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19 娼館(2)


◇◇



お近くの領主様らしい。

羽を伸ばしに来たのかと思えば奥様はいらっしゃらないらしい。こんな素敵な方に奥様がいないとは。女将からはとにかく何もしなくていいからそこに座っているようにとソファを指さされた。「絶対に余計なことはするんじゃないよ。本当に首が飛ぶからね」ともっと小さな声で言われた。


領主様はこの娼館でいちばん上等な部屋に入った。部屋に入っても何も飲まないし何も召し上がらない。何もするなと言われても居心地が悪いので「何か飲みますか」と聞くと

「私は外では何も口にしないんだ。ありがとう」

と言われた。

お貴族様というのは外食ができないようだ。

好きに食べられないなんて窮屈だなと可哀想に思っていると

「何か頼まないと怒られるのかな?いいよ君の好きなものを」

と言われたので、ベルを鳴らしてこの娼館でとびきり高い酒の名前を言ったら、領主様はお日様のようにお笑いになった。給仕とともに酒とグラスを持ってきた女将は青ざめていた。


給仕がいなくなると、領主様は筒状になった皮をくるくると広げ、中に入っていた紙きれをたくさん机に並べて何やら書き込みを始めた。


そうして半刻が過ぎた。酒を飲んでソファでうとうとしているだけでお給金がもらえるなんて。今日はなんてついてるんだ。極上の酒で酔ったあたしは、あれほどきつく言われていたのについ領主様のお仕事に口を出した。


「これは何をやってんですか」

「秘密」


酔っていたので領主様が冷たい目で制していたことに気づかなかった。あたしはじっと散らばった紙を覗き込む。


「触るn……」


「ミ…ラ…ですかね」


「…………読めるのか?」

「名前と同じ字だけですけど」


ミラという字は領主様の紙のいろんなところに書いてあったからわかった。名前ならこの字も書けますというと「ここに書いてくれるか」と頼まれ、私は生まれて初めて紙に文字を書いた。今まで字を書いたのは土の上とか空中とか板とか、よくて黒板だった。


『ミ•ラ•ー•ジ•ュ』

「もうひとつ書けますよ、とびきりむつかしいやつを」

()()()(じゅ)


「昔いっしょに働いていた子が教えてくれたんです。こっちのむつかしいほうはたくさん練習したんですよ」



たったこれだけのことだった。それから字を教えてくれた子のことも少し話したっけ。そしたら領主様の機嫌を損ねるどころか、ひどく感謝された。

「いったい何がそんなに良かったのか」と女将は信じられない様子だったけど、あたしはその日のうちに身請けされて、娼館から足を洗い、故郷に帰ることができたのだった。




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