42 女神様のおまじない(2)
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兄上は昔からああではなかった。だんだんと壊れていった。ついには女神様の力も失いかけた。原因は明白だ。
子ができぬのだ。
身の近い者同士での婚姻が祟ったのだろう。この国はより強い女神様の力を得ようと血を煮詰め過ぎた。
跡継ぎを望む者たちからの催促、重圧、寝所の指導、それらは歴代の王太子も受けてきた屈辱だが、理不尽を跳ね除けるほど兄上のお心は強く無かった。
世継ぎの雲行きが怪しくなり始めた頃、早くも私が呼ばれた。先代様が東方の下級貴族に産ませた庶子、それが私だ。皮肉な話だが、始めは女神様の力が弱いと捨て置かれたのに、かえってそれが世継ぎへの期待となった。
縁組をしているが、血の流れでは父上が兄、齢は反転するが兄上が私の甥となる。そう、兄上とは腹どころか種も違う。これは公にはしていないから内密にしろよ。
歪な兄弟であるのに、しかも私は立場を奪う者だというのに、兄上から命を狙われることもなく、むしろ国家の被害者として、兄上は私に良くしてくれた。
兄上の立太子の後、10年で子が成せなければ私と交代となることは決められていた。そして今年がその期限だ。争いを見越して、兄上に子が授からぬことも見通して、先代様が亡くなる前に私へ神璽を託された。しかし混じり血を良しとしない派閥もいる。抵抗は強かった。兄上のほうが私より扱い易いしな。
私も子を成せずに終わるかもしれない。だが、私が玉座についた暁には王族のしきたりそのものを変えてやるつもりだよ。
◇
王太子の語りをレオンは黙って聞いていた。ふと王太子が不思議そうにこちらを見る。
「あのとき兄上はミラが越境地で静かに暮らせるよう願っていた。なのになぜ教会なんかに来たんだ?」
『北の民をそっとしておいてやろう、という計らいだ。』
王太子が話したくだりを思い返す。あの頃の記憶は本当に曖昧だ。教会へは匿ってもらうために行ったはずだけれど。なんでだっけ。すでに女神になるものをかけられていたなら教会に行く必要ないよね。
「殿下、女神になるものを受けた後も、ミラの姿をそのままに見ることができる者はどれほどいますか」
レオンが王太子に尋ねる。
「ミラに愛された者だけが本当のミラを見つけることができる、つまりはミラが心を許している者や、ミラが焦がれた者にはその姿のままに見えるはずだ。女神神話もそういう話だろう。なんだ知らんのか。平たく言えば家族や恋人。それから施術者の兄上もだな」
レオンはそれを聞くと押し黙って何か記憶を辿っていた。レオンが反応しなかったので、王太子は私に話しかけてきた。
「そういえば兄上はお前の美貌を見えていたと思うか?先ほどはずいぶんレオンに夢中であったが」
「へ?び、美貌ですか、いえ特に。あ、でも最初にここへ来たとき、よく見るとかわいいかも?とは言っていました」
レオンの頬がぴくりと引き攣る。
「おおそうか!少しは回復しているのかもしれないな。悪いときには自分でかけたまじないすら、よくわからなくなっていたから。
ここ何年か兄上にまとわりつく怪しい聖乙女を少しずつ剥がしているのだ。まあ、後から後から湧いてくるが。此度の聖乙女解体でようやく一掃できる」
怪しい聖乙女……。前に元王太子の部屋で見た美少女をふと思い出した。目を引く美形だった。今日はいなかったが、あれは伝えたほうがいいのだろうか?
あの子は この間、小広間に集められた時はいただろうか。後ろを振り返れなかったから全員の顔はわからない。
ずっと考え事をしていたレオンが「殿下」と神妙な顔をして声を上げた。
「女神になるものをかけられていても、ミラの集落の者はそのままのミラを見ていた可能性は高いでしょうか」
「そうだろうな。親族程度の小さい集落だから」
「司教はどうでしょう」
「ミラ、北の司教のことはどう思っていた?」
「え、とくになんの感想もないです」
「この場合は……」
「見えんだろうな」
だんだんとレオンの眉間に皺が寄っていく。
「司教の上司が教会で認識阻害をかけてくれるとミラを連れて行ったそうです。しかしその時すでに女神になるものがかかっている。司教は急に見えなくなったミラの美しさに気づいたが、ミラの周りは気づかない……事情を知るミラの御父母も先立たれた後となれば」
「教会が謀ったな」
王太子は顎に手をやりながら私に目線を送る。
「もうひとつ気になっているのだが。ミラの記憶が混濁しすぎではないか。私や兄上の顔も覚えていなかったろう?」
「あ、はい……北の教会の前のことは曖昧で」
「ヴェイルが隠すのは視認ではなく記憶なんじゃないか?」
王太子が何気なく言った仮説に私とレオンは顔を見合わせた。




