね」
「一華……?」
「当初はあのように感情を表に出すこともありませんでした」
「……俺も雛も生きていくので必死だったから。波風を立てないよう、俺は雛を守るために。雛は俺のために」
「兄妹で支え合って生きて来たのですものね」
「ああ」
「その事情を知らぬものならば、織姫さまのお考えも分からなくもありません。第三者から見れば雛さまと美百合とやらは異母姉妹ですもの」
「異母と言うだけだ。雛の兄妹は俺だけだよ」
「私もそう思いましてよ。それから……」
「一華?」
「知っておりまして?織姫さまのご実家の御堂家は大層な大豪商」
「……美百合の婚約が決まった時、そんな話を聞いたよ。こちらは格下のくせに嫡男に選ばれあちらは次男に選ばれた」
「お相手の家としては面白くありませんわね」
「ああ……だから直斗さまは重圧を受けて来たし、どうして次男なのだと嫌味を言われることもあったらしい。鳴砂から聞いたよ」
「まぁ。生まれる順番なんて本人たちにはどうしようもないというのに」
「あの言い方、織姫さんもそのことを知っていたのかもしれないね」
「だとしても、雛さまへの態度はどうかと思います」
「俺も雛の兄として言い返そうかと思った」
「でも思いの外、雛さまは強くなられた」
「兄としては複雑な心境だよ。でもだからかな……俺も梔子山に登る覚悟は完全にできた」
「ならば上出来ですわ」
俺たちは雛たちに遅れないよう後に続くのだった。




