32 再会
「あまり長くは話せないから」
そう言ってレオンはパンをちぎっては私の口に軽く押し込む。ときどきスープもスプーンですくって口に運ぶ。私は無言で咀嚼する。自分はなんて馬鹿な女なんだと思ったが、正直、人生でいちばん美味しい食事だった。
最後に小ぶりのオレンジのような果物の厚い皮を剥いてくれた。実を手にとって食べようとしたら、それもレオンはひと房ずつ割って、私の口に入れる。
最後のひとつを頬張る。完食してレオンが銀トレイを片付け始めたので、私は縋るように見上げた。するとレオンが白布で私の口を拭きながら顔を近づけて「またくる」と小声で言った。口を拭き終わるとすっと体を離し、
「お口に合いましたようで何より」
今度はもうひとつの白布で私の指先を丁寧に拭き取りながらレオンが侍女に戻る。
扉が閉まる音がする。あえて目で追わない。階段を下がる足音が続いたあと、遠くから
「えっあの人食べたのですか。すごい」
とレオンが賞賛される声が聞こえた。あの者の給仕なら食べるといえばレオンが毎食持ってきてくれるだろうか。
心なしかスープもいつもより美味しかった。
いつもの侍女が私の食事に手を抜いている、のかどうかわからない。いつものはとにかく味がなくて空腹でも不味い。
毒や秘薬の類は盛られていない。窓のわずかな隙間からパンを与え、手なづけた野鳥を毒見役がわりにしていたが、これまで変わった様子は無かった。いつもの侍女たちは善意もないが悪意もない、といったところだ。
レオンが今日のスープを作ったのだろうか。であればレオンは出汁の概念があるのかもしれない。それか、やはり好きな男と食べる食事は美味く感じるのかも。
あ、好きな男って自分で言った。私はまだ好きなのかと自覚する。
自分を隣国に引き渡した人間だぞ。この国に戻されたとき心に決めたじゃないか。二度と会いたくないんじゃ無かったか?万が一にでも次に会った時は冷たくあしらうんじゃ無かったか?なのに、あの別れの日なんて存在しなかったくらい、ふつうに接してしまった。
だって侍女かと思ったらいきなりレオンだったんだ。こんなの仕方ない。まさかの登場の仕方で気が動転した。
次こそは、冷たく。見ない、返事をしない。だってあの男も私にそうしたんだから。最後にレオン様なんて呼ぶんじゃ無かった。
侵入者だと警護に突き出すのはどうだろう。そしたら復讐になる……わけがないか。レオンに命を落として欲しいわけではない。私の恨み節が昇華される程度の苦労、やばい女に引っかかるとか、一生結婚できないとか、その程度の悩みを抱えて、どこかで生きて欲しかった。
顔を見てつい嬉しくなってしまったが、来ないで欲しかったという気持ちも真実である。衛兵に見つかって大事になる前に、ノルドに帰って欲しい。
そうだ、帰ってくれ。そう伝えるのは復讐になるんじゃないか?
レオンも守れて復讐も果たせる。
それにいまレオンにあるのは好意ではなく罪悪感なのかもしれない。自分より弱い者を敵に渡したんだから。贖罪ならこんなところまで来てくれて、それでもう十分だった。
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