38 神璽
『わが国の神璽をどこへやった?以前、お前が消えた日に無くなっている』
シンジが何かわからないが、王太子の話ぶりを見るに、私が大事なシンジを泥棒したと疑われているのだ。
「あの日、検閲前に関所を抜けたのはお前とお前を手助けした商隊だけだ。その後は特別な理由を除き出国を許可していない」
あの日の記憶を反芻する。
金目のものを盗もうと衣装部屋と貴賓室に忍び込んだ。目についたものを鷲掴みにしてポケットや風呂敷に突っ込んだ。
あの中にあったのか?しかしそんな大事なものが誰の目にも触れる場所に置いてあるだろうか。
それにそのとき持っていた金目のものは馬車のボスにみんな渡してしまった。
どれのことかはわからないが、私が持ち出した中にシンジがあって、それが無いと新王太子は困るというわけだ。
しかし私の思考を読んだように王太子は威風を吹かせてくる。
「勘違いするな。神璽がなくとも私は王に立つ。その器だからだ。しかし余計な血は流したくない。神璽の有無は死ぬ者が百で済むか万になるかの違いだ。継承で無駄な争いを避けるためのものだと思え」
一万人弱の命が!なんだかものすごいものを私が盗んだことになっているんだ。どうしよう。王太子は少し顎をあげ、さらに私を怯えさせる。
「私は困らぬ。しかしお前はどうだ。平民なのだろう?一国の神璽に手を出したとなれば処刑は免れぬぞ」
ぬるま湯のような監視生活だったせいで、久しぶりに聞いた処刑という言葉に血の気が引く。
すかさずレオンが手を挙げる。
「発言を」
「許可する」
「神璽が何かをこの者は理解していません。国外に出たなら運ばされたとみるのが妥当です。出国後、摘発されるまでの間に紛失、受け渡しが無かった場合、こちらの国境を超えた押収品は私がすべて確認しています。古代金貨に至っては1枚ずつです」
「ようやく腹を括ったか。名乗れ」
「ノルド王国フェーベルン侯爵家当主、レオンにございます」
レオンは最上敬礼をした。王太子はどこか楽しそうだった。
私もおずおずと手を挙げる。
「許そう。ここから先は自由に話せ」
「シンジってどんな形なんですか」
その場がしーんと静まり返った。何これ聞いてはいけない質問だった?
「その形成りの情報そのものが神璽なのだ」
「ミラ、もし心当たりがあったら私に耳打ちを」
二人に同時に嗜められる。
あーなんかクイズ番組で司会者にひとりずつ答えを言っていくアレですね。みんなに回答がバレてはいけないんですね。
「この間の抜けた様が演じものだったら相当だな」
と王太子は笑う。
なぜだろう、私が阿呆すぎてちょっと嫌疑が晴れていく……!
「押収品の目録はすべて覚えていますが、書き出しましょうか」
「国境で差し押さえるいちいちの押収品を?すべて?お前はいつもそうなのか?」
「いえ、常時ではありません。ミラの手がかりになるものだったので、あの日の目録であれば記憶しています」
「へぇ」
ただの私への狂気ということで納得いただけた。
しかしあの積荷をぜんぶ覚えてるのは私でもちょっと引く物量だが、ここへ辿り着くまでレオンが私のためにあれこれと奔走してくれたのがわかって嬉しかった。
「領内に入った後の追跡と目録は私がまとめます。捕縛までの道筋は右の方のほうが詳しいかと」
「なんだお前、顔が割れてるのか」
王太子が振り返ると、護衛騎士のひとりが「申し訳もございません」と言ってから、気まずそうにレオンを見た。私を尾けていたランベルトの手の者のひとりがこの人だったんだ。私とも目があって居心地悪そうにされた。
護衛たちが平机に地図を広げる。
そこへ私も覚えている限りの足取りを記入する。ところどころは「右の方」が別の色インクで修正をかけていく。
「門外の途中で落としたとしたら、ここか、ここです」
「なぜぐるぐると」
「熊がでました」
「商隊の人間と積荷を襲っていましたので熊は我々が倒し、念のため腹のなかも確認しています」
王太子の護衛が横から付け加える。なるほど、私は間接的にノルドの追手に助けられていたんだ。私は「右の人」にぺこりとお辞儀する。「右の人」も目で合図してくれた。
「こっちの『ぐるぐる』は?」
「この人に馬で追われました」
私がレオンに目線を送ると、王太子がレオンを怪訝な顔で見る。
「人間を狩ったのか?」
「いえ違うのですが…あの……結果的にはそうです」
「そんな非道なこと私でもしないぞ?」
レオンは目を閉じて眉間に指を置く。なんだかベルナデット様といるときみたいだなと思った。




