46 本物の神璽(2)
◇◇
王太子は牢まで私を送る。
私と王太子の姿を見ると、貴賓牢の前に立つフェリクスさんが外扉を開けてくれた。
中はなんというか、側妃の部屋よりもずっと豪華だった。二重に鍵がかけられ、入り口が狭くひとつしか無いことを除けば、離宮と呼んでもいいほどだ。
「実はな、大昔に女神様のひとりを捉えて閉じ込めた部屋だと伝えられている。本当かどうかは知らないが」
中側の狭い階段を進もうとすると、王太子が足を止めた。
「私はここで戻ろう。レオンが落ち着いたら、私からレオンにも神璽の話をしよう。お前が話してはいけないよ。レオンが自分で気がつくぶんには障りないが、神璽の姿を語るにも、まじないがかかるのだ。変なものがお前たちに憑いても困る」
フェリクスさんと私は階段を登る。
内扉の鍵を開けてもらい、私が入るとまた厳重に鍵を閉められた。
大きな窓からは円柱に囲まれた空中庭園が見える。ただ窓は嵌め込み式でこの部屋から外には出られないそうだ。
窓際の長椅子に深く座ったレオンは、椅子の背に髪を垂らし、行儀悪く足を投げ出していて、さながら捉えられた女神様のようだった。
「ミラ?」
人気に気づいたレオンがこっちを見る。まるで子犬のように目を丸めて、身体をぴょこんと起こした。私は長椅子まで早足に近づく。
長椅子の背越しにレオンが私の手を取った。私を見上げて心細げに言う。
「こんな私を嫌いになったろうか」
「なりませんよ。でも」
私はレオンの手に自分の手を重ねる。
「ふだんのレオン様も好きですけど、私は意外と総長や領主のレオン様も好きなんだって気づきました」
「じゃあ辞めなくて良かったな」
そんなバイト探しみたいに。と私は思った。
「私はまだ侯爵なんだ、ありがたいことに。私がしくじったら領にも迷惑がかかるのに。皆、送り出してくれた」
レオンは目を伏せる。
「なのにこの体たらくでは……いっそ爵位を降りて欲のままに生きるのも」
「似合いませんよ」
私はすぐにその似つかわしくないプランを遮った。
「誰かのために動いているのがレオン様だなって私は思いますし、そういうところが好きなんです」
レオンの目はまだ虚だった。
この部屋ってなんかあるのかな。私は豪奢な内装を見回す。女神様が何とかと言っていなかったか。レオンがものすごくネガティブなんだが。
「いっしょに帰ろうって言ってくれたじゃないですか」
「私はもう帰れないかも」
「じゃあ、私も帰りません」
「ミラ……」
「いっしょに帰るか、いっしょに残るかの二択です」
レオンは私の小指の爪をつまんで撫で始めた。
「殿下のほうが良くなったのかと思った」
「なんでですか」
「神璽を見たとき二人で目配せをしていただろ」
目配せなんてしたかな。目配せをしたつもりは無いが、あのとき王太子と目は合ったかもしれない?くらいの記憶だ。
「真の形はわからないが、あれは神璽ではないんだろう?」
レオンは上目遣いで私を見た。心臓がぎゅっとなる。
「ミラと殿下を見ていればわかる。だから早く切り上げようと畳み掛けた」
さすがレオンだった。そんな賢い男が、また下を向いて、私の指を撫でながら子どものようにいじけている。
「ミラ、この国では神や教会が関わるから神璽というようだが、私の国では玉璽という。その情報は妻か子にしか伝えない。だから」
レオンはその先を言い淀んで、それから吐き出した。
「ミラは殿下の特別なんじゃないかと思った」
「王太子様は、落ち着いたらレオン様にもシンジについて伝えると言っていましたよ」
レオンはそれを聞いてずるずると深く背を長椅子に預け、訝しげな顔をする。
「私にも?あの方は本当によくわからないな」
私もそう思う。あの王太子は掴みどころがない。でもわかることもある。私もそうだから。私もレオンが好きだから。
「王太子様はレオン様のことが好きなんですよ。耳打ちされた時も、愛を囁かれたのではなくて、恩に着る、って言われたんです。すごく自惚れたこと言いますけど、私が残れば、あなたも自動的に残りますから」
私の自惚れ説に、レオンは少し照れて「そうだな」と言った。
「さっさと帰ろうとするから、王太子様は寂しくなっちゃったんじゃないですか。私じゃないんですよ、本命はあなたなんです。私のこともちょっとは好きかもしれませんが」
「ちょっとでも好きだと困る」
そう言ってまた私の指の爪を撫で始めた。
「私を必ずノルドに返すと言っていました」
「はあ、殿下が嫌な人だったら良かった」
レオンは溜め息をつく。
「殿下は私をお許しになるだろうか」
「罪は問わないそうですよ」
「それは臣下が許さないだろう」
「誠意を見せてはいかがでしょう」
「誠意?」
「ひらたく言うとお金です。ランベルトの国庫はカラだと言ってたじゃないですか」
「面白いなミラは」
「意外とこういう解決のほうが、わだかまりが無いかと」
「確かに此度は、双方痛みわけで賠償金の支払いも無かった」
設えてあった小テーブルの便箋にレオンは何やら計算を始め、私に見せてきた。
「出すとしたらこのくらいか」
「そんなに持っているんですか……」
「その場の流れで桁はひとつくらい足そうと思っている」
絶句。
「ミラ様」
階下からフェリクスさんの私を呼ぶ声がした。
「ちょうど良いですね、王太子様へお取次をお願しましょう」
レオンは不安そうに頷いた。
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