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44 隠し部屋


次の日の朝、王太子に呼ばれた。私たちも王太子側も何事も無くすぐに安否確認は終わった。王太子用の個室の食堂でいっしょに朝のスープをいただく。

ずいぶんと質素な献立だった。芋と豆だらけだ。王太子といっても食生活はこんな感じなのか。なんならレオンが作った朝食のほうが豪華なくらいだ。


「複雑な味や深みのある味は、材料を言い当てられぬ。毒見にも限界がある。単調な味は必要悪なのだ」


私の表情を悟った王太子が説明をする。へえ、そういうものか。


レオンも朝食に同席していたが、護衛に呼ばれて別の小テーブルで打ち合わせを始めた。このあと特別に禁書でもある聖殿全体の設計図を見せてもらうらしい。数日の諜報活動により、今聖殿にいちばん詳しいのは皮肉にもレオンだった。



「ざっくばらんに話をしよう」


レオンが席を外している隙を見計らい、王太子は小声で私に持ちかけてきた。


「私はお前に聞きたいことがある。お前も私に何でも聞いていいぞ」


私は怪訝な顔をしていただろう。レオンを呼んだほうがいいだろうか。


「なに、まじないだの軸渡りだの、重い話ではない」

そう言われて少し警戒を解く。

「はあ、聞きたいこととは何でしょうか」



「蕾は花開いたか?」


蕾?あの部屋に花瓶なんてあったっけ。意味が通じず、ぽけっとしている私に王太子は畳みかける。


「無事に夜は明けたのか、と聞いている」

「はい?」

「こちらが恥ずかしくなってくるな……お前たち夜伽はしたか?」


やっと意図を理解して私は真っ赤になる。


「してません!!」

「なんだ、あれだけお膳立てしたのに。不甲斐ない男だ」


私はレオンを悪く言われてムッとした。


「何もしないと私に約束したからです」

「それが腑抜けだというんだ。私なら……まあそれを言っても仕方ない」


私は意趣返しのつもりで聞き返す。


「王太子様こそ、その、夜伽をされたのですか」

「気になるか」

「いえ別に」

「つれないな」


王太子が不敵な笑みを浮かべていたので、私はそれ以上聞かなかった。聞いたら何だか恐ろしいことになりそうだった。そうだ、それよりも。


「あの、何でも聞いていいんですよね?」

「ああ」

「シンジってどんな形なんですか?」

「はははははは、これは高くついた」


王太子は私の顎を持ち上げ、私の耳に唇を近づける。耳に吐息がかかってくすぐったい。

「いいか?これはレオンにも言うなよ?あやつが自分で気づくまでは」

私はうんうんと頷く。王太子は()を作ってから短く言った。



「箱だ」



箱?どんな箱?大きさは?

箱という言葉は口に出さずに私はさらに尋ねる。


「もっとヒントないでしょうか」

「もっと?」

「はい、もっと」

「残念、レオンが目の前にいるぞ」


耳元で囁きながら、王太子は私の顎に添えた指を離す。


「殿下、何をなさっているんです」

「内緒話だ」


王太子はしれっと答える。


「ミラ、こちらへ」


私はレオンに腕を引っ張られて食堂の隣の小部屋に入る。先ほどまで給仕のワゴンが置いてあった。戸を閉めると厳しい声が飛んでくる。


「何の話をしていたんだ?」


シンジの話だ。答えることができない。それにレオンだってシンジについては耳打ちをと言っていた。咎められるようなことでは無いけれど説明できない。


「もっと、とねだっていたのは何だ」


ねだ…ねだる?ああ、途中からだと変なふうに聞こえたかもしれない。


「あの、言えませんが、誓ってやましい話ではありません」


私はレオンの目をまっすぐに見て言う。レオンはそれを聞いて、少しずつ声の調子を落ち着ける。


「あの殿下は、今は私のことをずいぶん高く買っているようだが、気まぐれは頂点に立つ者の本質だ」


レオンは私の頬を撫でる。


「興味がいつミラに向かうかわからない」


頬を撫でていた指が、殿下の息がかかったほうの耳に移った。


「それにあの様子だと、いつからかは分からぬが、殿下はきっとお前のことが()()()()()。ミラは殿下に気を許しすぎだ」


そう言って、レオンは私の耳に口付けをする。殿下に触れられた顎にも執拗に。昨日とは打って変わって、しつこくねちっこいその態度に、殿下いい仕事してくれた、と内心思った。もしや、ここまであの人の計算なのか?

レオンの口付けが唇に移ろうとしたとき、戸がノックされた。レオンは軽く一度だけ唇を重ねると、私から手を離す。



「書庫に移動します」


殿下の護衛の声だった。戸を開くと、レオンは何事もなかったようにすんとした表情でいて、私だけが顔を赤らめている。よくできた護衛は知らぬふりで、私の姿が隠れるような位置に立ち、殿下の元まで連れていく。


「仲直りしたか?」

「もとより仲違いなどしておりません」


王太子とレオンが連れ立って回廊を歩く。レオンはもう化粧を施していないが、化粧なしに十分に美しく、洋服は女性のものだ。並び歩く二人は王と王妃の貫禄だった。


時折すれ違う衛兵や侍女たちが「あの方が正妃候補……!」と言わんばかりに羨望の眼差しでうっとりと見ている。

自分の好きな人が他の男性とお似合いだと思われている微妙な境地……ではあるものの、当の自分もあのツーショットで盛装も見てみたいなと思ってしまった。



書庫の重厚な扉を通り抜け、さらに奥の金属扉の前に立つ。

司書長らしき者の鍵と王太子の鍵を重ねて、鍵穴に刺すと錠が開いた。

中は小さな小部屋の作りでコンソールの上に書物や紙の束が1部ずつ平置きになっている。棚にはくるくると巻かれて紐で縛られた巻物もあった。

白い手袋を嵌めた司書が平たい箱を持ってくる。うやうやしくテーブルの上に箱が置かれた。さきほどシンジの姿は箱だと聞いたせいで、つい箱を見る目が観察的になる。

箱は木製で黒く塗られている。蓋を開けると、中は部分的に書かれた聖殿の設計図の山だった。


「防護の観点から設計図はバラバラなうえ、あえて欠番もある。お前は読めそうか?」

「やってみます」


レオンはかねてから自分で記録していた聖殿の見取り図を懐から出す。勝手に測図した行為は、今回の協力を条件に不問とするそうだ。


目に見える箇所はすべて捜索した。あとは壁の裏天井裏、配管道などに人が潜める場所がないかを確認するそうだ。

とはいえ失踪から早や3ヶ月以上である。

「見つかっても死体かもな」

と恐ろしいことを王太子はさらっと言う。



レオンの頭脳が高速回転しているなか、私はのんびり書庫を見回す。美しい紋様を散りばめた表紙の本が何冊かあった。


「ここに置いてある本って読んでもいいんですか」

「構わないが、知れば国外に出られなくなる情報もあるぞ」


王太子に言われて、美しい本に伸ばしかけていた手を、慌てて引っ込める。


「聖殿の設計図もそうなんじゃないですか?」

「戴冠後ここは更地にするから別にいい」


たまに王太子ムーブですごいこと言うよな、この人。王太子は女神信仰そのものを取り潰しにするつもりだろうか。私が(おのの)いていると、護衛が早足に近づいてくる。


「殿下、わかりました」

「やけに早いな」


レオンがおずおずと申し出る。

「まずはミラのいた東塔から調べたところ、そこが的中で……」

「勘や運も才能だな」

「まだ他にもあるかもしれませんが、先に現地を見ますか?」

「そうだな……」


王太子が判断を決めかねている。


レオンが平面と立面をそれぞれ指し示す。

東塔の貯蔵庫が半分の大きさになっている。ただこれは貯蔵する作物がないため行った改築かもしれません、と説明を足す。



「食糧不足は慢性的だが……芋も無かったか?」

「芋も無かったです…よね?」

私は厨房にも入ったレオンに問う。

「ああ、ここ数日でミラに出したのは商隊から別途工面してもらった食材なんだ。殿下、私が来たときすでに貯蔵庫はほぼ空でした」


王太子が嫌なことを聞いたとばかりに苦い顔をする。


「ランベルトで芋の収穫が不足した年はない。いくら兄上でも今朝くらいの芋粥は出すぞ」

「具、ありませんでした、ずっと」


私の言葉に一同がしんとなった。あれ、すごい可哀想な子だと思われた?無理矢理連れてこられた反抗心であまり食べない時期もあったから、それで食事を減らされているんだと思った。


「誰かミラの配給をくすねていたのか?」

その言葉にレオンの目が冷えていく。

「殿下、東塔に行かせていただけませんか」

「それはいいが、殺すなよ。あくまで探しているのは神璽だ。吐かせたいこともたんまりある」

「心に留めます」

「留めるだけではだめだ、誓え」

「誓います……誓いますが帯剣して良いですか」

「お前なあ」


心配だから私も行くと殿下が言って、結局、全員で東塔に行くことになった。レオンは帯剣のほか丸太も用意して欲しいと殿下にお願いした。


「まだ今日は聖殿を壊すつもりはないぞ、私は。更地にするのはもっと先の話だ」

「壁ひとつだけですので、どうか許可を」


結局、レオンに甘い殿下は許可をしたが、丸太を持たせるのは殿下の配下の者とする、と言われた。

東塔の警護の者が数人呼ばれる。しかしみな顔がこわばっている。


「なるほど、これは連座かな」


王太子は不穏なことを呟いた。

せーの、の掛け声で壁をぶち壊すことになって、みなが息を飲んだその時、


「お待ちください、わたくし(みずか)らから出て参ります」


という細い声がして、貯蔵庫の床下の一部が開き、印章を持った女の子が這い出てきた。





本編外小話


◇◇


「ランベルトは国の半分が寒冷地だ。芋の収穫が不足した年は未だかつてない。これまで国が持ち堪えたのも、そのおかげだ。女神様がいるのなら芋の神様だな」


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