26 女神様の呪い
女神様の呪い。
常人には成せないことができたり、人より優れていることは呪いである。その考え方に軽く衝撃を受ける。群れの中で中庸をいくのが、自然界に近い越境帯の正しさなのだろうか。
スティルトとオサは何やら話をしている。話が終わるとオサは天幕を出ていった。スティルトと二人きりになる。
スティルトは笑みを浮かべた。
「貴方は長の信用を得られました」
気になってどのあたりの答えが正解だったのかと尋ねる。
「会話の中身ではありません。ただ長はなるべく相手の心が動く話題を選びます」
占術師のようだなと思った。王宮に出入りするそういう生業の者を見たことがある。
もうひとつ気になっていたことも尋ねる。
「護衛が入れなかったというのは」
あの者たちは嘘を見抜くオサに止められてしまった。スティルトはそれもさらりと教えてくれる。
「彼らが何か悪いわけではないです。長にも先ほど聞きましたが、彼らは誠実ですし貴方に心酔しているようです。安心しておそばにおいて良いかと」
護衛たちの顔を思い浮かべてほっとする。
「外で待機いただいたのはこちらの事情です。少し深めにこの集落について打ち明けなければならないので」
スティルトが見つめてくる。
「人数を絞らせていただきます」
男の不思議な調子に飲まれて、自分がまだ名乗っていないことに気がつく。
「失礼、私はノルドのレオンと言います」
「大丈夫です。知っています。有名です」
スティルトに言われて面食らった。
「私はよく外商に出向くので越境外のこともおよそは把握しています。集落の者たちはそういうの気にしなさすぎなので。それで、お客様の相手を頼まれることがあります。ただ常の仕事というわけではありません」
「他の若い衆がお客さまの相手をすることもあります。なので貴方は運がいい」
スティルトはさらに口角を上げる。
「おそらくスティルトのミラと、貴方のミラは同じ人です」
ミラのルーツに辿り着いた高揚を超えて、スティルトのミラ、という言い方に気を取られた。
「さて、何から話しましょうか。貴方の質問に答えていくのと、時系列で私が説明するのとどっちがいいです?」
「……では時系列で」
聞きたいことがたくさんあったのに『スティルトのミラ』で頭の中が飛んでしまった。
スティルトを案内人とばかり認識していたが、急に相手のことが気になり出す。私は窺うようにスティルトの顔を盗み見る。
瞳の上部は淡いブラウンで、境目が琥珀色、瞳の下の方はエメラルド色だった。まるで宝石のようなという表現が良く似合う。
切れ長の目尻には朱の化粧がしてある。ブルネットの髪は編み上げられているが編みきれなかった髪がはらはらと落ちている。自然の中で生活している者にしか得られない、筋肉質で無駄のない張りのある頬と首筋にときどきその髪がかかる。
被り物で隠れがちな太く意思のある眉、長く濃い睫毛を持ち、陶器のような色白にも関わらず野性味のある美男だった。
「やっと私が視界に入りましたね」
スティルトはにっこりする。
「そこにずっとあったのに意識するまで個として認知できない。誰しもある経験ですが、こういうのを増幅させて目くらましする呪いもあって、認識阻害のヴェイルといいます。後で出てくるので覚えておいてください」
そして穏やかな口調で語り出す。
◇◇
ここらの集落のひとつに生まれたミラは赤子の頃から美しく宝玉のようだったと聞きます。物心ついたころには全知を垣間見せるようになりました。それで、女神様の生まれ変わりではと噂になって、ランベルトの教会の司教が熱心に集落に通うようになりました。
もう少し分別がついてくると、ミラはパタリと知言めいたことを口にしなくなりました。賢いミラは気づいたわけです。黙っているほうが自分や集落のためになると。
ミラは年端もいかぬうちから美しい子だったので、次第に争いのタネになりました。集落の中でも外でもです。そこで比較的見目が良かった私が許嫁となりました。
「許嫁」
ミラには許嫁がいたのか。だからスティルトのミラ。足元が崩れるような感覚だった。ミラを隣国から取り戻しても、故郷に帰りたいと言われたらこの男の元に返さなくてはならないのか。
「勘違いなさらず。呪い子同士ということですよ」
スティルトが自嘲する。
「美しいというのもまた呪いです」
美しさもまた呪い。
「美しすぎるのは不幸です。悪いものを寄せ付ける。あなたもご苦労されたでしょう?」
「はは…いえ」
私は力なく笑う。スティルトのミラ、を引きずり過ぎだろう。
「貴方とミラが知り合ったのは最近でしたよね?」
「はい」
ほんの三月前だ。この男はミラとの歴史を私に見せつけようとしているのだろうか。抉るような思い出話をされるのかと覚悟したが、予想に反して「そうなのですね、なるほど羨ましい」とスティルトはぽつぽつと言うだけだった。
私が許嫁になって集落の中は収まりましたが、外はそうも行きませんでした。たまたま狩りで見かけたミラをしつこく求める者がいて、襲撃を受け、攫われる事件までありました。その時の騒動でミラの両親は命を落としています。
そんなときかねてから熱心にミラの元に通っていた司教様が、教会に入り、認識阻害の呪いをかけるのはどうか、と持ちかけてきました。司教の上司の大司教様なら他者にもかけられると言うんです。
司教ら自体は女の美醜に関心がなかったので、我々は信用しました。彼らは女神様こそが美なので。人間の女性には興味がありません。教会にかくまってもらうのはミラにとって良い選択だと、そのときはみな考えたんです。
ミラが教会に入ったので、出家という形になり、ミラとの許嫁の話は反故になるところでしたが、私が懇願して、約束を残してもらったんです。ミラが歳をとって美しさが和らいだら教会を出てくるかもしれないですから。
ですが、数年してミラが死んだという訃報が入りました。沢で足を取られて落ちたっていうんです。どんな山庭のように自在に走り回っていたミラが?私は教会が嘘をついていると思いました。
なのでその後もこっそり教会内部に忍び込んでミラを探しましたが、どこにもいませんでした。ミラの美貌を思わせる噂も聞かなかったので、別の地区に連れて行かれたか、もしくはヴェイルをさらに重ねがけされたのか。
集落が決めた期限までに見つけられなかったので私は別の許嫁と縁を結ぶことになりました。なので今は許嫁ではありません。
ここでスティルトのミラの話はおしまいです。
◇◇




