16 喪失
「この腑抜けが!!」
東塔を見舞うとベルナデット様に怒声を浴びせられた。
「独立でも蜂起でもなんでもすればいいだろう!!」
「騎士や領民の命を危険に晒します。それに彼女はノルド王国籍ではありません。優先して庇護すべき国民ではないのです」
「これが最善です」
「善などひとつもない!!偽善者どもめ」
ベルナデット様は美しい装飾の彫られた鉄格子の向こうから噛みついた。
「あの子にあんなに甘い言葉を吐いておいて、あっさり見捨てるとは」「お前が愛だと思っていたものは傾国への劣情でしかない」「お前ならあの子を連れて逃げてくれると思ったのに」
言ってベルナデット様は顔を覆った。
「傾国?」
引っかかりを覚えて考えているとリュシアンが声をかける。
「ああ見えて貴方様に甘えておいでなのです。ベルナデット様も怒りの矛先がないのでございます。お許しを」
「わかっている」
塔から出て、王宮の車止めまで無言で歩く。リュシアンと侯爵家の黒馬車に乗り込む。
あの日は領地に戻るときに必要な防寒具を揃えにミラと出かけた。あの時にはまだここにミラが座っていた。その位置を撫でる。
「リュシアン、家には悪いが私は次の婚姻を結ぶつもりはない。継承はリオネル、次がその息子だ。代替わりまでは全力で務める」
「閣下…」
「当主として正しい判断をしたと思っている。だが、男としては最悪だ。もう降りたい」
窓に映った自分は、以前のように感情の無い灰目で窓の外を眺めていた。
「先代様と話されてみては?」とリュシアンが言った。
「父と?」
「先代様もまったく同じことをおっしゃっていました」
「あの父が?」
父と母は私の後、なかなか子に恵まれなかった。そのため父が即室を迎えたが、それからみるみるうちに母は衰弱していった。ミラは出生地の慣習なのか、たったひとりの形式にこだわった。もし母も同じ考えだったとしたら。
私は自分の優秀さが早期の家督相続をもたらしたと考えていたが、父がただ早く降りたかったのだとしたら。
だが考えたところでミラは戻ってこない。母も。
そう思って考えるのを辞めた。




