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48 帰還


『あの、犯人、私かもしれません』



王太子が怪訝な顔をしてこちらを見ている。


「ミラ、私も先ほど気づいた」

レオンが私の震える手を両手で包む。あったかい。

「そんなすごいモノだとは思わなくて。もし壊れていたら」

「大丈夫、ミラの持ち物にあったものはとりわけ大事に保管している」

「でもすでに形を損ねていたら」


レオンは王太子に向き直る。


「殿下、もうひとつの印面は双頭の鷲でしょうか」

「素晴らしい。だが、なぜわかる」


王太子の目がギラギラと光っている。


「目録はすべて覚えていると」

「帰れと言ったが、お前が所持しているなら話は別だ」

「理解しています」

「さすがに1人は残ってもらう」

「仰せのままに」


レオンがそう答えると、王太子はほっとしたように威圧を抑えた。


「難しいな。お前はミラを先に返したいだろう?ミラは1人で取ってこれるのか?」

「私が書状を持たせたとして、相当に時間は要します」

「万機を思えばお前が行くのが妥当だが、私もお前からミラを預るのは怖いのだ」


王太子は腕組みをする。そして、ちょっとそこまで散歩でもしに行くかのように言った。


「憲兵を連れて私が行くか」

「なりません」


はじめてフェリクス様が自ら王太子に声を発しているのを聞いた。それだけに、その案は即時に没となる。



「それぞれの国境ギリギリに野営地を立てて……」

「開戦に見えませんか」

「見えるな」

ははは、と二人は笑うが笑い事じゃない。



「代わりに相応の位の人質を寄越せるか?」

一瞬、ベルナデット様の顔が思い浮かんだが、恐ろしい考えだと頭の中を空にする。何か考え事をしているレオンに、王太子が付け加えた。


「お前の前妻は駄目だぞ」


前妻。その重い響きに気が落ちる。ベルナデット様のことだ。


「なぜ今ここで、わざわざそのような言い回しを」


横目で私をちらと覗ったあと、レオンは苦い顔をしている。この状況でも、王太子はちょいちょいレオンを構うのを忘れない。そして私はいちいちショックを受ける。


「しかしなぜ駄目なのですか」


レオンはまさかベルナデット様に頼み込むつもりだったのだろうか。


「あの王女は同業者だから」

「同業者」

「私と同じまじないだ。しかも何故だか血が強い。あんなもの怖くて国内には留め置けぬ。以前の式典でもさっさと帰ってもらった」

「ベルナデット様が?」

「何だお前、婚姻を結んでおきながら聞いてないのか」

「……」

「元は同じ国だからな、発現することはあるだろう」



その後もああだこうだと案を出しては却下を繰り返す。二人の熱論になかなか入っていけない。私は意を決して大声で「あの!」と声を出す。



「私、残ります」

「ミラ!」

「私の意思で残るんで、レオン様は一筆書いてください。万が一のことがあっても、報復などしないと」

「……」

「やったら化けて出ますからね」

「化け……?」


この世界ではお化けの文化無かったようだ。


「ほら、そうと決まったらすぐ出発して、すぐに戻ってきてください。待っています」

「いや、決まってない。勝手に進めるな」


そう言って怖い顔を貼り付けていたレオンが急におろおろし出した。私は不覚にもぽろぽろと涙を流していたようだ。


「自分の行動で人様に迷惑かけてる時点で、私はどうにも落ち着かない性分なんです。私の祖国の(さが)なんです……持ち帰ってくれるとほんとうに助かるんです。こうしてる間にもシンジがどうにかなってしまったらと気が気ではないんです」


レオンは私を宥めながら狼狽えるばかりで、ついには王太子が意思決定をした。



「ミラには私の左右二人とも付けよう。フェリクスと憲兵のあいつだ。私の守り手が薄くなるのだから聖賓待遇だぞ。それで手を打て。『シアン』はここで療養だな。お前は男の姿でここを出ろ。近衛装備を一式貸してやる。お前にはアルをつける。もとは兄上の側付きだった。人望もあって助けになる」

「アルドリック殿ですか」

「わかるか?元近衛の副長だ。兄上の癇癪で職を解かれたが……考えてみればそれはフェリクスもだな?」

王太子様は少しだけ首を傾ける。

「こうも上手いこと良き駒が落ちてくると、兄上は本当に気狂いしてるのか疑わしいな」





濃紺に銀糸の隊服で身を包み、ランベルト特有のふんわりしたベレー帽を被る。シアンの衣装も良かったけれど、その精悍な立ち姿には、やはり軍服がよく似合う。ノルドの盛装は淡い色合いが多かったから渋色のランベルトカラーは新鮮だ。見惚れるほど美しいこの男は、先ほどまで長椅子でぐにゃぐにゃしていたのが嘘みたいに、背筋を伸ばして手袋を嵌めている。


「ご無事を」

「ミラも」


そういうと私を抱き寄せて、人目も憚らずに口付けをした。


「下で待っているぞ」


王太子とフェリクス様、先ほど挨拶をしたアルさんが目線を外して、部屋を出ていく。

内扉が閉じた音が響くと、レオンの口付けは激しくなった。唇を重ねたまま抱き抱えられ、そっと長椅子に降ろされた。


「ミラ」


さっき嵌めたばかりの白手袋をもどかしそうに外し、指で肌に触れてくる。頬も耳も瞼も。まさかあの時の続きが始まるのか、などと思ったら、再び口付けは浅くなって、レオンが優しく髪を撫でる。


「何か思い残すことを用意するんだ。読みかけの本でも、仕込んだ熟成肉でも。国境隊で皆がよくする遠征時の願かけだ。婚姻書を半分だけ書く者もいる。再び戻るための願かけなんだ」

最後に軽く唇を重ねるとレオンは笑った。

「私のそれはミラだな」





「遅い」


皆の手痛い視線に、レオン様にしては短い方なんですよ…と言いたくなったが恥ずかしすぎて止めた。

私たちへクレームをした王太子にレオンはつーんとそっぽを向く。先ほど以前の婚姻関係を持ち出したことへの仕返しだろうか。要求は呑んだのだからこれくらい許せと言いたいのだろうか。そんなんで不敬罪にならないのかこっちは見ていてハラハラする。しかし王太子はニヤつくばかりだ。



「すぐに戻る。必ず迎えに来る」


そう言って私の手をとり、レオンは手の甲に口付けた。護衛も連れて、10人ほどの近衛隊が聖殿の正門をくぐる。


私はその姿が見えなくなっても、しばらく立ち尽くしていた。




本編外メモ

感情の渦が胸に込み上げてくる。衣類と、いくつかの小物と、本と、小さな箱と。



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