43 寝室
『ヴェイルが隠すのは視認ではなく記憶なんじゃないか?』
あ……なんだかすごくしっくりくる。それはものすごくありそうだ。なんとなくその時期だけモヤがかかった感じがするのだ。自分で記憶にフタをしているのだと思っていたが、もしかして。
「念の為、知り得たことは書き留めるのがいいだろうな。何らかの形で、記憶に霞がかかるかもしれん」
「あ……そうですね」
レオンが何かに気づいて私を見たが、言い出せないでいるようだった。
「さて、もう夜も遅い。今日はどうする」
王太子が夜着のままの私とレオンを見る。
「私が別の女の部屋に行ってもいいぞ」
意味がわからずぽかんとしていると、王太子が続ける。
「側妃同士で部屋に出入りするのは奇妙だが、私が呼んで、そのまま寝落ちることはあるだろうな」
「そうします」「とんでもないです部屋に戻ります」
私とレオンが同時だった。
「そうします。お心遣い感謝いたします」
レオンが強めにもう一度言った。私は顔を真っ赤にしてレオンを凝視する。レオンは私に囁きかける。
「何もしないと約束する。近くにいないと何かあった時にミラを守れない」
ああ、そういう……私は自分の想像した内容に恥ずかしくなった。
「夜着のままでは夜襲があった際に動けないだろう。着替えを持たせた。それからこれもやろう。王太子より賜ったとでも言っておけ」
そう言って王太子のお印の入った長剣をレオンに、同じくお印入りの短剣を私に手渡してくれた。王太子のお印はどんぐりだった。武具にどんぐり?えっどんぐり可愛すぎない?
「ははは、相当にわが国は世継ぎが欲しいのだろう。実のなる木の印に決まることが多いのだ。ご自分の印章を見るたびに兄上は辛かったろうな。兄上は柘榴だ」
柘榴かあ、たしかに柘榴は催促感がえぐい。
「では明朝に」
私とレオンに意味ありげな流し目をして、王太子は護衛とともに部屋を退室した。
◇
私は部屋を見回す。二人寝もできる大きさとはいえ、この部屋にベッドはひとつだけだ。どうするのかな、というかどうしよう、などと考えていると、ばさっと音がしてレオンはその場でガウンを脱ぎ落とした。さらに上衣も剥いでいく。優美な顔立ちに似つかわない精悍な上半身があらわになる。
衣ごしに触れたことはあるが、裸は見たことが無かった。
美しさに目がチカチカした。その体に触れたくなって、心臓が早まる。いやいや、この感情はまずい。レオンから離れようと後ずさりして、足がもつれてその場ですっ転んだ。
「ミラ?」
驚いて助け起こそうと、レオンがこちらに手を伸ばす。筋肉質な腕。素肌の胸と腹が私の目の前に近づく。あまりの近距離に、身体が反射的に身構えた。びくついた私にレオンは悲しげな顔をする。
「すまないミラ。怖がらせた。この夜着は足捌きがやたらに悪い。この後に備えて、すぐに着替えておこうと思った」
「あ……ははは……着替え…あの、むこう向いてるので。どうぞ、ごゆっくり」
足捌きが悪いのはわかる。今まさに自分が転んだからだ。
私はレオンに背を向ける。シュルシュルと衣擦れの音だけが部屋に響く。いきなり脱ぎ出したから私はてっきり……と想像して身悶える。自分だけ意識して動揺して、恥ずかしい。男性って上半身はノーカウント的にいきなり着替えるとこあるよなあ、あれは反則だ。
しばらくすると衣の音が止み、部屋がしんと静かになったので声をかける。
「もう大丈夫ですか」
「ああ」
振り返ると、レオンは私に背を向けるようにして長椅子に身体を預けていた。長剣と短剣を身体の横に置いている。
「寝ないのですか」
「ああ、私はここでいい」
「ミラは寝台を使いなさい」
それを聞いて寂しい気持ちになった。寝る場所をどうしようと悩んでいたのは本当だが、こうもあっさり別々にされると悲しくなる。
私は立ち上がり、のろのろとベッドに向かう。ローブを脱ぎ、一人で広い寝具におさまる。ひらひらした可愛い夜着のデザインが余計に虚しい。
私がベッドに入ったのを見て、レオンが燭台の灯りを少し落とす。
目を閉じる。しかし目がギンギンに冴えて眠れない。
ついレオンの半身を思い返してしまう。
レオンのほうを見るが起きているのかどうか、こちら側からはわからない。もう少し近ければせめてお話できたのに。
ベッドの中で考える。
人目もなく、大手を振って一緒にいられる夜など、きっとそう何度もあるわけがない。
ノルドで別れ別れになった日、自分は後悔したではないか。当たり前に思っていた日々は、当たり前ではないと。また明日の夜もレオンといっしょに過ごしているとは限らない。
私は決心してベッドを抜け出した。
なるべく音を立てないよう静かに移動する。レオンの長椅子まで薄明かりのなかを忍び足で進む。レオンの正面に回り込み、その顔を覗き込むと、アイスグレーの瞳が開いていた。無表情で私を見てくる。
ヒィ……。起きてる。しかもなんか怒ってる?
いや、めげるな。自分の気持ちを言うんだ。私は深呼吸をする。
「私もここにいたいです」
そう言って長椅子の横に立ち膝をして、レオンに目線を合わせる。長椅子の肘に身体を預けたレオンは無表情のまま固まったように動かない。
「怒ってますか」
「まさか」
やっと口を開いたレオンが驚いた顔をしていた。
「怒ってなどいない。ミラがそばに来てくれて嬉しくて仕方がない。なのにうまく動けない」
「単に私が至らないだけだ。何もしないと約束したのに」
「約束、破っちゃえばいいんじゃないですか」
レオンは目を丸くした。それからふっと笑って
「駄目だ……破らない」
と首を振った。
「レオン様は真面目ですね」
「ミラは面白いな」
気が緩んだレオンに私はもうひと息だと、お願いごとをする。
「一緒に寝てほしいです」
レオンはまた固まってしまった。私は祈るようにお願いのポーズをする。しばらく思案したレオンが困った顔で了承した。
「ここで良ければ」
そう言うと、レオンは長椅子から立ち上がり、私の着替えと、それから毛布も持ってくる。
「ミラは上から重ね着を」
夜着の上から服を着せられた。そういえば王太子が、夜に敵襲があるかもと言ってたっけ。ひらひらとした薄着で逃げるのはもたつくだろう。
「機能の話ではない」
そう言ってラップ式のランベルト服の襟元とリボンの紐をギチっと締められた。
「おいで」
レオンは膝とぽんぽんする。膝には膝掛けが敷いてある。最初に会った日もこんな感じだった気がする。私は自分の頭をレオンの膝に乗せた。横になると毛布を被せられた。
「おやすみミラ」
そう言いながら指で髪をすかれる。
私は好きな男に膝枕されて頭を撫でられている。幸せな気分だ。思い切って声をかけて良かったな。あれ、でもちょっと待って、正直なんだか物足りない。私はどこで間違えただろうか。
考えているうちに、すうっと眠気がやってきた。




