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39 潜伏


足取りを遡っていくと、次は関所だった。


「関所を通過するまではどこにも寄っていないです。関所の役人にはつけ届けをしていました。酒瓶でした」


液体は爆発物や毒の危険があるから、安全を示すために荷車のボスがその瓶から一杯注いで飲んでいた。役人もいっしょに毒見をして「役得役得」などと言って味わって。


その話をすると王太子が眉をひそめた。すかさず「右の方」が

「すでに出国時の『お土産』は禁止しております」

と報告する。

今の話ぶりからすると、関所で私はもう追いつかれ、泳がされていたのだろう。もしかしてこの人ふだんは憲兵の仕事だろうか。


次に聖殿から関所までの道を書いて行く。

「ここで馬車とぶつかって」

というとレオンが私の頬を撫でた。王太子は何も言わない。


「それまではこの道順で走りました」


私がひと通り逃走経路を記入し終えると王太子は命じた。


「門外のルートを今一度洗え」


護衛のひとりが地図をくるくると手早くまとめ退席した。


「ミラ、門はどのように超えたのだ」

「あの、ふつうに鍵が開いていました」

「鍵が開いていた?」


王太子は怪訝な顔をする。


「まだ神殿内にあるかもしれませんね」


どういうこと?と思ってレオンを見上げると、


「誰かが意図的に鍵を開けたのなら、ミラを使って持ち出されたように演出した可能性も、無視できないということだよ」


「あ……」


それを聞いて私自身も思い込みがあったことに気がついた。


「前の日の夜に同室の子が逃げ出しているのですが」

いないと気づくのが遅れ、すでに遠くまで逃げたに違いないなどと皆が言うので、すっかりそう思い込んでいた。

「その子は夜に正門から出ているんですか」


王太子と「右の方」が顔を見合わせる。


「その教会員を前日の夜から神殿内で誰も見ていないのです」

「……だから神璽に関しては嫌疑の外だった」


ああ、なんだ本当に前の日の夜からいないのか、予想が外れた、そう思っていると王太子は続ける。


「お前が逃げた日の早朝、私が自分の目で神璽を確認している。所在を確認したのは、先ほどお前が言ったように前夜に逃走者がいたという報告を受けたからだ」

王太子は目を伏せる。

「私が確認した後に神殿から消えたのがお前だけだったから、お前の持ち出しを疑った」


レオンは王太子に問いかける。


「逃げた者が自分で聖殿に戻った……もしくは最初から聖殿内にいたということでしょうか」

「ああ」


王太子は忌々しそうに答える。


「神璽を盗み出し、ミラを囮にし、騒動に乗じて外に出たとすれば」

「ああ、出たとすれば。だが出ていないだろうな。ミラが出た後は門にも市街にも憲兵を配置している。それに」


王太子が私を見た。


「聖女候補の逃走はほぼ遺体で見つかる。教会の女は外で逃げ切れるほど生きる力がない。特に中央は貴族出身者も多い。お前は例外なんだ」


レオンが私の肩を抱くようにさする。


「その女がいまだ隠し持っているのか、すでに私を陥れたい者に渡ったか」


手の甲で頬杖をつく王太子にレオンが声をかける。


「貴方様の王太子交代は本来いつがご予定だったのですか」

「察しがいいな、神璽が消えた日の1週間後だった」


「奪われたにしては、ずいぶん時が経ちすぎています」

「使い方がわからんのだろうな」

「使い方…」

「父上も兄上も教会の上層もそれを見たことがあるが、使い方までは知らぬ。先代様から直接私が譲られた。私が死ねば神璽も使われぬままで良いとの仰せだった」



悪用はまだされて無さそうだけど、シンジが見つからなかったらどうしよう。私は処刑だ。私の考えることが手に取るようにわかるのかレオンが優しく手を握る。


「殿下はミラを処刑するおつもりはないよ。そのためにミラを側妃に選んでくださったのだと思う」

王太子は頬杖で頬を歪ませながらぶっきらぼうに言う。

「今のランベルトがフェーベルンに攻め込まれたら、勝てたとしてジリ貧だ。私の戴冠は叶わぬ」

レオンは深々と頭を下げる。

「ただ紛失の咎となれば、側妃であっても貴賓牢だ。そやつとも婚姻を結べぬぞ。見つけてみせろ」


王太子が私を見る。婚姻て。ふとレオンとの婚姻を想像して私は顔を赤らめた。しかしこの国の扱いで、私は王太子妃殿下なんじゃ無かったっけ。


「そもそも神璽がないだろう?」

きょとんとする私に王太子サマが呆れた顔で説明してくる。

「本当に神璽が何たるかを知らぬのだな。無ければ典礼の調印ができぬ。その場合にお前は王太子妃殿下(仮)なのだ。兄上の王太子妃(仮)」


王太子は薄目でこちらを見る。


「そして今は私の側妃(仮)」


レオンがムッとしている。


「父上と兄上を適当に唆してお前を王太子妃とするように仕向けたのは私だ。万が一お前が持ち出していた場合も、国の体面が保たれる」


黒幕ここだった。


「まあ、それを言えば私も王太子(仮)だがな」


王太子(仮)は珍しく歯を見せて笑った。


「殿下、すぐに東塔からミラを呼ばなかったのはなぜでしょうか」

「お前が来るのを待っていたんだ」


非難めいた口調に王太子はニヤリとした。レオンは言い返せない。


「それと私の体調が優れなかった。威勢よくああは言ったが神璽なしではそれなりに疲れる。いろいろ反動があるのだ。そのうち教えてやろう」


言って王太子は立ち上がった。


「聖殿内で女が隠れるところと言えば、まず兄上のところだな。気が重いが行くか」

「王宮におられるのではないのですか」

「聖殿に入り浸りだ」


王太子はため息をついた。




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