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50 帰還(3)




双方の陣営のさらに奥にはブナ林が広がる。

そこへ鳥たちが、人間は何をやっているんだというふうに大群で集まってきた。人が集まれば、食べ物のおこぼれが出るのをよく知っている。それにしても尋常でない鳥の数だ。

両端には何百何千の兵隊が並ぶが、ここから見えない位置に万の兵が待機しているのかもしれない。あの鳥たちからは見えるのだろうか。



衆人環視のなか、旗の合図で私は一歩進む。街道の反対側のアルさんも進み始めたようだ。

私は銀張りされた深い盆を両手で持っている。その中には宝珠がある。適当にかき集めた鉱石や王冠らしいが「乱戦になったらその辺に捨ておいて良い。銀盆のほうがまだ役に立つ」とのことだった。

街道を渡る時に、武器を持たないようにノルドから言われており、王太子は念の為の防具として鋼の銀張りにするか、言いつけ通りに木製の銀張りかで迷っていたが、鋼の盆が防具ではなく武具判定されるとややこしいなと木製になった。しかしその選択は正解だった。



中央の円形に膨らんだ地点まできた。私のほうが少し遅かったが、アルさんが静かに待機してくれている。


「ミラ殿。あと半分です。お気をつけて」


言いながらアルさんは敬礼をするふりをして、両手に持つ銀盆を傾けた。豪奢なネックレスや鉱石、工芸品に混じったその中に、あの素朴な四角い木の箱も入っているのを確認する。こちらから見える彫りはフクロウだろうか。

私は、涙目になりながら首をぶんぶんと縦に振り、同じく礼をした後「お気をつけて」と声をかけた。アルさんも私の様子で持ち帰る物が正しい品とわかり安堵したようだ。



ランベルト側にいったんは背を向けたが、名残惜しくて少し振り返った。振り返ってはいけないとは言われていない。しかし振り返ると、ランベルト側に禍々しい空気があった。アルさんはふつうに歩を進めている。見えないのだろうか。

とりわけ雰囲気の澱んだ場所で、戦場に似つかわしく無い少女が何やらひとりの兵士に囁きかけている。何だあれはと思った瞬間、その方向から矢が飛んできた。私は銀盆から手を離し、咄嗟に両腕で顔と頭を防御する。盆と宝珠がガシャと石畳に落ちる音が響いた。

その音でアルさんが振り返った。私を助けようと引き返そうとするが、アルさんはその手に神璽を持っている。


「アルさん、駄目!行って!走って!お願い!」


瞬間、アルさんが稲妻のようにランベルト陣営に向かって駆け出した。私はその場でうずくまる。みな何が起こったかわからない様子でしんと静まり返っていたが、ひと呼吸の後、状況を理解しないまま両陣から地鳴りのような怒号が響いた。

ノルドからは街道を駆け抜けるアルさんを狙う矢が放たれ始める。それを見て、ランベルト側も応戦する。


私の肘には矢が刺さっている。ちょうど甲冑のない関節部分だ。

あの距離でここまでぐっさりいくなんて、めちゃくちゃ弓の名手じゃん、と他人事のように思った。だがあの少女は一体なんだ?ここからでは顔はわからないが、もしかして元王太子に侍っていたあの美少女だろうか。


私は姿勢を低くして、街道に突起している飾り柱まで避難する。銀張り盆を矢避けに頭の近くにかざす。中央部までなら矢の威力はそれなりに落ちるから、銀盆でも十分に防具になる。


さてどうやってノルドまで走ろうか。下手すると近距離で放たれた味方の矢で致命傷、なんてこともあり得る。それぞれの陣営が今よりも近づけば弓矢ではなく銃撃戦になる可能性もある。

アルさんはランベルトの元近衛アルドリック副長だが、私はノルドからしたら名無しの移民の立場である。あの軍勢に気遣われる気が全くしない。


ふいにランベルト側から大歓声が上がった。恐らくアルさんが着陣したのだろう。良かった。アルさんの人望は相当に厚かったようだ。神璽の本体も手渡っただろう。これで世話になった王太子にも義理立てができた。壊れていて損害賠償とかないといいけど。


アルさんが戻ったせいなのか、途端に飛び交う矢の威力が上がり始めた。何事かと見やるとノルド陣営が前進し始めている。それを見て、ランベルトも前進し始めた。ここで戦況が落ち着くか夜になるのを待とうと思ったが、その線は絶たれた。


戦場のど真ん中で死ぬのかな、私。


諦めかけたその時だ。死神のように何千という鳥が上空を旋回し始めた。その膨大な羽音に気取られて、戦場が一瞬だけしんとなる。そこへよく響く美しい声がこだました。



『武器ある者、鳥渡るまで動くな!!』



声のしたほうを見ると、それはノルド陣営から前に飛び出した鎧の戦乙女だった。私は目を見張る。馬上から垣間見えるその美貌はベルナデット様だ。

その声が戦場に広く響いた後、時が止まったように両端とも固まっている。


「ミラ!走れ!」


レオンの声だった。私は肘の矢を押さえてノルドに向かって走り出す。走る衝撃で矢が動くたびぐりぐりと肘が痛むが、あそこで失命するよりかはマシだった。


レオンも馬でこちらに向かって駆けている。合流すると、レオンは私を馬上に担ぎ上げた。矢が刺さったままの肘からダラダラと血を流しているのを見ると、怒りの炎が目に浮かんだ。

「違っこれは」

「後だ、時間がない」

抱き抱えられるようにして私が鞍の前に収まると、馬はその場で半円を描き、ノルド陣営まで全速前進した。


大群の鳥たちは頭上で2回旋回すると、昔は流れていたであろう川の上流に行き先を変えた。

さざなみのような羽ばたき音が次第に遠くなる。両陣営から再び、わっと怒号が飛び交い始める。


レオンは馬の駆ける速度をまったく止めないでノルド陣営に突っ込んだ。街道近くに陣取っていた者たちは散り散りに左右に逃げる。陣中を全力で走り抜け、勢いをつけたままブナ林近くまでくると、馬はやっと減速を始めた。


「ありがとう、よくやった」


レオンは馬を撫でながら声をかける。

その優馬は木立の脇でようやく止まった。レオンは私を抱えながら、馬から降りる。


レオンは自分の膝に私の頭を乗せ、片手で私の肘を抑えて止血する。私と目が合うと愛しげに名を呼んできた。


「おかえり、ミラ」

「あ、レオンだ」


私は思いのほか、失血していたのだろう。頭が回っていなかった。いつも心の中では勝手に呼び捨てしていた。それがそのまま出てしまった。


「はい、レオンです」


穏やかに優しく返された。なんで敬語と思って、私はちょっと笑ってそれから気を失った。





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