30 教会にて
食事を載せた銀トレイを持って、ベールを被った侍女が静かに部屋に入ってきた。部屋といっても前世のワンルームのように狭い。石壁に囲まれ、格子のアイアン扉に、高い位置に小さな窓がひとつだけ。牢といっても差し支えない。
家具はテーブルと椅子とベッドがひとつ。それでおしまい。
椅子に座ってぼんやりと窓の外の薄雲を眺めていたが、カタンと音がしたのでちらと振り返る。テーブルに銀トレイが置かれていた。トレイに乗せたプレートにはパンとスープと果物ひとつ。豪勢だ。
手をつける気にならず、私はまた壁に向き直り、申し訳程度についている小さな窓の外を見た。あそこから出られるだろうか。ここは何階だろう。
◇◇
北の教会時代は『修行』で食事を減らされていた。あれでよく成長期を乗り越えられたと思う。不思議な力を持つやもしれぬ女性教会員、いわゆる聖女候補の中には、成長が止まってしまい、幼女のような姿のまま成人する女の子もいた。
私は屋外奉仕の際に、隙を見ては野草やら昆虫やらをこっそり食べていた。畑焼きなどで火を使える場合は、罠や投擲でリスやウサギなどの小動物を仕留めて食べることもあった。
「教会に奉仕するものが殺生だなんて」
と恐れ慄く貴族のご令嬢もいた。晩に出されてあなたが完食しているチキンスープはどうなんだ、と思ったけど。ほとんど具はないが、あの出汁はチキンである。チキンはセーフのような、この辺の解釈は前世に似ているなと思った。
貴族出身の女性教会員は私の蛮行(!)に眉をひそめるものの、空腹という地獄はみな経験している。地区の司教たちや、貴族女性のために用意された侍女へわざわざ告げ口する令嬢サマはいなかった。
まず前提として、教会にいる女の子たちは基本的にみな善人で従順なのだ。だから騙されて連れてこられたり、本当に教会に心酔していたり、薄々胡散臭さに気づいているもののこれはもう運命だと諦めたりしている。
それから、みなが見て見ぬフリをする大きな理由がある。それは聖女候補の不始末は連帯責任だからだ。とくに同じ部屋の者は同じ罰を受ける。なのでいちいち報告のし合いにならない。これは実のところ管理する側にとっては楽だった。
そういう訳でみなが私と同室になりたがらず、いつも1人部屋だった。1人部屋なんて一見良さそうに見えるが、ベッドが2つあるなら2人分の仕事が割り振られる。そういう訳でいつもくたくただった。部屋のベッドがいつも空いているので、祝祭の繁忙期に外部の手伝いの子たちと同室になることもあった。
そういえばあの子、どうしているかな。
臨時の手伝いできた外部の子が、ガリガリの私を可哀想に思い、隙をみてときどきパンを分けてくれたのだ。だから私はあの子のことを、パンの子と呼んでいる。わけのわからない教会の女神様より、パンの子のほうがよっぽど女神だ。
パンの子を思い出したら、脱走した子のことも思い出した。脱走は重罪だ。しかもそのとき脱走した子は貴族出身だったので大変なことになった。北地区へ来たばかりで部屋も決まっていなかったから、次の馬車でやってきた他の新入りも集められ、連帯責任の対象になった。騒ぎが起きたときにはまだ教会入りすらしてなかったのに。理不尽にも程がある。
絶対に見つけて連れ戻してくるようにみんな命令された。私も言われたが、長く教会にいた私は、見つけたところでどうせ理由をつけて何らかの罰は受けるのが目に見えていたので、適当に探して「いませんでした」と報告するつもりだった。けれど私以外の子はもっと真面目で命令に青ざめていた。
私は穴が空いた祝祭の役を代理で担当することになり、準備のため別行動になった。詳しい経緯を知らないが、過剰な追いかけで逃げた子は自ら山谷に飛び降りたという。追っていた新入りの子たちは良心の呵責でみるみる弱っていった。その後は知らない。私は逃げた子の代わりに中央教会に行くことになったからだ。
北の教会地区に来たとき、そして出るとき、嫌な光景がいっぱいあった。だから私はいつも記憶に蓋をしてなるべく思い出さないようにしていた。忘れたふり。ぜんぶ忘れたい。
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