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33 再会(2)


◇◇


ぼんやり考え事をしたまま夕暮れが過ぎ、夜が来る。

階段を蝋燭の灯りが上がってくる。入り口を見ないようにした。ガチャと鉄の扉が開く。期待半分でちらりと振り返るとレオンだった。嬉しい。もう心の中では小躍りしていた。こんな状態で知らんぷりの復讐ができる気がしなかったが平静を装う。


レオンは扉の外の燭台にも灯りをつなぐ。銀トレーの上にランプを載せて扉を閉める。中に入るとテーブルの上に夕食の準備を始めた。ちらと後ろを盗み見る。パン、豆のスープ、鶏の香草焼き、干し葡萄。豪華だ。ランデルト水準でいくと復活祭の昼食くらいの豪華さだ。


私は食事の匂いにつられながらも、もう星空となった窓の外を見上げる。拒絶するんだ、知らぬふりだ。そして帰ってもらおう。


「お召し上がりになりませんか」


私は窓の外を眺め続ける。頭の後ろに痛いほどの視線を感じる。昼とは違い、食べ物に寄って来ない私をレオンはじっと待っていた。

しばらくすると、私の意図を汲んだレオンが口を開いた。シュルシュルと布の音がした。


「すまないミラ。すべて私が悪い。ただ会いたかった。もう一度だけ顔を見せてくれ。そうしたら私はミラの前から消えるから」


私は衝動を抑える。田の字で4つしかない小窓の木枠を順に数えている。


「許されるとは思っていない。ミラを深く傷つけた、何度も。自分の気持ちばかり押し付けて」


レオンの弱々しい声が続く。


「いまも私の存在が苦痛なのかもしれないな。思い至らなかった」


私は耐えきれなくなって振り返る。


ベールをとったレオンが立っていた。髪が伸びている、と思った。几帳面に切り揃えていた髪は無造作にひとつに結って肩に垂らしていた。変装のためか白金髪はダークブロンドに染めてある。男ながらその高貴な雰囲気に侍女の白いローブがよく似合っていた。アイスグレーの瞳が燃えるように私をずっと見ている。


「ありがとうミラ」


そう言って近寄ってこない。


「最後に会えて良かった」

「最後って」

「ミラの夫を討って終わりにしたい」


極端!!!これだから騎士は!!!


「こんなところに閉じ込めて。死に値する」

レオンは冷たい目で何かを見据えながらギリと歯の音をさせた。

私は恐る恐る声をかける。

「あの、何もしないで帰ってください」

「庇いだてするのか」

「いやそうではなくてですね」

「王太子のことが好きなのか」

「………」

「このような扱いで?」

「あの王太子とかどうでもよくて」

「どうでも?」

「はい。ただ帰ってほしいんです」

「……そうか」


レオンは近づいてこない。そのままくると背を向けて帰りそうだった。

自分で帰れと言っておいて目が潤んできた。

復讐なんて言ってないで、ちゃんと伝えなければいけない気がした。復讐の成功と失敗、自分がどちらに後悔するかもう明白だった。

あれからだいぶ経って、頭の中に居座っていたベルナデット様の声は抜けていたのに、心に浮かんだことをそのまま言うべきタイミングだと自分で思った。私の復讐計画は早速頓挫する。


「あの」

すでに背を向けかけていたレオンに声をかける。

「なんで帰ってほしいかっていうと」

レオンが足を止め、首を傾げながら私を見る。


「貴方に死んでほしくないんです」


言うとレオンの目が見開いて再び火が灯ったようだった。

「はは、良かった。同じだ」

レオンは足早やに近づいて、すばやく私の両手を握った。膝をついて私をまっすぐに見る。


「ならば、いっしょに帰ろう」


そう言ってもう一度、両手をぎゅっと握る。

ここ数ヶ月、牢のような部屋で監禁されて過ごした私は、そんなこと可能なのか?と思いつつ、深く頷く。私の不安げな顔を読み取ってレオンは畳み掛ける。


「大丈夫、私は死なないし、ミラも死なせない」


強く言葉で肯定されて、心のざわざわが落ち着いていく。


「ああ、ずっとこうしていたいが。そろそろ他の者が戻るかもしれない」

握っていた手を離し、外したベールを深く被り直して、レオンは侍女に戻る。

「少し冷めてしまいましたが。召し上がりますか」

急に調子を変えてきたレオンに私は笑いながら頷く。ほっとしたらお腹が空いてきた。


レオンは私の横で立ち膝をして、口元までスプーンでスープを運ぶ。汁物はなるべく温かいうちが良いと言われて、私は豆のスープを完食し、レオンに尋ねる。


「お貴族様って、いつもこうやって食べさせてもらうんですか」

「いや、しないです」


私は胃に入っていた豆を飛ばしそうになった。


「貴方がお召し上がりにならないと聞いてこの方法を試してみました」

「そ、そうですか」


レオンが微笑みながら、白布で私の口の周りを優しく拭う。


唇を拭われるうち、私は別れの日にキスを拒まれたことを思い出した。薄く紅を差したレオンの形の良い唇を見る。ここでまた避けられたらレオンのこの親切はただの贖罪、罪悪感。もしくは私への謎の禁忌感が残っているのだろう。

けれどもし受け入れられたら……また始められるかもしれないと願掛けをする。再び拒否される恐怖はあったが、今日は一度も妃殿下とは呼ばれていない。ずっとミラだ。きっと大丈夫。


私はレオンの肩に手を置いた。少しずつ体重をかけて、自分の唇をレオンの顔に近づけていく。レオンは瞬きもしないで私を見た。燭台の灯りでアイスグレーの目が揺らめいている。

レオンは手にしていた白布をぱたと床に落とし、長い腕を伸ばすとテーブルにあった蝋燭の火を指で消した。



◇◇



階段を誰かが上がってくる音がする。

レオンはやっと私から唇を離した。


「大丈夫ですか」

下から女の声がする。

「すみません、火種を落としてしまって」

レオンが適当に理由を見繕う。


薄暗い星明かりの部屋で、レオンはゆっくりと立ち上がり、扉の外にかけた燭台から自分で消した蝋燭に再び火を注ぐ。灯りが広がって、上気したレオンの顔が浮かび上がる。

私は腰が抜けて立てなかった。レオンは片手に燭台を持ち、片手で床に座り込んでいた私を抱き起こして椅子に座らせる。


上がってきた侍女が私の部屋を覗き込む。レオンの紅は完全に剥がれていた。自分の肌に移っているかもしれない。私は咄嗟にテーブルの上に突っ伏した。

ぐったりしている私と、ほとんど進んでいない食卓を目にして「あら、やっぱりすぐには難しいですよね。私がお下げしましょう」と言ってアイアン扉を開けると、侍女は銀トレイを持って階段を下がっていった。

スープ以外はまったく手をつけていなかったから、あの侍女きっと食べる気だ。王宮派遣の侍女にしては、はしたない行動であるが、それほどまでにランベルトの食糧庫は底をついている。


まだ食べるつもりだったのになあと思っていると、レオンがそっと干した果物が入った小袋をくれた。ありがたい。


「すみません、次はお食事が終わってからにしましょう」


次!?あれは次もあるの?ここ敵陣ですけど?

と思いつつ、ずいぶん余裕そうなレオンを見て、本当に脱出できるかもしれない、とふわふわとした希望が胸の内に湧いてきた。




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