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51 最終話


目を開けると、見覚えのある天幕の天井だった。

あの温泉のある野営地、レオンと初めて会った場所で使われていた天幕と同じ造りである。毛布に挟まれて私は寝かされていた。


「ミラ、気がついたか」


そばに腰を下ろしていたレオンが気配に気づいて私を見る。

起き上がろうとしたが左腕がひどく痛い。肘下に木の板を添えて布でぐるぐる巻きにしてあった。矢はもう刺さっていない。


「戦況は?どのくらい時間経ってる?」


つい素で聞いたらレオンが目を丸くしていた。


「あ、あ、すみません」

「いや、いい。いつもそのように話して欲しいくらいだ」


怪我をしていないほうの私の手をそっと握ってレオンは答える。


「ミラが倒れてから1日と少し経っている」


1日。


「あの後、すぐにこちらが兵を引いて小康状態だ。ここは戦地からほど近い野営の天幕で」


みんなは助かったのだろうか。みんなの中にはランベルトの人たちも含まれる。でもノルドでそれを聞くわけにはいかない。

表情を見てとってレオンは答えてくれる。


「残念ながら双方に死傷者は出た。しかしこの国境戦の規模からすると、ずいぶんその数を抑えている。ミラの働きに感謝する。いろいろと耳に入れてくれたんだろう?ランベルト王太子殿下も、アルドリック殿も無事だ」


私の聞きたかったことを添えてくれた。ただすでに死者が出ていると知り、意気消沈する。


「書簡と密使で今日も何往復かしている。王太子殿下も私も、今回のことは小競り合いに収めて終わらせるつもりだ」


私は聞こうかどうか迷っていることがたくさんあった。

けれど聞いていいのかどうかわからない。



「ミラ、私は神だの女神だの、今まで露ほども信じないまま生きてきた。まじないにしても、始めは奇術や麻薬を使った細工なのではと心の隅で考えていた。渡りという現象にも半信半疑だった」


レオンは深呼吸してから続ける。

「だが今は、人ならざる者の存在を否定できない」



「話が長くなりそうだから、先に薬師を呼ぼう。目覚めたら声をかけるよう言われている」

レオンが立ち上がろうとしたので、私は握られていた手を強く握り返して引き留めた。レオンのアイスグレーの目をじっと見つめる。戦地を経験したせいか、私はずいぶん不安になっていた。だって、次に目を開けたとき、この人は世にいないかもしれない。



「ミラ、まずは止血を優先しないと」

「お願い、レオン」


名を呼ぶと、レオンはすぐさま私の唇を塞いだ。肘で体の重みを支えながら、私に覆いかぶさるようにして体を沿わせる。


「ずっとその呼び方がいい」


浅く、優しく、柔らかいキスを何度もされた。怪我を気遣ったのか、あまりに甘くて、いやもう具合悪くなってもいいから、このままキスをもらい続けたい……などとくらくらしていると、天幕の外で明るい声がした。


「定期巡回です。開けますね」


ちょっと待ってくださいという隙もなく、天幕の入り口がスッと開かれる。私はずっと昏睡状態だったわけだから、返事が無いまま開けた薬師を責められない。


「ひィィィィィ!!すみ、すみません!!」

「どうしました!?…………閣下ーーー!!」


開かれたカーテン布から、薬師の赤面した顔と、駆けつけたリュシアンの懐かしい顔が覗いていた。





私は薬師の処置を終え、レオンはリュシアンのお小言を終えて天幕に戻る。私はまた毛布の上に横になる。


「経過はどうだ」

「機能的には戻りそうです。跡は残るだろうと」

「私が不甲斐ないばかりに」

「そんな、あの状況で命があるだけ有難いです」


レオンは私の怪我をした左手の指先だけそっと触る。


「レオン様は怒られました?すみません、私のせいで」

「いや……それは別に」


レオンはじっと私を見た。


「さっきみたいなのがいい」

「はい?」

「昨日みたいなというか」

「ああ……」

「二人の時だけでも」

「レオンはこれがいいの?」

「はい」

なんだか新たな扉が開いていないか。どうしたんだろう、戦場で頭でも打ったんだろうか、と思いあぐねて私はハッとひらめく。レオンはまたお母様を思い出して……。


「母上ごっこではないよ」


違ったみたいだ。じゃあシアンに扮している時期があったせいだろうか。


「シアンが癖になっているのでもないから」


レオンは私の頬を両手で挟む。


「皆が知らない、私だけのミラが欲しいだけだ」

そう言ってレオンは顔を傾けながら近づける。



「ずいぶん、お好みが強い男なんだな」

艶やかな声がしてギョッとする。咄嗟にレオンの唇を右手で塞ぐ。


「さっきも声はかけたぞ」


私は恐る恐る振り返る。天幕の入り口に人がいる。

しかもそのお姿に電撃が走った。戦乙女がそこにいる。お話ししたいことは山ほどあるのに、私はものすごくどうでも言いことを尋ねた。


「ど、ど、どこから聞いてました?」

「レオンはこれがいいの?、から」


レオンを見ると、また邪魔が入ったとばかりに無表情になっている。私はあまりの恥ずかしさにその場で突っ伏して、毛布に深く顔を(うず)めた。穴があったら入りたい。


「意識が戻ったと聞いて見舞いに来たよ。今日は日落ちでそれぞれ兵を引いた」


ガシャガシャと鎧の音をさせて近づいたらしいベルナデット様が、私の肩をとんとんする。


「ミラ、顔を見せて」


毛布から顔を離すと、片膝をついて目線を合わせ、慈悲深く微笑むベルナデット様がいた。最後に離宮でお茶をして以来だ。私は上体を起こす。


「ベルナデット様、ご尊顔が眩しいです」

「何を言う。そなたこそ私でも血迷うほどに美しいぞ」


何を言われているのか分からなかったが、私とベルナデット様はしばし見つめ合う。

そこへレオンが割って入った。ベルナデット様から引き離すように後ろから私の肩を抱き寄せる。


「ベルナデット様、本日も陣頭指揮をいただきありがとうございます」

「お前、行動に感謝の意がないぞ」


しばらく仲違いしていたらしいが、いつもの調子に戻った二人を私はにこにこと眺める。

レオンはベルナデット様に尋ねた。


「以前、ミラは聖殿でも美しかったと。ベルナデット様にはミラが()()()いるのですか」

「まあな」

「まじないは前王太子様が施したのだそうです」

「じゃあ私のほうが上というわけだ」


目を見開いて驚くレオンに、ベルナデット様がしてやったりと鼻を鳴らす。


「凄かったですもんね、軍神かと思いました」

「あれは私だけの力では無いよ」


ベルナデット様は羨望の眼差しを向ける私を見て、嬉しそうに続ける。


「まだ女神様がウヨウヨいた頃の」

「ウヨウヨ」

「力を借りるため、あの崩れ橋を引き渡し場所に指定した」


女神様の力ってそういうこともできるんだ。素直に感心する私を他所に、レオンは慎重な態度をとる。

「ベルナデット様、それは禁書の内容ですか?」

「そうだな、口が滑った」

そう言って人差し指を口に押し当てる。


「ランベルトで聞いたことにしておけ。どうせ同じことが書いてある」

うわ、ベルナデット様、なかなかの悪である。


「だが、加護はあれど、あそこまで効いたということは皆、戦いはしたく無いんだろうな。本人の意に強く反したことは命令できないんだ」


ベルナデット様の言葉は、戦場の真理でもあり、私の心に静かに響く。「さて」と調子を変えて、ベルナデット様は切り出す。


「王宮から父上の遣いがきた。明朝にはここを離れる」

「もうですか」

「すぐ戻れ、だそうだ。アレの緘口令(かんこうれい)を敷いているが、目撃者がこの数だ。そのうち王宮にも広まるだろう。勝手をして、遠方に嫁がされるのかもしれないな」

「そんな」

「だから会っておきたかった。邪魔をした」

「邪魔だなんて思いません」

私は首を小刻みに横に振った。


ベルナデット様は少し落ち込んだ私の顔を覗き込む。


「また私とお茶をしてくれるかな」

「もちろんです」

「レオンなしで二人でもいいかな」

「淑女の会ですね」

「え……」

レオンが突然の蚊帳の外で悲しそうにした。私は渡し船を出してみる。

「シアンさんなら参加できますか」

「ああそれな、話に聞いたぞ、私も見てみたい」


レオンは「同席できるのならば」と少し戸惑いながら承諾した。


「楽しみだな」

「はい!」

私とベルナデット様は顔を見合わせて笑う。

「そういうことだから。レオン、こんなところで死ぬんじゃないぞ」

ベルナデット様はそんなふうに激励して天幕を下りた。





夜も更けて、天幕には私とレオンのみだ。

私の傷に障るようなことはしないと皆に誓って、レオンは私の隣に毛布を並べている。

頬杖をつきながらこちらを見ているレオンに、出会った日のことを重ねていた。違うのは、レオンの髪がずいぶん伸びていることか。


「ベルナデット様が離脱するから、父上に支援を頼んでいる。指揮官がここからひとつ南の拠点まで着陣したようだ」


少し言いにくそうに、でもはっきりと伝えられた。

「ミラも目を覚ましたし、明日からまた私も前に立つ」



「無事、休戦できたら」

私の左手の指を触りながらレオンはこちらを見る。

「婚約を申し込んでも良いだろうか」


侯爵の妻になることに、以前はひどく重みと畏れを感じていた。なんでレオンは平民じゃないんだろう。貴族でも男爵家くらいならまだ……などと思っていた。けれど今は。


「先に伝えておくと、家からは私の妻の身分は問わないと了承を得ている」


それを聞いて私は安堵する。安堵した時点で、私はこの話を受け入れていることを自覚する。


「いやむしろ元王太子妃なら私には身に余る方なのか?」

「な……やめてください」


「断られたとしても、何度も求婚するから」

「断りませんよ」

「今なんて」


それが10倍返しになるとも知らずに、私は自分からレオンの頬にキスをした。




(本編完)


◇◇


あとがき


最終話までお付き合いいただき、ありがとうございました!


こちらは初回投稿作品となります。

最初の投稿ボタンを押すのに、なかなか勇気が出ず、

1週間くらいかかりました。

無風覚悟のところ、リアクションやブックマークをいただけて

本当に嬉しかったです✨


予定より長くなってきたため本編としては完結し、

いくつか回収したい箇所もあるので、

別視点や後日談を番外編として更新できればと思います。


この後こちらは不定期になりますが、

他のお話も投稿予定ですので、

ぜひ読んでいただけたら嬉しいです✨



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