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21 カラヴェラ商会

いつもの娼館の扉を潜ると、2人の女が両腕に絡みついてきた。女将が注意しても聞こえぬようだ。ミラージュを身請けしてから、あからさまにまとわりつかれるようになった。そろそろこの店も潮時か。


密輸品を持ち込んだ商隊はノルドの仕事があった後、この娼館でよく飲んでいたという。しかしこの間の摘発から、とんと姿を見せなくなった。どのみち聖典の解読をするならここで張ろうかと考えたのだが、長らく空振りである。女たちに腕を離すよう睨みつけようとしたとき、後ろで声がした。


「ヴィオレット!」


「あらカラヴェラの若様、お久しぶりですわ」

右の女が私の腕に胸を押し当てる。いつもならすぐに振り払うがカラヴェラの名前を聞いて自由にさせた。あのとき摘発された商隊はカラヴェラ商会の分隊だ。ヴィオレットと呼ばれた女は私が拒否しないのを良いことにぴったり身体を添わせてくる。


「そんな女みたいな男がいいのか」


どうやらこの男は私の顔を知らないらしい。南方の商会だからか。会頭であれば気づいたかもしれないが丁度いい。それにしても、初対面の人間から私は女性のように見えるのか。ミラから見た私はどうだったかな。


「おい」


私の身分を伝えている女将は早々に仲裁を放棄し、目を瞑って祈りのポーズをしていた。私はカラヴェラに下手に出る。


「カラヴェラ様、ご贔屓とは知らず申し訳ない」

「若様、私は今日この方につきたいの」


上級娼は女のほうに客の選択権がある。若様の顔は真っ赤だった。


「ご安心ください。私は遊び慣れておらず、ただ酒を飲みにきただけなのです。よろしければご一緒しませんか。部屋は私が持ちますので」


言うとまんざら悪い条件でもなかったらしくカラヴェラは乗ってきた。上級娼に袖にされたらその日は会話すらできないからだ。口を尖らせた右の女に「私は貴方と過ごしたかったのに」と拗ねられた。右の女はカラヴェラへの接近に必要だ。支払いを弾む旨を伝えると、お金は要らないから今日はくっついてもいいかと聞かれた。少し迷って承諾した。またミラに嫌われてしまう、と私は思った。



広い接待部屋に通される。内装は豪奢でちょっとしたパーティーもできそうだ。テーブルをぐるりとソファが囲んでいる。ここにはベッドはないが、声をかければいくつか寝室の鍵を渡してもらえるらしい。本来の用途を考えると頭が痛くなる。察したヴィオレットが私の頬を撫でた。

「真面目なんですね」


今日はカラヴェラから情報を引き出さなければならない。

「許可はしたがカラヴェラ様の機嫌を損ねない程度に」

「わかっています」

そう言って私に頬を擦り寄せてきた。

本当にわかっているのか?

カラヴェラが「イチャイチャしやがって」と言いながらこちらを見てくる。

私もカラヴェラも別の意味で充分に()れたところで

「じゃあ行ってきますね、旦那様」

ヴィオレットは口付けを空に投げると、私から離れてカラヴェラの隣についた。



そこからは早かった。ヴィオレットはカラヴェラに何か色のある動きをしたわけではない。ただ話を聞いていただけだ。なのに酒も入ってカラヴェラは上機嫌だった。


頃合いを見てランベルトの話題を持ち出した。

「自由にというわけではないが出入りはできるよ」

「私をお連れいただくことはできますか」

「「えっ」」

カラヴェラだけではなくヴィオレットまでが驚いた。


「出たいやつには何十人と会ったけど、入りたいやつには初めて会った」

カラヴェラは私の顔をまじまじと見る。

「下手すると入ったきり出られないよ」

今はそういう国になってしまったのだと言う。


商会でもランベルト行きの仕事と聞くと辞退する者が出るらしい。必然、ランベルト往復便は商人も子請け孫請けの寄せ集めになって統制が取れないのだとか。なるほど、それで。カラヴェラはきちんと交易登録もしていた商会なのに、摘発をやらかすなど珍しいなと思ったのだ。


入ったきり出られない、カラヴェラはもう一度繰り返した。


「とくにあんたみたいな綺麗な男は」

「なぜですか」

「そりゃあだってあそこは今や宗教国だからねえ。言わせんなよ、旦那」


なんとなく言わんとすることはわかったが、分からない素振りをする。


「政府高官にも教会の人間が相当入り込んでる。女好きは世継ぎを残さないといけない王族くらいで」


『世継ぎ』『王族』と聞いて目眩がした。こんな遠回しなことをやっている場合だろうか。口元に手をやって考えているとヴィオレットとは別の甘い視線を感じた。


「旦那、さっきは悪かった、ヴィオレットのことで頭に血が上ってた。だが気が落ち着いてみると、あんた本当に綺麗だな。俺だってあんたならアリだな」


苦笑いをすると、カラヴェラは試し打ちからスッと身を引く。こういう調子のいい人間は嫌いではない。


「気を悪くしないでくれ。俺でもそうなら教会の人間はなおさらってことだ。あんたを見つけたら手放さないだろうよ」


「戻れなくてもいいので次の便でお連れください。人手は足りていないんですよね」

「ええ…ああ、まあいいけど。あんたみたいな美形、戻れなかったらノルドの損失にならないか?」

「いえいえ」


私は誤魔化し半分で、伏目がちに蒸留酒のグラスを持つ。


「旦那、ところで名前はなんていうんだい」

「カラヴェラ様、このような場でお名前をお尋ねするのは」

「だって聞かなきゃ便に乗せられないだろ」


庇い立てをしてくれたヴィオレットに片手を上げて制する。


「レオンと言います。どうぞお気軽にレオンと」

「へぇかっこいいね。俺はセルジオ・カラヴェラだ」


名前を聞いた瞬間、ヴィオレットは私たちの座るソファからスッと離れた。さすが上級娼である。

セルジオから握手を求められて、手にしていたグラスを置き、手の平を重ねる。


「あれ?華奢に見えたけど、レオンはガッチリしてるね」

そう言ってセルジオはぺたぺたと私の肘下を触って確かめた。

「あれ?兵役とかあった?」

今度は上腕をペタペタしている。ペタペタは胸筋に移った。じきにペタペタと私を触っていた手が止まった。何かに気がついたようだ。ゆっくりとセルジオが顔を上げる。


「あれ、俺、不敬罪で処刑されます?」

「大丈夫です。ただのレオンです」

私がにっこりすると「えっ…?えええええーーーーー!!」とセルジオが悲鳴をあげた。






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