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41 女神様のおまじない

◇◇



いつもの精鋭二人以外は部屋から下げて、王太子は寝室に私とレオンを呼び、丸テーブルの椅子に座らせた。人払いした寝室は、ばかに静かで落ち着かない。


「ノルドでは廃れたろうが、私はちょっとしたまじないが使えるんだ」

王太子は魔法使いのように右の人差し指を立てた。


「女神様の(のろ)い、でしょうか」

「そうとも言う。よく知っているな。その言い回しからすると北方の(じい)にでも聞いたか」

「いえ若者でした」


女神様の呪い。そんなものがあるとは。レオンはなんで知っているんだろう。


「今の若いのでめずらしいな。ほとんどは信じない。目にしたことがないからだ。知る者も伝える相手を選ぶ」


王太子は熱っぽくレオンを見る。


「私はお前だから伝えるのだよ」


二人が見つめ合っていて、なんだか自分だけ蚊帳の外のようだった。私は小さく挙手をする。


「あの、それは私も聞いていて大丈夫なんでしょうか」

「王を護るにはまず妃から、という格言がある。もちろんミラも聞いていろ」


そんな格言が……。将を射んと欲すればまず馬から射よ、みたいな感じか。たとえ話とはいえ、王と妃とはなんだか照れる。馬と言われるより妃と言われるほうがずいぶん感じがいい。


「それとお前を蔑ろにしているのではないよ。お前の顔をいちいち見るとこやつの目がうるさいのだ」

王太子は私をちらとだけ見てニヤリと笑う。

「ミラが心許なく思うほどの独占欲は抑えるべきだな」

レオンは仏頂面になった。



王太子は日課だという薬酒を護衛に用意させた。それをちびちびと飲みながら話し始める。



「まじないは兄上も使える。そして正しく名付けられた(いみな)はそれ自体に力がある。なぜ力を含むかレオンなら想像がつくだろう、ああミラは思い出さなくていい。

さきほどはその名がミラの記憶から消えるよう手助けをした」


王太子は自分の額に指をとんと置く。

そして不安そうにするレオンに優しく微笑む。


「私の力はミラに害のあるものではないよ。弱い言霊の類だ。多少の暗示をかけられるが、本人が望まないことは跳ね返される」


「この辺りの王族には女神様の力が宿ると言われているが、血の濃さがものを言う」

いつも自信満々な王太子にしては珍しく自嘲的に続けた。

「私は庶子だ。良くも悪くも女神様の血が薄い。だから、私はまじないの力も弱いものだよ」



「さて本題だが」と王太子は切り出した。


「私と兄上はかつてミラに会ったことがある。そのとき兄上がミラにまじないをかけている」


レオンの目が鋭く光る。


「もしや認識阻害(ヴェイル)ですか」

「ほう、北の者たちはそう呼ぶのか」

「いえランベルトの司教がそう言っていたそうです」

「司教が?」

王太子は首をかしげた。


「似た手合いのものだろうが、司教のいうものとは違うかもしれないな。司教クラスならこの名を知っている。王族のまじないはアイテールと呼ぶ。女神になるもの、という意味合いだ。私たちには女神様が見えないだろう?だから大切なものを神の膝元に隠してもらうのだ」

「認識阻害と比べてずいぶん優美な名前ですね」

「だろう?女神様は本来ロマンチストなんだ」



王太子は頭の中を見上げるようにして思い出す。


「10年ほど前であったか、ミラは賊に攫われただろう?たまたま狩りで北に入っていた私と兄上がお前を救い出したのだよ」


私は驚いた。現王太子と元王太子が?しかし思い出せない。その頃の記憶は曖昧だった。レオンは戸惑いを見せる。


「……私がミラの集落で聞いた話と違います」

「そうか。どちらを信じても構わんよ。私はレオンに嘘は伝えない。なぜならお前をひどく気に入ったからだ」


あれ、司教のような趣味はないと言ってませんでしたっけ?


「ミラ、心配するな。私はレオンを臣下に欲しいのだ。国抜けするならいつでも歓迎する」


レオンは急に誘いをかけられ、驚いていた。なんとも言わず、しかし少しだけ頭をもたげる。騎士が主を簡単に違えることはないが、レオンの母国が私をさっさと隣国に引き渡したことには一過言あるようだった。でもその原因を作ったのは目の前の王太子だけど。

王太子は私に向き直り慈悲深く微笑む。


「まじないは賊にやられて息絶えそうになっていたお前の親から頼まれたのだ。どうかこの子を守る加護を与えてくださいませんか、と。お前の両親は悪いものからお前を隠したがっていた。

王家の紋章入りの馬具だったからな、我々の身元に気づいたのだろう。普通ならそのような願いは首が飛ぶが、護衛の手を止め、兄上はその願いをお許しになって、女神になるもの(アイテール)をお前に施した。それによって、お前に愛された者だけが本当のお前を見つけることができるのだ」



王太子は胸の内を語り始めた。




兄上は元来お優しい方なのだ。王族貴族でもなく支配下でもない者にまじないなどかけない。まじないはその身を削るものだからだ。しかも幼いながらミラの美しさは桁違いだった。それを消し込むのに兄上は相当に力を使ったようだよ。まじないが終わると倒れてしまったし、その後、1週間ほど寝込んでいた。

あまりに力を吸われるので、兄上が軸を渡ったのかと確認したがその時お前は黙っていた。沈黙が回答だと思った。それで私は軸渡りというものがこの世に存在するのを知ったのだ。



「ミラ、言いたくないことは言わなくて良い。私がお前を守ろう」とレオンが口を挟んだ。



まあ待て。この話の主題はそこではない。軸については未知が多く、それは確かに知りたいが。

ただ兄上ならば、その権威と助けた恩でお前をすぐに城へ連れ帰ることもできたろう?軸について口を割らせることもできたろう?しかしそれをしなかった。北の民をそっとしておいてやろう、という計らいだ。よく考えるがいい。

な?わかるだろう?兄上は芯からの悪ではない。腹は違うが、私は兄上を慕っている。国はもちろんだが私は兄上のことも救いたいのだ。





本編外メモ2

◇◇

女神ミラ/エルミラ 最高神

女神サミラ 夜、言霊

女神サフィラ 高貴、透明


--

本編外小話


◇◇


王太子は日課だという薬酒を護衛に用意させた。それをちびちびと飲みながら話し始める。


………あの酒、どんな味なのかな?王太子が飲むくらいならものすごく美味しいのかな?と思ってじっと見ていると「欲しいのか?」と王太子が予備のグラスに注いでくれた。王太子サマにお酌をさせてしまった。それを飲まないわけにはいかない。

どきどきしながら、ちびりと舐めたら激マズだった。しかも舌がずっとビリビリする。顔面をくしゃくしゃにしていると護衛がスッとお水をくれた。


「はは、苦いなら健康な証拠だ。良かったな?」


レオンが鬼の形相だ。王太子の手酌を護衛が止めなかったのを理解した。こんなものを飲ませてと、自分に飛び火しないように知らぬふりをしたのだ。


「お前も飲んだらどうだ。ミラの飲みかけだぞ。要らぬのなら私が飲むが」


王太子が言いきる前に、私がひと口飲んだグラスをレオンが手元に確保し、一気飲みした。喉に流し込み終わるとナフキンで口を拭い平然としている。


「すごいな!私でもひと飲みにはできんぞ。相当身体の具合が悪いか、女の前で相当痩せ我慢をしているかのどちらかだ」

「本当に貴方様は……」


今ごろ効いてきたのだろうか、レオンはひどく苦々しい顔をした。


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