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45 本物の神璽


女の子が差し出した印章を見て、私は王太子を振り返った。

明らかに浮かない顔をしている。


王太子はシンジの形は箱だと言った。ということは。この子はまったく見当違いのシンジを持って逃げていたか。もしくはシンジが箱だとは露知らず、印章の入っていた箱を失くしているかもしれない。


「この娘に聞きたいことがある。決して手を出すな」


王太子はレオンに釘を刺した。苛立ったレオンは王太子に問う。


神璽(しんじ)が見つかりました。ミラをノルドにお引き渡しいただけますか」


王太子は黙っている。


「少なくとも神璽を持ち出した者はミラではございません。嫌疑は晴れました。ミラが持ち出していない証明でも良いと、貴方様はおっしゃいました」

「確かにそう言った」


王太子は私に向き直る。


「そなたをノルドにお返ししよう」


レオンと帰れる。そんな未来があっさり手に入るとは思わなかった。

この突っ込みどころ満載の女の子の存在と、シンジの箱の不存在をそのままに私はノルドに帰れる。果たしてそれでいいのか。

私は王太子に歩み寄った。


「あの、殿下」

「ミラ?」

レオンが怪訝な顔をした。しかし私は続ける。


「最終的にはノルドに戻りたいんですけど……今はランベルトに残ってもいいでしょうか」


「どうして」

レオンは怒りの眼差しを私に向ける。


対照的に王太子はちょっと泣きそうな顔をしていた。初めて見る表情だった。私に近づいて、私の肩を片腕だけで抱き寄せる。それから掠れた声で私に言った。

「恩に着る。必ずノルドに返す」


でもレオンにはそれがわからなかった。

レオンは剣に手をかけた。


どんぐりの紋がついた、王太子が下賜したあの剣だ。刃先を向けたわけではない。ただレオンならこの距離で十分に相手を傷つけられるだろう。


「そこまでにしておけ」

王太子は私から腕を離して、私の前に立つ。

レオンが私を切り付けることは絶対無いし、この人は王族なんだからむしろ私が前へ出るべきでは?と思ったが、それでも当然のように前に出てくるところがやはりこの人の器だ。


「貴方様はミラに何か力を使ったのですか?」

「違います。これは私の意思です」


私は王太子の背中から顔を出して訴えた。

その時の、レオンの絶望した顔と言ったら無かった。

ああ違う、そういうことじゃない。けれどシンジにまつわる内容をこの場で説明できない。


それに。

いつもいつもレオンが私を最優先に考えてくれることは嬉しかった。でもこれがあのレオンなのか。私の存在はあるべきレオンの姿を歪めていないか。

しばらくレオンや王太子と過ごして、今世に疎かった私でも王族や貴族の何たるかが少しずつわかってきた。

彼らは非情でありながら慈悲深いのだ。その二つは絶妙なバランスで調和し、視座高く、命の質量を天秤にかける。


ランベルトのことなど知ったことではない。それもひとつの正解だろう。ただ、あんなに憎々しく思った、ノルドで別れた時のレオンが、今は正しかったとすら思えてきた。



王太子は片手を挙げた。

「捕縛せよ」


それは私にとってレオンの台詞だった。当のレオンは色の無い目をして抵抗しない。どんぐり印のニ剣を警護に渡す。


「罰するつもりはない。ただ少し頭を冷やしてもらう」


王太子は涙目の私に小声で言った。

王族に抜刀は重罪だ。その(つか)に手をかけるだけでも。王太子が許しても周りはどうか。私は胸の中がざわざわして鎮まらない。


「屋上の貴賓牢へ。フェリクス、お前があやつを守れ。しばし牢に入れるが私の最愛だ。甘やかして剣を持たせた私が悪い」


周りに宣言するように王太子は命令した。

フェリクスと呼ばれたのはいつも「右の方」と一緒にいる側近だった。王太子の側を守る者が牢番をする。非難は許さないという意思表示だ。


「こっちの娘は一般牢……と言いたいところだがずいぶん衰弱しているな。妃の間へ。それから薬師を」


うなだれた女の子が連れられて行く。


「東塔付きの者もすべて捕縛せよ。私が(じか)に聴取する」


ざっと10名はいるだろうか。ここからまだ増えるかもしれない。この全員があの女の子の潜伏を知っていたということ?

私は同室だったはずの女の子を観察する。こんな感じの子だったろうか。毎日の労働が忙しくて、あまり覚えていない。パンの子みたいに話もしなかった。



私は連れて行かれたレオンが心配で、王太子に頼み事をする。

「王太子様、私も牢に入っていいですか」

「ああ、良いよ。ゆっくり話をするといい。フェリクスにはよく言い聞かせておく」


涙の跡があったのだろうか。王太子は私の頬に手を伸ばしかけて、やめた。

「ミラはお前しか見ていないのに、馬鹿者め」



◇◇


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