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14 王太子妃殿下


「ミラはいつになったら名前を呼んでくれるんだ?」


馬車の中で私に軽くもたれかかり物理的に圧をかけながらレオンは言った。リュシアンは王宮に呼ばれていてめずらしく二人きりの移動だ。


ベルナデット様は王宮でのレオンの熱情をお見過ごしになったがまさかあそこまで長々と口付けをするとは思わず、後日レオンをお叱りになった。ミラを見せ物にしてどうする、と。それ以来リュシアンの目も厳しい。もちろん寝室も別々だ。私はゲストルームに滞在している。


でも今はお目付け役はいないし、馬車の中なら人目もない。だからレオンはここぞとばかりに攻めてくる。


「どうかレオンと。レオでもいい」


レオンは私の髪を一筋掬いとってくるくるする。

レオでもいいってさらにハードル高いの滑り込ませてくるんじゃない。


「総長、後でリュシアンに怒られます」

レオンはふっと笑った。

「それも好きではあるのだが。私をそう呼ぶのはミラだけだから」

「みなさんは隊長とか総隊長と呼ぶのですか」

「いや、閣下か侯爵閣下だ。近衛のときはまだ家を継いでいなかったから団長と呼ばれていた」

「団長…なんかいいですね」


「ミラはそういうのが好きなの?」


まずい、レオンの話し方が崩れてきた。甘い空気を出そうとしている。話を逸らそうとして墓穴を掘ってしまった。レオンは身をかがめて目線を合わせる。


「怒られます」

「私が1人で怒られるよ」

「怒られま…ふ」


私の顎を持ち上げ、優しく唇を重ねる。


顎に添えられた手に指をかけるとすぐに唇は離れた。


「嫌か?」

私の顔色を窺いながら獅子がまるで子犬のように聞いてくる。


『いま心のなかで思ったことをそのまま言葉に出せ』ときどき現れるベルナデット様のあの言葉が私の心を外に押し出す。


「あの、恥ずかしいだけで」

「うん」

「怒られる時もすごく恥ずかしい、思い出して、でも」

「うん」

「嫌だったことは一度もないで…ふ」


馬車の中で押し倒された。

「ミラ」

口付けが唇から顎、首筋に移る。覆い被さるレオンの頭越しに馬車の天井が見える。

まずいまずい、これはものすごく怒られるやつだ。

キスが鎖骨まで降りてきて、さすがに止めようとしたとき、馬車の戸にコツと何かが当たった音がした。


「ミラ、そのまま伏せてろ」


私はごろっと座面から半回転させられ床で頭を低くする。

レオンは腰の剣に手をかける。

馬車がゆっくりと速度を落とし始め、そして止まった。しかし何も起こらない。


「石自体は影からの合図だが」


馬車のカーテンを少しだけずらして外を覗いたレオンが、戸に手をかけて自分で外に出た。もう剣には手をかけていなかった。

侯爵家の黒馬車を囲んでいたのはノルド王国近衛騎士団だったからだ。


「誰の指示で動いている。リオネルは?」

「国王陛下でございます。団長は閣下のお身内のため、別所で待機となっています」


レオンは目を閉じた。

「抵抗してもお前たちが困るだけだろう。ついていくから安心しろ」

「閣下……」

声をかけた騎士はほんとこんな仕事したくねえという感じがありありで深々と頭を下げた。レオンが近衛の護送馬車に向かおうとすると騎士がさらに気まずそうな調子で伝えた。


「王太子妃殿下もご一緒にということです」

「誰」

「ランベルト王国のエルミラ王太子妃殿下でございます」


レオンは黒馬車を振り返った。

そしてツカツカと早足で馬車に歩み寄り、戸を開け馬車の中で片膝をついた。

馬車の中から中腰で外の状況を見ていた私と顔が正面合わせになる。アイスグレーの目が燃えるように揺れている。


「王太子妃殿下?」

「は、初耳です……」


私は思い切り首を横に振った。



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