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31 教会にて(2)



◇◇



中央の教会でも逃亡を試みる者は多かった。


中央は『修行』に加えて『躾』があった。中央区は王都にあってお貴族様たちの前に出る機会があるせいだ。私も含めて平民の子は作法の覚えが悪く、叩かれたり食事を抜かれたりがしょっちゅうだった。


誰かが逃げた場合、ここでも連帯責任は同じだった。私は同室の子にやられた。朝起きたらいなかった。教会周辺をしらみつぶしに手分けして探すように言われた。恐らく夜中のうちにずいぶん遠くまで行ったはずだ。みなはなんと運が悪いという目で私を見たが、とんでもない、これは絶好のチャンスだった。

その逃げた子をつかまえるつもりは無かった。こんなのは見つけても見つけなくてもどうせ厳罰は免れない。自分が積極的に脱走して同室の子が罰を受けるのは忍びなかったが、向こうのほうが逃げたなら話は別だ。


よし、やってみようか。


とりあえず行けるとこまで私も逃げてみようと、風呂敷に着替えとわずかながらの私物を詰める。逃亡した子を追って手薄になった教会で、衣装部屋や貴賓室から小ぶりな宝飾品を掴めるだけ掴んで持ち出した。てんやわんやで門扉の錠が雑に空いたままだった。多くの女性会員は心理的に躊躇するらしいが私にそれは無かった。教会の敷地にいる間はしずしずと歩き、門扉を超えて表に出るなり聖女服を脱いで全力疾走した。

血を吐きそうなほど無我夢中で王都を走っていたらなんと事故に遭った。ついてない。馬車に跳ねられたのだ。向こうもこっちも急いでいた。私は路肩に投げ飛ばされ、馬がびっくりして暴れて馬車の荷が崩れた。散らばったのは大量の、古代金貨。馬車は禁輸品を積んでいたのだ。馬車の男たちは慌てて散った金貨を拾い始める。


ついてるぞ。


私はぶつけた額からひと筋の血を流しながら、彼らに迫って勝手に馬車の荷台に乗り込んだ。金貨拾いをせずごちゃごちゃ言ってきた男がいた。こいつがボスかなと思い、手数料だと言って、教会から持ち出した宝飾品を全部渡した。どのみち表ルートでは処分できないし足がつく。ここで取り引きの材料になれば十分だ。

幸いにして相手は金品さえ払えば文句のない人間だった。それに事故の騒音を聞いてガヤガヤと人が集まり始めていた。まとめ役らしい男は「足手まといになったら置いていくからな」とだけ言って、金貨拾いが終わると、私を乗せたまま再び馬車を走らせた。


◇◇


思い出すつもりはなかったのに、淡青の空を見ながら、ちょうどこの中央教会を飛び出した日のことを反芻していた。せっかく脱出したのにここにまた戻ってきてしまった。前とは違って個室だし、牢部屋ではあるけれど。

ため息をついて窓から目を離すと、視界の端に先ほどの侍女が立っていた。まだ部屋にいると思わず「うわ」と声が出た。

私が夕食を食べ始めるのを待っていたらしい。いつもの侍女はトレイだけ置くとさっさと外に下がっていたのに。


「少しはお召しにならないと」


侍女は近づいて、パンをひとくち大にちぎってこちらへ差し出す。長い指だった。


「お毒見しますか」


そう言って侍女は自身の口元にパンを置いてみせる。いつもの侍女より深めにベールを被っていて口元しか見えなかった。揺れるベールの合間に美しい顎のラインがちらちらと見え、薄付きの口紅が艶やかに光っている。ほんの出来心だった。私はふと気になって、少しだけベールの下から覗き込む。


「……………!!!」


私は目を見張った。大きな声が出そうになったが、それよりも早く侍女がその長い指と手のひらで私の口元を覆う。


「お静かにできますか」


私は無言でこくこくと頷く。そういえば小声とはいえずいぶん低い声だった。


「どうやって……」

「思いのほか警護がザルで」


ベールを少しつまみ上げて、にやっと笑うレオンが眩しすぎて、私はつい赤面してしまった。まずい。言いたいことは山ほどあったのに。絶対に許さないと思っていたのに。不意をつかれてその顔を目にしたら、一瞬ではじけて飛んでしまった。



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