25 名もなき集落
精鋭の護衛数名と馬を走らせ、北の越境帯にやってきた。
ここは上流河川を管理する便宜上、ノルドとランデルトに管轄が分かれているが、住民自体はどこの国にも属していない。先住の民に敬意を払う非戦地域だ。
それはこの一帯が信仰の始まりの地とされるためでもある。ノルドで信仰は形式的なものに収まったが、ランデルトや周辺小国では熱心な信仰が宗教に発展した。
国家側の国境から遠のくに連れ、人の手の入っていない北の原生林が広がる。集落ごとの連携はあるものの、集落に定まった住居はない。季節によって棲家を移すから、目指す集落に遭遇できるかは運もある。
ただちょうど今は冬季の半ばである。
北域は凍土となるので、集落はみなノルドまたはランベルトの国境近くまで南に降りてくる。尋ね人を探すならこの時期なのだ。
ランベルト便の日程が決まった。冬から春に切り替わる頃に発つ。隣国入りする前にミラの生まれた集落を探そうと思った。広い越境帯では不発に終わるかもしれないが、もしミラの家族に会えるなら会いたい。ミラの出生地について知りたい。あの不思議な文字についても。
越境帯の南寄りに大きな湖がある。冬に凍らない水場はここか、ランベルト寄りの港くらいである。港まで出るのは日数がかかるので、まずは湖側を見ることにした。
湖近くまでくるとすぐに最初の集落に出くわした。
ちょうど湖畔にいた集落長だという男にミラの生家を尋ねてみる。
「ミラですか…ミラという名の娘はたくさんいるのです。どの子のことなのか…」
この辺りには強い女神信仰があり、女神ミラにあやかってみな同じ名をつけるのだという。
私は思い切って聞いてみた。
「ものすごく可愛い娘で、年は16から20くらいなのですが」
護衛たちがちょっと変な顔をした。いや、ミラは可愛いだろ。
ふとベルナデット様の言葉を思い出し、
「その娘を傾国という高貴な方もいました」
と添えた。傾国は美女の代名詞である。すると、
「傾国?あなたのことではなくてですか?」
とまじめな顔で聞き返された。
貴族社会なら当然に嫌味なのだが、相手にふざけた様子はなかったのでそのままに答えた。
「ありがとうございます。男ながら傾国などと言われる身に驚きますが、であれば、その私が惚れた彼女こそが傾国でしょう」
集落長はじっと私を見ていたが
「これほどの美男子なら、女神様も絆されて呪いを解いたかもしれませんな」
と笑って集落の中に進み、手招きしてきた。
私たちは彼の天幕に呼ばれた。天幕は我々が野営する時のような作りで、素材は自然のものが多い。動物の毛皮がふんだんに使われてていて、きっと市場に出したら高級品だろう。それを何ということもなく日常使いしている。
「スティルトの集落に使いをやってくれ」
そう言って集落長は細い木板に何本か文字を書き、その数本を紐で縛って、若い男に手渡した。手紙のようなものだろうか。
「して、貴方様とそのミラさんとのご関係は?」
関係……正直、今は無関係だ。
「元婚約者候補でした」
「……」
相手が黙っているので私は話を続ける。
「私が婚約を申し込んだのですが、彼女に保留にされました。なので候補です」
「年が16から20とは」
「働き口を得るため年齢を『設定』していたので、広めにお伝えしておこうと」
ミラを思い浮かべて、気がついたことを補足する。
「達観したところもあるので、本当はもっと上かもしれません」
「元…婚約者候補?」
「……はい」
「そのミラさんもきっと貴方様に会いたいと?」
「……」
彼の質問はどこか私を見透かしているようだった。
「私には、会いたくないかもしれません。憎まれるようなことをしました」
今さらながら当然のことを突きつけられる。私が会いに行こうとしているのはミラにとっては嫌がらせなのではないか。そう自己嫌悪に陥っていると集落長の声がした。
「いいでしょう」
と集落長が頷く。
「客人として認めます」
何が正解したのか分からなかったが「奥へどうぞ」とさらに奥の天幕を進められる。ただ、護衛はだめだ、置いていけという。私は心配する護衛たちを制して、次の天幕に進んだ。
奥へ行くと、若い青年がいた。少し息切れしている。急いで駆けつけたようだ。
「スティルトです」
握手の手を差し出される。
「今日は近くにいて良かった!港のほうに行ってたら呼ばれても3日くらいかかるんで」
にこにこして手を握ってきた。越境帯に似合わない、近代的なもの言いをする青年だった。
「ここの長はね、門番のような役割なんですよ」
スティルトが言った。
「わかりやすくいうと嘘発見器というか」
「嘘発見器」
「長年の経験でわかるんですよ」
スティルトはオサのかわりにオサの力を説明する。オサは頷いている。
「こういうふうにふつうの人にできないことができたり、人よりも優れている能力を」スティルトはひと呼吸おいてから続ける。
「女神様の呪い、と我々は呼んでいます」
呪い?そんな非論理的なものがこの世にあるのか?そう思ったが、他所者が対面早々に言うことではないので質問を変えた。
「呪いですか?加護ではなくて?」
「だって人の嘘がわかってしまうのは不幸でしょう?」
スティルトはさも当然だというように首を傾げた。
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