15 別れ
私とレオンは近衛の馬車に乗車した。本来なら別々にされて乗るのだが、近衛騎士が「私にできることはここまでです」と言って同乗させてくれた。馬車には私とレオンのほか、向かいに3人の近衛兵が座っている。
「ベルナデット殿下が」
1人の近衛が静かに切り出す。
「栄養失調の王太子妃などいるものかと抗議し大暴れなさいまして、一時的に東塔の貴族牢におります」
レオンは私が王太子妃であると疑っているだろうか。しかし本当に私はなんの記憶もない。あの国の王太子の顔は見たことはあるがうろ覚えである。
「ランデルト側は重要人物として王太子妃の引き渡しを要求しており、成立すれば無期休戦を宣言しています。陛下はこの条件を飲むようです」
レオンは空を仰いでぽつりと言った。
「独立しようかな」
「「「えっ!!!」」」
近衛が脂汗を落としながらレオンを見た。
「はは、冗談だ。お前たちはベルナデット様が寄越したんだろう。あの方にも陛下にも多大な恩義があるから敵対することはないよ。ちょっと言ってみただけだ」
ふだんこんな冗談をいうレオンではない。策がないのだろう。
レオンは目を閉じた。何か考えているようだった。
私はここで、レオンのあの言葉を投げかけるべきだった。すぐに。「深く考える必要はない、私のそばにいたいかどうか」と問うべきだった。
馬鹿な私はなぜかこの状況を楽観視していた。だって事実として、自分は王太子妃ではなかったからだ。
しかしこの世界は前世とは違う。事実かどうかはさして重要ではない。王族が黒と言えば白も黒だし、この世界の貴族たちが血肉のように巡らせる、騎士の精神や、王家への忠誠を私は甘く見ていた。
再び目を開いたとき、レオンは静かに話し始めた。
「祖国である貴方には悪いが、ここ数年のランデルトは国家としてもう虫の息だ。おかしなことを言い出した時点で、ランデルト王も生きておられるかどうか。この状況で隣国を刺激しないというのが陛下のお考えだと思う」
レオンは自分に言い聞かせるように言う。
「理由はわからないが、誰が指導者にしろ、ここまでして手に入れたい貴方を殺すことはない。生きてさえいれば、また会える」
私はレオンをじっと見る。
レオンも見返すが口付けはなかった。
そういえば先ほどから名前も呼ばれていない。
遠回しに真綿で締められているようだった。はっきりとした結論を最後まで口にしない。私が決定事項を受け入れられるよう準備を始めている。それは前世の実刑判決のセオリーに似ていた。レオンは最悪の通告を私にしようとしている。
私はそれを認めたくなくて、レオンの手をとり、自分からレオンに口付けをしようとした。近衛が目を逸らす。
「おやめください妃殿下」
私の手を丁寧に、しかしすげなく払い、レオンは自分の身を引っ込めた。
妃殿下……?
「殿下なんかじゃない」
「私にはそれを否定する術がありません」
レオンはこちらを見ずに淡々と答えた。
「私の立場では貴方を守り切ることができません」
ああ、私は手放されたんだ。また手足が急速に冷えていく。
嗚咽とともに言葉が出る。
「こんなことなら」
「意地を張らないで」
「感情のままに」
「ご正室に嫉妬などせず」
「外聞など気にせず」
「私はあなたをすぐに受け入れるべきだった」
私は泣きながら心のなかを吐き出した。感情が昂るほどに、あの時のベルナデット様の言葉に支配されていく。
『ミラ、いま心のなかで思ったことをそのまま言葉に出せ。そのままだ』
何なんだろう、あれは呪いの一種なのだろうか。心の内に閉じておきたい言葉が全部吐かれた。
「最近幸せすぎて忘れていました」
「これは当たり前でないと」
「戻りたくない」
「そばにいたいのです」
「最後に口付けすらくれないのですか」
「どうしてですか」
「私は捨てられたのですか」
隠しておきたいのにすべて声に出てしまう。
自分の声だけが車内に響く。
ついに王城の門扉を入った。私はここで先に馬車を下される。
近衛が目を合わせず敬礼のみで合図する。
「もっとたくさんお名前を呼べば良かった」
感情の無いアイスグレーの目が私を見る。
「さようなら、レオン様」
レオンから返事はなかった。ほんの半刻前にこの男から求められたのが嘘のようだった。
ひとりよがりな挨拶が済むと私は近衛に誘導され、護送馬車を降りた。




