04 王都裁判
次の日の朝早く、漆黒の馬車に乗せられ、私は裁判のためにこの国の中央都へ向かった。なんと横にはリュシアンがいる。レオンが命じたのだ。リュシアンは最初こそ強く反発していたが、今は大人しくついて来てくれている。
私はあのことをリュシアンには言っておいた方が良いと思った。
「していないですよ」
「はい?」
リュシアンは急に私に話しかけられて声が裏返った。
「昨日、総長に、この後もされますかと聞いてましたがその前もしていないです」
「そうなんですか…」
あからさまにホッとした顔をするよなと思った。
リュシアン、お前もか。
察したリュシアンは
「私は違いますよ、断じて閣下に懸想などしておりません。王都に愛する妻子もいます。まあ、あの美貌と距離感ですからたまにクラっとすることはありますが」
リュシアンは正直だった。私は思わず笑ってしまった。そうなのだ、私もそう思う。あの男の距離感はおかしい。少し場が温まったところでリュシアンは自分の仕事を切り出した。
「お名前を確認しても良いですか。正味な話、偽名でもかまいません。ただ設定は揃えておきたいので。裁判で辻褄が合わないとアレなんで」
本当に正直だった。私はまた笑ってしまった。
そういえばレオンは私に名前を聞いてこなかった。初めのうちは彼にとって私の名など不要なのだと思っていたが、じきにあれこれと聞いてこないのはレオンの配慮だと気づいた。けれど今日になってそれを寂しいと感じる。
そうだ名前…。逃げる前、聖殿ではエルミラと呼ばれていた。その前はなんだっけ。本名となるべく違う名前がいいだろう。
「この辺りの平民で多い名前ってなんですか」
「そうですねえ女性は登録がないのでおおよそですが、ミラ、アンナ、アリス、マリー、エマ、マティルダとか」
「ではその中からリュシアン様が選んでくれますか」
「えっ…無理です…重大すぎて」
「お願いします。なんでもいいんで」
「うーん……ではミラで」
「あー…ミラ以外でお願いします」
「えっ」
結局、名前はエマになった。
リュシアンと私はその他の「設定」も考えて提出書類をまとめていく。細かいところは教育も受けていないしよくわからないということで押し通す。実際、私はろくな一般教育を受けていないしずいぶんと痩せていたから、さもありなんと言ったところだ。
馬車も馬もレオン所有の侯爵家のもので、山道も力強く進み続けた。リュシアンは車内でさらさらと文書を作りあげていく。乗りもので書いたり読んだりできてすごい。これには本当に感心する。私はちょっと酔ってしまって、窓の外を眺めた。
半日以上続いたブナ林が開けて開墾された畑が見えてきた。
それを伝えようと同行者を振り返ると、リュシアンは書類仕事をしながら、何か考え事をしていた。
◇
主人とやりとりした今朝の出来事を思い出す。
「閣下、先ほどの話は何ですか。なぜ私があの者の護衛など」
女が身支度で下がった後、私は抗議した。すると主人は私に一歩近づいて耳打ちした。
「彼女をランベルトの近衛副長と憲兵団が追っていた。憲兵のほうも1人2人見覚えがあるが精鋭だ」
「どういう組み合わせですかそれ」
「さあな」
閣下は自分の身支度をする。野営をすることもあるため、王宮滞在でもない限り、基本はなんでも自分でやってしまう方だ。
「侯爵領を抜けたら国内でも攫われるかもしれない。私は王命の公儀で今日は動けない。手練れが必要なんだ。お前がついてくれないか」
「そういうご事情であれば、かしこまりました」
「ありがとうリュシアン」
希望が通った時にはこうして甘い顔で礼を言う。悪い主人だ。
「ですが安心しました。利がある者とお考えだったのですね。私はてっきりおかしな女に閣下が誑かされたのかと」
「いやどちらかというと女として興味がある」
「閣下〜〜〜!」
主君の冗談とも本気ともつかない調子に私は心底心配になる。
「逃げている間もあの者は動きが良かった。私の隊に帰順させようと思ったんだが、女だったろ」
閣下は嬉しそうに言う。良い騎士になりそうな者を見るといつも目が輝くのだ。
「それでとっさにあんなことを言ったわけだが、隠れていたランベルトの副長がゾッとした顔をしていたよ。恐らくあれの処女性なり貞操なりが大事なんだ。であれば…」
たぶん主はあの時、違うことを考えていた。だが私は勘違いして言った。
「閣下が花を散らしたなら、もう追ってこないかもしれませんね」
「ん?…ああ、そうだな」
閣下は気の抜けた返事をしながら、嬉しそうに思い出し笑いをした。
長年お仕えしているが、こんな主を見たことが無かった。あの者も悪くはないが、傾国すら射落としそうな閣下がなぜこんなに関心を寄せるのか。そこが疑問だった。やはり誑かされていないだろうか、と心配になった。
◇◇
◇◇
本編外小話
「カリスマというものでしょうか。熱狂がなければ、命など捧げられませんから」
「私はあの方と付き合いが長いのです」




