37 側妃
「小さいほう、お前は」
聞かれて、ミラと答えるべきかエルミラと答えるべきか迷う。ただこの王太子には変な誤魔化しをしない方がいいと直感的に思った。
「生まれの名はミラ、ここではエルミラと名乗るよう教会から言われています」
「そうか。夜伽ではどちらの名で呼ばれたい?」
「えっ…あ…」
何か言わなければと焦るが、王太子が満足する正解がわからない。どもる私を待たずに王太子は次の質問をする。
「お前は乙女か?」
「は、はい」
「なら、優しくしてやらねばな」
王太子は深く椅子に座り直した。
「さて、今日はどちらが私の相手だ。お前たちで決めていいぞ」
地獄の相談すぎる。困ってレオンのほうを窺うと、前を向いたまま「私が」と短く言ってレオンは一歩前へ出た。
「そうか。小さいほうは乙女だそうだから、お前が手本を見せてやれ。夜、2人とも私の部屋に来い」
地獄だ。地獄すぎる。レオンはまっすぐ王太子を見つめる。
「なんだ、お前も乙女だとか言い出すなよ」
レオンは強すぎる目を伏せて、取り繕うように一礼した。
◇◇
東塔を出て、私は即妃のための寝室に移動した。近くにはレオンの部屋もある。斜陽国家とはいえ、以前に設えたであろう調度品は豪華だった。部屋に入るなりよろよろとベッドに倒れ込む。侯爵邸ほどではないが、十分にふかふかだった。
この部屋の外には護衛騎士、中には侍女が2人いる。東の小塔のときのようなゆるい感じはなく、ピリッとした優秀そうな侍女たちだった。
ふかふかのベッドの中で体は軽くなるが、心はずどんと重い。
王太子は、王太子とレオンの営みを見届けろと言った。それは無理な話だった。私はレオンが好きだ。そんなものを直視できない。それにレオンは男だから、早いタイミングで王太子の逆鱗に触れるだろう。レオンはその場で切られるだろうか。
王族に閨教育というものがあるのは知っている。世継ぎが欠かせない以上、それが必要なことも。しかし好きな男が教材になるなんて耐えられない。
ならば直前で私が申し出るのはどうだろう。レオンの前でなど苦痛だが、とりあえず今夜は延命できるのではないか。
私がベッドで苦悩していると、頃合いを見計らって侍女が近づいてきた。
「湯浴みをお手伝いいたします」
「今日は私ではないそうですが」
「気まぐれにお心が変わることはございます。ご準備を」
そうだ、私が申し出なくてもそういう可能性は多分にある。王族とはそういうものだ。それにしてもこの国の王太子は複数を寝所に侍らすのがお好みなのだろうか。前の王太子のことを思い浮かべる。相変わらず顔はへのへのもへじの記憶なのだが。
そもそも陛下はどこにいるんだろう。まるであの王太子が陛下であるが如くのふるまいだ。
考えているうちに私の更衣が始まった。
側妃付け侍女たちの湯浴みは素晴らしかった。身体がほぐれていき、肌がつやつやになる。しかもこれまで聖殿でお湯は使えなかった。水風呂で冬を越すのは厳しかった。それで体調を崩す教会員もいる。
あれ、そういえばレオンは湯浴みをどうするのだろう。侍女に尋ねると、ご出身地によってどうしても抵抗がある方はございます。その時は無理にはお手伝いいたしません、とのことだった。
きっとレオンは断っているだろう。断っていると思いたい。だってふつうにバレるし、侍女がレオンの服を脱がせたり着せたりしているのも嫌だった。
肌と髪の準備が整うと、夜着を着せられた。綺麗な生地だがやや薄い。その上に移動用のガウンを羽織る。靴もスリッパのようなすぐに脱げるものだ。こういう脱ぐことに特化した装いをしているだけで羞恥が増す。
そうこうするうち決められた時間になり、王太子の部屋の前で侍女と待つ。取り次ぎをされて中に入った。侍女は見送りをして元の部屋に戻る。
中は側妃の部屋とそう変わらないつくりだった。王太子の部屋と思えばずいぶん質素だ。ベッド横の椅子に王太子が座っている。そしてその傍には側近の護衛が2人、剣を携えて立っていた。
護衛もいるのか。この国の情勢を考えると当然かもしれないが、ここで夜伽など家畜か何かにでもなった気がする。
しばらくするとまた取り次ぎが入った。レオンだ。入ってきたもう1人の即妃は厚手のローブを羽織って髪は後ろの高い位置でひとつにまとめていた。これが男と言われても私なら気づかない。けれど筋肉質だから触れればすぐにわかるだろう。
「遠い」
言われて私もレオンも王太子の椅子に近づく。実質、ベッドに近づくことになる。緊張感で身体が震える。
「寒いか」
王太子が私のほうをちらとみると、その視線を遮るようにレオンは自分から王太子の前に進みでた。
「シオン、そう急くな」
愉快そうに言って、ひざまづくように指示する。王太子は顔を近づけ、レオンの顎を持ち上げた。
「美しい。お前は渡っているのか?」
「渡る……とは何でございましょう」
この台詞はどこかで聞いたような、と思ったが今は目の前のレオンが大事だ。何かあれば直訴しようと私は構える。
しかしそのまま口付けるのかと思いきや、王太子は顎にかけた手をパッと離し、深く椅子に座り直した。
「微動だにせず面白くない。茶番は終わりだ」
王太子がいうと護衛が私とレオンにひとつずつ椅子を持ってくる。
「私には兄上のような趣味はない」
最初に私を見て、次にレオンを見た。
「それに司教のような趣味も」
ああ、レオンが男だとバレていた。しかしそれを咎める様子はない。
王太子は手ぶりで私たちに椅子に座るように示す。すぐに処される感じでもなく、私はほっとして進められた椅子に座る。だがレオンはまだ警戒を解いていない。それを見て王太子は宥めるように言う。
「内密の話に良いと思ったからここへ呼んだ。夜伽などせぬ」
一瞬、緩んだ私に王太子は冷笑する。
「だがミラよ。お前は深刻だぞ」
王太子は刺すような目で私を見た。
「わが国の神璽をどこへやった?以前、お前が消えた日に無くなっている」
シンジ?シンジってなんだ?
それを聞いてレオンが私を心配そうに見つめてきた。




